51話 原因を探れ
「そもそも、今のエーテルバランスの問題は水の始祖魔導師がいなくなったからなのだろうか?」
ゼータが口にした言葉は突拍子もない内容で、私は目を丸くするしかできない。その代わりに口を開いたのはヤーラカーナだった。
「それ以外の要因などないのではなくて?それとも何か気になる点があるのでしょうか」
「気になる点はいくつかあるが……今ここで言えるのはクリス、君の養父が《今》仕事をはじめたということだ」
水の始祖、ハイドラ=アクアマリンが死んだのはもう十年前。だったらもっと早くから仕事に取りかかっておかしくない。その言葉に反応を示したのはキリトだった。
「たまたまティターン卿が十年間出仕を拒否していた可能性もあるんじゃないか?」
「ならばもっと前から干魃などの事故が増えていてもおかしくない。それにだ、話を聞いてから僕も色々調べたんだ」
そう言ってゼータが取り出したのは何枚もの書面。きれいだがよく見れば右上がりの字で記されているあたり、複写魔法ではなく一つ一つ手で書き写してきたのだろう。十枚以上隙間なく埋められている文章をこの時間になるまでにまとめてくるのは簡単ではなかったはずだ。
「見てくれ。発生した問題の多くは水害……それも洪水や大雨による土砂など、水が“増えた”ことによる問題だ」
「──え?」
ゼータの言葉に声が飛び出た。そんなことありえない。水の始祖魔導師が欠けてエーテルバランスが崩れたならば、水のエーテルは減少するのが自然なはずだ。
私の疑問を肯定するように「君も気が付いたか」と頷く。
「もちろん始祖魔導師ならエーテル量を減らすことも可能だろう。だから問題を解決させるために学長が新たな始祖を求めることはおかしくない」
おかしくないが違和感は大きい。ゼータの言いたいことは理解した。だからといって、それを解決しましょうなんて話に持っていけるのだろうか?あの学長たちを?
キリトが一歩前に出てきて指を立てる。
「さて、違和感に気がついたところでクリス嬢には二つの道がある。一つ目は定石だ、始祖魔導師になる旨を受け入れる。そうすればエーテル問題は無条件で解決できるだろう」
「そもそもクリスでなくとも問題はないですものね。学長にお断りして早急に次を探してもらうのも手だと思いますわ」
キリトとヤーラカーナの言いたいことは分かるし、余裕がない今それを選ぶのが最善だろう。だからこそキリトが挙げようとしているもう一つが気になった。じっと彼を見ていれば、もったいつけたように恭しく一礼をされる。
「そういうのいいから、言いなさいよ」
「おや、これは手厳しい。……もう一つの手段は簡単だ。この学園の始祖魔導師の言葉に違和感があるのなら、別の始祖に話を聞けばいい」
何を言い出すのかこの男は。
呆れた顔でキリトを見ていれば彼は自らの仮面に手をあて、外していく。黒い髪の凛々しい顔立ちが秘匿されていた影から現れた。
「俺は幸い王宮の関係者にツテがあってね。緊急時にだけ使える隠し通路を知っている。国を転覆させるような行いが学園内で渦巻いている時、あるいはそれらに類することが発生したときにだけ使える特別な道がね」
「とんでもありませんわね!?!?」
ヤーラカーナが思わず叫ぶ。……この部屋消音魔法かけてたっけ。かけてたことに期待しましょう。今私がかけても今更だし、何よりそれどころじゃない。
「そんなものを使うなんて正気?」
「もちろん。親愛なるクリス嬢がそれで憂いから前を向けるなら」
「違うでしょう」
他の二人ならそうかもしれない。だがキリトは違うはずだ。彼にとって何よりも優先すべきはゼータであり私じゃない。私がこのまま始祖魔導師となっても、他の人に代わってくれと駄々をこねても彼自身にはさほど影響はないだろう。
じっと見つめればキリトが眉を下げて笑う。
「うーん……クリス嬢が何を持って違うって言ってるのかは分からないけど、俺としてはけっこう今の状況ってまずいと思ってるんだよ。学長が現状を分からないで始祖になれって言ってるのか、分かった上でなれって言ってるのか、俺たちには判断つかないだろ?」
「直接学長様にどちらなのか聞いてはダメなんですの?」
「それを聞く時にはクリス嬢が決断できてなきゃダメでしょ。クリス嬢、今すぐ断るにしても頷くにしてもできる?」
「ぐ…………」
そう。それが出来れば苦労はしないのだ。
自分自身の優柔不断さに頭を抱えそうになる。
「俺としても今回の君への提案が他の始祖魔導師たちの総意なのか、あるいは学長の独断なのかは気にかかっている。もし後者だとしたら厄介だからね」
「うん。それを聞くなら……、王宮に行くのは賛成だ」
一瞬言葉を詰まらせながらもゼータが同意を示す。
「現状の問題が水始祖の死と直接関連性がわからない以上、その点を明らかにさせないまま提案に頷くのは不安が大きい。その状態で友だちが無理やり決断しないといけないなんて、僕は嫌だ」
「……うん。そうね、私ももし許されるのなら、行きたい。始祖となるのが避けられないとしても、ならないと決めるにしても全部知ってから決めたい」
「なら決まりだ。キリト、王宮に行く道とはどこにあるんだ?」
ゼータの言葉にキリトが恭しく一礼を返す。
「お望みとあらば、案内致しましょう。向かうは学園の地下、深夜にのみ開く異境の鏡を辿った先になります」




