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50話 再話

「……ゼータ、どうしてここに」

「メリュジアに頼んで入らせてもらったんだ。……ここだと誰がくるかも分からない。中に入らせてくれないか?」


 ゼータの後ろを見れば彼だけでなく、キリトとヤーラカーナもいるようだ。傍に控えていたメリュジアはうやうやしくカーテシーをして「それではお姉さま、ごゆるりと」と離れていく。


「……ごゆるりと、じゃないんだけど」

「クリス。……やはりダメか?」

「ちょ、ちょっと待って」


 びっくりしすぎて先ほどまでの感情が吹き飛んでしまった。部屋の中へ三人を招く。仮面が外れていたのに気がついたのは腫れぼったいまぶたに触れてからだ。


「そ、それで……なんでここに」

「だからメリュジアに」

「方法じゃないわよ、理由よ」


 わざわざ人の部屋まで来て何の用事なのか。ふつふつと怒りが湧いてくるのだから我ながら理不尽なものだ。じろっと睨んでいればと真面目な顔で見つめ返された。


「クリスのことが心配だった。いけなかったか?」

「…………はぁ!?」


 大声をあげてから思い出す。たしかにあの時何も言わないで逃げたのは私だ。だからって部屋までくる!?胸の中の嵐なんて知ったことはないとばかりにゼータは言葉を続けた。


「あそこで君が事情を話しきれなかったのは、秘匿の仮面をつけていたから無理もない。だが消化不良の状態で、気持ちの整理をつけられないまま君に何かを決めてほしくなかった。だから話を聞きにきた」

「…………」

「迷惑だったか?」


 迷惑では、ない。申し訳なくはあるけれど。

 無言で首を横にふれば「よかった」とゼータの顔が緩む。本当に?



「だって私、咎魔女の娘なのに、」



「え?」「咎魔女?」

「あっ……、」


 一瞬で顔から血の気が引く。

 気の緩みと仮面がなかったことからこぼしてしまった。そんなつもりじゃなかったのに。握りしめた手のひらがかたかたと震える。ひねくれた性格は、声もまともにできないまま言葉を紡ぎ出した。


「そうよ。咎魔女、エカチェリーナ=ヴィヴィアンの娘よ。ハイドラを殺した魔女の娘が、次の水始祖になれだなんて笑えるわよね」

「いやいや、そんなこと……」

「でもね、学長は全部知ってたわ。知った上で私に次の始祖になれと言ってきたの。私が咎魔女の娘なのも、咎魔女がハイドラを殺したのも、っ、ハイドラがティターンの娘なのも知ってて、それで、」

「っ……、クリス!」

「嫌なんて、言えるわけないでしょう!私の母さんのせいでハイドラが、ティターンの娘が死んで、その代わりをやれなんて言われて!どうやって!」


 パァンッ!!!


 破裂音の数拍後に鈍い痛みがじんじんと頬に響く。ヤーラカーナが私の頬を張ったのだと分かったのは、それよりも後だった。


「……落ち着きましたわね?よし、なら今度は私の頬を張りなさい」

「待て待て待って?ヤーラカーナ嬢??」

「なぜクリスを落ち着かせないといけない時に君がその方向に暴走するんだ!?」


 かと思ったら今度は彼女が頬をこちらにずいと向けてきた。横目は「さあやりなさい」と言わんばかりで、戸惑うままに頬に手をぺちんと当ててみる。


「あまい!!もっと全力でかかって参りなさい!」

「いやだからさぁ!?物理じゃなくて言葉で説明しない!?」

「キリトはお黙りなさい!私、これでも責務を感じているのです。いいですかクリス。あなたが咎魔女の娘なのは事実なのでしょう。だとしても、あなたがかつて話していたような治癒を拒まれるいわれなど何もありません!」


 キリトがやんわりと制止しながらもヤーラカーナは胸を張る。その空気は決して、悪いものではなかった。


「明らかにこれは理不尽な行為です。ならあなたは治癒院幹部の娘である私に怒りをぶつける権利があるでしょう」

「あるわけないでしょ……。だってあなた自身が私の治療を拒んだわけじゃないもの」


「なら、どうしてあなた自身は自分を“咎魔女の娘”だから、と忌避してしがらみに囚われるのですか」

「え、」


「あなたとあなたの母は別の存在でしょう。何故それを言われたからと怯む必要があるのですか。胸を張ればいいでしょう」


「……ははっ、それを伝えるためにしちゃ随分と乱暴すぎやしないか?」


 私たちの様子を見守っていたキリトが弾けるように笑い出す。ちゃっかり部屋のヤカンを手に取って、勝手に水を注ぎ出した。


「でもそうだな。ヤーラカーナのいう通りだ」


 大真面目にゼータが頷く。それから先ほどと同じように私の顔を覗き込む。今度は私も、彼の目を見ることができた。


「クリス。咎魔女の娘とか、ティターンの義理の娘とか、そう言うのを全部取っ払ったクリス個人としてはどうしたいんだ?」



「分からない。私はいつだって「こうなるのは嫌だ」って気持ちしかなかったから」


 ティターンと離れるのが嫌だ、学園にいないといけないのが嫌だ、ゼータが馬鹿にされるのは嫌だ、そんな衝動でばかり動いている。


「じゃあ、今これは嫌だってものは?」


 今嫌なこと。改めてそれを考える。どうして私はこんなに悩んでいるのだろう。水の始祖魔導師がいないと困ることは分かっていて、どうして。


「……二つあるわ。一つはティターンの気持ちが分からないこと」


 学長の言葉を疑いたい気持ちと、疑いきれない気持ちがある。ティターン自身に話を聞きたかった。


「それからもう一つは……、」

「もう一つは?」

「……学長は言っていたわ。始祖魔導師になるとしたら数年間は隔離してそうなれるように体を調整するって。そうなったらここにはいられなくなるでしょう?」


 改めて部屋にいる皆を見る。皆やり方は不器用だけど各々のやり方で私を心配してここまで来てくれた。


「皆と一緒にいられなくなるのは、嫌だわ」

「……っ!!」「クリス!」


 横から衝撃が襲う。ヤーラカーナに抱きしめられたのだ。


「クリス……っ、引っ叩いてごめんなさい。痛くなかった?」

「痛かったわよ。……でも、同じだけきっと傷つけちゃってたから、だから許してあげる」


 彼女は私が自分を大事にしていないことに怒ってくれたのだと感じたから。「美しい友情だね」ちっともそう思っていなさそうなキリトが言葉と共にお茶を配っていく。


「……でも分かってるわ。これが私のわがままで、今はそんなに余裕がある状況じゃないってことくらい」


 三日の猶予をくれて、やっぱり嫌ですなんてわがままが通るとは思えない。カップで手のひらを温めながらつぶやく。


「それはそうかもしれない。だが……」

「ゼータ?」

「一つ。いや、二つだけ、話を聞いてくれないか?クリス。それでよければ意見がほしい」


 ゼータは改めて私たちを見回してから、真剣な声で口を開く。


「そもそも、今のエーテルバランスの問題は水の始祖魔導師がいなくなったからなのだろうか?」

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