6話 治癒室と学長たち
光の刺激にまぶたが開く。
「まぶしいぃ……。養父さん、あと五分だけ……」
薄ぼんやりと見えた世界は光にあふれている。でもまだ眠っていたい私は、シーツを引き寄せてむりやり視界を暗くしようとした。
「ここにお前の父はいないぞ」
「え。………っ!!」
その言葉に一気に先ほどの光景を思い出す。
仕事で家を空けるとティターンに言われて、嫌だと駄々をこねていたら眠らされたことを。
跳ね上がるように身を起こせば、そこは知らない空間。四方は白い壁で丸く縁を描くようになっていて、上の方にある窓から光が注ぎ込んでいた。
寝ている場所もそうだ。普段よりもずっと布団が柔らかい寝台の上にいる。なんで?どうして?
「ここは……」
「ユウェール魔法学校の治癒室だ。入学予定者としてここの魔法陣に招かれたようだが、意識を失い眠っていたんだ」
体調はどうだ、気分が悪かったりはしないかと淡々と尋ねてくる眼鏡をかけた男性に、慌てて首を横に振る。
「入学予定……い、いえ、入学はしません!すぐに帰ります。帰らせてください!」
「はぁ?だが……」
眉間にしわを浮かべる男の言葉を遮るように、ノックが飛び込んでくる。私も目の前の男性もそれに反応して視線を扉へと向けた。
「シャム。気絶者は起きたか?」
聞こえてきた声に驚いたように、隣にいた男性が立ち上がる。
あまりの勢いに座っていた椅子が転がってしまったほどだ。
「……ッ!学長、なぜあなたがここに」
「声を荒げるな。入って問題は?」
「…………問題ありません」
許可を得て入ってきた男は、美醜に関心が薄いクリスティーナすらも息をのむ美しさを持っていた。
けれども感情を見せない無表情のせいで、人を近寄らせないような鋭さもある。
事実、隣にいるシャムと呼ばれた男はかちこちに固まっていた。
「目が覚めたか。新入生、名前は?」
「……クリスティーナです。でも入学は……」
「ここでは本名は秘匿される。仮初の名を名乗るといい。名は?」
有無を言わせぬこの感覚は養父を思い起こさせる。
それよりもずっと考えが見えない顔に気押されるように、一度口を閉じてから渋々開いた。
「……クリスと。そう呼んでください」
「承知した、クリス。どうやらお前は半ば無理やりここに来させられたようだが、すでに手続きは終わっている」
「え……!?本人の意思は!?」
「大声を出すな、学長の前だぞ」
神経質そうにシャムが眼鏡を上下させる。
学長ということは、この人がこの学校で一番偉いのだろう。
一度気を取り直した方が良さそうだと寝台に腰かけ直す。シャムも転がった椅子を戻して、空いた椅子に学長も座り三つ巴のような形で向き合った。
「あの、どうして家に帰れないんですか?」
「学校への入学は魔力の測定値と養育者の同意の二点であり、本人の意志は必須条件ではない」
それってひどくない?
思わず出そうになった言葉をのみこんで、少し遠回りな聞き方をする。
「……私、こういうのはよく分からないんですが。普通本人の意志って一番大事にされるものじゃないんですか?」
帰りたいと望むことの何が悪いのか。
並ぶ二人を交互ににらめば、シャムが戸惑ったようにのけぞった。
一方で学長と呼ばれた美しい青年はその表情を変えることなく淡々と返す。
「お前がそうだとは言わんが、中には跡を継がない放蕩息子や娘の行き先に悩む貴族が学院にいれて職を得させようとすることもある。
双方の意志を条件とすると矛盾が生じるため、そのような選択肢をとっているわけだ」
「……せちがらい……」
いやだと言っても返してくれないなんて、なんてひどい学校だと言いそうになるのをぐっとこらえる。
「……魔力の測定値が低かったら家に帰らされるんですよね?」
「おい、お前何を考えて」
「そうだ。低ければな」
ならまだ帰れる可能性はあるかもしれない。養父に魔法の基礎を教えてはもらっていたけれど、どれも生活に使うくらいのもので強大な魔法を使ったことはない。
英才教育を受けた貴族の子息や、才能あふれる人々に比べたらずっと数字は低いだろう。
「……分かりました。どこで魔力を測るんですか?」
「ホールだ。ちょうど今他の新入生たちも測定をしているから、仮面を着用次第合流するように。……シャム」
「はい」
立ち上がったシャムがきびきびとした動きで小さな棚を開け、中から両目を隠すくらいの大きさの仮面を取り出した。
仮面は全面灰色で、石と蝶の意匠が散りばめられている。
一見シンプルだけれども凝ったデザインで、こんな時でもなければもっと目を輝かせたかもしれない。
「自らの仮初の名を名乗り、それを身につけると良い」
「……クリス。私はクリスよ」
呼ばれなれている愛称を名乗り、言われた通り仮面をつける。暖かなヴェールで全身を包み込まれるような感覚を覚えた。
「付けたな。なら案内しよう。学長、私が案内をしますので、貴方はお戻りください」
「ああ。任せた」
結局一度もにこりともせず、学長と呼ばれた人は部屋を後にする。扉が閉まったのを確認してから「私たちも行くぞ」とシャムが立ち上がった。




