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カントリー・ポンポコ

作者: 白夜いくと

 最近はクマが出る。人の味を知るのもいるらしい。


「はぁ、恐ろしい話だこと」


 老婆の一人暮らし。孫は都会に行って家族を作ってから連絡がつかなくなった。出ていく際に言われたのは、「もうこんな田舎には帰っては来ない」とのことだ。


「どうしたもんか……」


 このままでは、クマに小さな畑も荒らされ、その上、命の危険もある。だからと言って、たった老婆一人が慣れた土地を捨てて新しい土地で生きていく方法など、無かった。


「はよ死ね言うんかいな……」


 諦めて、近隣の草むしりと、自分の家の畑作業をしていた。見知らぬ土地で見知らぬ人から騙され、孤独に死んでしまうなら、まだ自然に殺される方がいい。


「そうさ、あたしはこの地で生きて、この地で死ぬさ」


 ────ガシャン!

 「ギャン!」


 大きな音と鳴き声がした。何かが近所の罠に引っかかったようだ。


(まさか……クマか……!)


 こんな昼間に、堂々とやってくるとは……恐ろしいものだ。最悪なことに、近所の人達は集会場に集まっていた。猟友会の人達は森の奥を警備している。ここには、草むしり担当のあたししかいない。

 

「……肝すえて行くよ、あたしゃ」


 伊達に子を産んでない。あたしはあの時、死ぬくらい痛かった。もしクマに襲われても、それより痛いことはないだろう。


(……たぶん……)


 足元は震えていた。

 罠に近づく度に心臓の音が大きくなる。妙な静けさが恐ろしく感じる。




「おや、まぁ……!」


 罠の中には、姿勢を正し、遠くを見つめる一匹の狸が居た。罠の設置が悪く、小柄な狸にとっては、隙間から簡単に抜け出すこともできる。


 なのに、


「アンタ、えらい達観しとるな」

 

 まるで「もう放っておいてください。狸はオシマイなので」と言っているように、一歩も動かない。狸も畑を荒らす。見つかれば、本当にオシマイだろう。



「……アンタは、悪い狸か?」


 取り敢えず、家に持って帰って暇つぶしに色々訊いてみた。その間狸は、頭のてっぺんから爪先まで、一切動かさなかった。おとなしいのか、観念したのか。


「……」


 狸が犬のようなまなこでコチラを見つめてくる。いや、あたしを通り越えた先──仏壇のくりまんじゅうを見つめていた。


「欲しいか?」

(まぁ、あげてもええか。今日だけの命だ)


 よく考えれば、コレほど酷い同情など無いのだが……狸はピクリと動いて、尻尾を畳の上でコロコロさせた。


「うれしいか。いっぱいくれてやろ」




 狸は自分の手ほどあるくりまんじゅうを、8個も食べた。顕になった腹が膨れている。これは、メスか。身籠ってはなさそうだ。


 あたしが観察していると、狸はコチラを見て口を開けた。


「私は悪い狸です。婚約者がブサイク狸だったので、逃げてきました。少し大きい隣町の狸と出逢いたかったから……」


 確かに喋った。

 あたしが目をひん剥くと、「あ。そうなりますよね!」と説明を始めた。「人里に降りる際、人間に化けることもあるんです。その時に人の言葉を憶えました!」と、簡易な説明を。


「隣町も芋野郎しかいない田舎だけどねぇ……」

「ここは芋以下です。クソ味噌です」

「……口の悪い狸だね」

「本当のことです!」


 この言い合いは覚えがある。ここから出ていった孫とのやりとりだ。孫は自分の故郷がこんな何もないクソ味噌な田舎なことが許せなかったらしい。


 無もなきこけ生え地蔵に、小さな畑、小さな自治体と回ってくる草むしり当番。辺り一面森。


「こんな田舎、もう見たくもない」


 と孫は言った。

 目の前の狸も、そうだった。若い子は殆どここを出てゆく。残ったのは爺婆ばかり。集落になりつつあるここに、残る若者など、居ないのだなぁ……。 


 狸は泣きながら言った。


「うう、狸はこんなクソ味噌田舎とオサラバして隣町での玉の輿を狙っていたのに。今日で狸は、狸汁になってしまいます。もうオシマイです。しくしく、かなしい」


 あたしは過去に聴いたことがある。


「狸は不味いから、食われることはないが」

「!」


 狸の目が更にまんまるになる。

 揺れた瞳に悲劇が宿り、無気力モードになった。


「……ブサイク狸と結婚するくらいなら、サクッとられる方がいいのです。どちらにせよ、狸生たぬせいはオシマイです。放っておいてください」


 言ったあと、狸は死んだように倒れた。あたしゃ、もちろん心配はしていないよ。コイツはくりまんじゅうをたらふく食べただけだから。


「ぐう」


 狸の寝息が聴こえる。

 さて。どうするべきか。森にかえしても、また罠に引っかかるかもしれない。だからと言って放っておくのも良くない。


「最近言うわよね、うぃんうぃんって……」 


 つまり、互いに利用してやれる関係になれば、この狸もあたしも、うぃんうぃん、ってことかねぇ。


 よくわからないけどさ。





 あたしは、寝息をたてる狸に、娘が子どもの頃着ていた洋服と帽子を着せた。それを誰かに見せたくなって、携帯のカメラで撮る。


 ご近所に写真をおくると、たちまち『かわいい狸』と広まり、この子を村興むらおこしキャラクターにしようという提案があがった。


 村の生き残り作戦。

 若者は『かわいい』と『え』が好き。それだけの情報で、村は躍起になって村興しをした。


 狸は、喋れることを隠し『可愛いポーズ』を日々訓練してくれた。隣町どころか、世継ぎの狸を捜すことにもなるからだ。


 その結果、無事に村興しに成功した。



 あの日から、村は人通りと交通の便が良くなった。住みよくなったし、新しい人も出入りするようになって、チラッとテレビにも出た。


 ♪『カントリー・ポンポコ』


 という特別な村専用の曲もつくってもらえた。狸の発見者として、詩の一部分を加えても良いと言われた。


「そうね……」


 私は、孫への率直な気持ちを込めた。





アンタが好きな

水茄子のしぐれ煮は変わらずの味だから

狸に化かされたらかえって来てや


カントリー・ポンポコ♪




 

 茶を飲んでいた。

 たった1枚の写真で人生どころか、村自体変わるとは。静かな時間を仏壇の前で過ごす。あの日から、くりまんじゅうは8個供えるようにした。何となく縁起が良さそうだからだ。



 ────ピンポン


 近所の人が回覧板を届けに来たと思ってドアホンを覗いた。そこには、かしこまった都会のスーツを着た孫と、その嫁と、赤ん坊の泣き声がした────






 放っておいてください……この物語は、オシマイです……by狸

最後まで読んでくれてありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
 今時感のある昔話みたいだけど現代のお話なところが“ミソ”でもあり、最新技術に乗っかるお婆さんの若者心理を読み解く力に思い知らされるハッピーエンドが心地良かったです♪
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