9話 生真面目生徒と言い争い
ま、まずい。
私は閉じ込められた倉庫から出たかっただけで、誰かを怪我させたいわけじゃなかったのに。
黄色い宝石があしらわれた仮面……ガイアクラスのものだったか。それを被る男子生徒にあわてて声をかける。
「ご、ごめんなさい!大丈夫」
「あ、ああ……じゃない!おい、扉にヒビが入ったかと思ったら君の仕業か!一体何をしているんだ!」
…………む。
先ほどまでの心配がすこししぼむ。
あいにく私は聖人じゃなかった。文句をいわれればいい気分はしない。元を辿れば私のせいじゃないと思っていたからなおさらだ。
「怪我をしてないのは良かったけど、こっちの事情も知らないでそんなことをいうなんて失礼じゃないの。壊すなっていわれても、さっきまで私、ここに閉じ込められていたのよ?」
そう告げれば、画面の奥の瞳が丸くなるのがわかった。
「と、閉じ込められて……?一体誰に!?」
そんなことを私に聞かれても困る。
「さあ。出られないから壊しただけだもの。それともこのまま閉じ込められていた方が良かった?」
「そ、そんなことは……」
途端、しどろもどろとする男子生徒。
埃だらけの倉庫の中を見て、私を見て、それから頭を下げてきた。
「……すまない。そちらの事情も知らないのにいきなりなじることを言ってしまった」
素直な謝罪に先ほどまでの怒りが収まり、しぼんていた心配がまたふくらみだす。
「いいわ。私もあなたを巻き込んだのは同じだもの。でも何で、こんなところに?」
私が言える話ではないが、放課後とはいえこんな人気の少ない場所に一人で来るなんておかしな話だ。
彼も先生に何かを頼まれたのか。
そう思って視線を男子学生の手元に向けると、彼が持っていたのは模擬鍛錬の授業で使う木の剣だった。
「剣?」
「あ、ああ……鍛錬に来てたんだ。僕が得意だといえるのはこれくらいだから。腕を伸ばそうと思って」
魔法学園だというのに剣の腕を?再び彼の顔をまじまじと見て……相変わらず目の色も髪の色もわからないけれど、一つ思い出すことがあった。
「あ!あなた、クラス分けの時に私の前にいた……」
水晶を弱々しく輝かせ、肩を落としていた男子生徒だということにようやく気がつく。彼もその言葉で私が誰だったのか分かったのだろう。
「そういう君は、全属性を輝かせてた……何でこんなところに閉じ込められる羽目になったんだ?」
「クリスよ。ここに閉じ込められた理由は私じゃなくて閉じ込めた人に聞いてちょうだい」
「それもそうか。ああ、自己紹介が遅れたね。僕はゼータ。ガイアクラス所属だ」
ゼータ、といわれた名前を復唱する。
「ゼータが鍛錬に来たのはわかるけど、こんなへんぴな所じゃなくてもいいんじゃない?校舎と寮の反対方向でしょ」
「…………あまり、クラスの人に見られたくなくて」
見られたくない?
「何でよ。得意なことをやろうとしてるんでしょう?」
「でも、魔法じゃない。……恥ずかしいことに、僕はクラスの中でも魔力量が最低値だったんだ。君と逆でね。だからどの授業でも足を引っ張ってる」
口元をあげているというのに、ちっとも嬉しくなさそうに笑うゼータを見てどこか既視感を覚えた。
「この学園になんて、来たくなかった?」
「っ……!!」
言葉を詰まらせる彼には悪いけれど、私は少しだけ気持ちが軽くなった。
……なんだ、ここにいたくないのは私だけじゃないんだ。
「なら一緒ね」
「え?」
「私もこんなところ、来たくなかったもの」
そういって笑えば、驚いた顔でゼータがこちらを見つめてくる。
「それだけ魔力があるのに……?」
「魔力があっても、別にそれを活かしたいなんて思ってないもの。家でずっと、養父さんと二人で暮らしてたかった」
それに魔力が邪魔だというなら、切って配りたいくらいだ。今目の前にいるゼータにも。
「っ……、ちょ、ええと、クリス!?」
「何。急にどうしたのよ」
「どうしたのよ、じゃないよ。気づいてないのか?」
「気づく……?」
「本当に気づいてないのか……。ほら、これ」
そういって差し出されたハンカチが私の頬へと当てられる。
湿ったハンカチの感触でようやく、私が涙を流していたことに気がついた。
「……え、なんで……」
「……分からないけど、気を張り詰めてた、寂しいのを思い出したとかじゃないか。ほら、えっと……泣き止めるか?」
そう言われても、流れている涙を止める方法なんて分からない。
だっていつもだったら、ティターンが頭を撫でてくれたり、話を聞いてくれたり、暖かなスープをつくってくれて。
そうするうちに少しずつ気持ちが落ち着いて、気がついたら涙なんて止まってた。
「…………ぁ」
くしゃりと視界が歪む。
そうだ、ティターンはここにはいない。
昔を思い出して泣いていた私を宥めてくれる、あの温かい手はここにはないのだ。
「……〜〜っ、ああもう。何でそこで泣くんだ……っ」
ゼータの困った声が聞こえてくる。
だって、だって思い出してしまったのだ。ずっとずっと、帰りたいと思っていたことを。
帰ってもそこにティターンはいないのだと。
「………っご、め。……やなら、さっさと、離れて……」
「……あのなぁ、こんな状態のレディを置いて離れるほど、育ちが悪い覚えはないぞ!」
困惑と怒りが混ざるような声はそれからも「何か飲み物でも持ってくるか?」「せめて何か話してくれ!口に出したら楽になるだろう」などとあれこれと言葉を紡ぐ。
それがどうにもおかしくて、手ではないのに温かくて。
相変わらず涙が止まらないまま、私の口は少しだけ弧を描くのだった。




