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48話 混乱と逃走

 涙が止まらなくなってしまった私を見た彼らの狼狽えようはひどいものだった。


「ど、どうしたんだクリス!?教諭たちに何か言われたのか!?」

「一体何がございましたの!?今から教員室に行って皆さま順に吊し上げて参りましょうか!?」

「二人とも落ち着いて落ち着いて。クリス嬢、動けそう?ひとまず落ち着けるところにいこうよ」

「ぅ、そ。そうだな…………、いつもの教室に行こう。キリト、予約を頼んでもいいか?」

「まっかせて」


 今にも教員室の扉を開けそうなヤーラカーナをキリトがたしなめながら私たちは移動する。

 ゼータが椅子を弾き、ヤーラカーナが私を支えながら椅子に誘導して、キリトが扉を閉めながら防音魔法を唱えた。


「エスメラルダ・サイレンス・ラハシア・ウィンド。……これでよし、と」

「ありがとう、キリト」


 礼を言ったゼータが私の目の前にしゃがみこむ。涙でろくに見えないけれども彼のぼやけた輪郭が映り込んだ。


「……クリス、無理に落ち着こうとしなくてもいい。ひとまずゆっくり深呼吸をしてくれ」


 何度も頷いて、深呼吸をする。一度空気を取り入れたら、衝動的な言葉ばかりが吐き出された。

 水の始祖が失われた世界でエーテルバランスが崩れていること、新たな始祖を立てねばならないこと、始祖の候補として私が上がってしまったこと。三日以内にその話を受けるかどうか判断しないといけないこと。そこまで話せば、ヤーラカーナが不思議そうな顔をする。


「それの何が嫌なんですの?ハイドラさまの跡目に選ばれるなんて光栄ではありませんの!」


 その言葉に頭が引っ掻き混ぜられた。光栄なのだろうか。光栄なのだろう。彼女でなくとも新たな始祖に選ばれることを喜ぶ人間はきっとたくさんいる。けれども私にとってはそうでないのだ。


「クリスはそれを聞いてショックだったんだな、それはどうしてか分かるか?」


 ゼータが私の顔を見つめながら、ゆっくりと聞いてくる。そういえばみっともない泣き顔を彼に見せるのはこれが二回目だったな、とやけに冷静な頭の一部が思い至った。


「……分からないわ。ううん、分かってる。分かってるんだけど……」

「うん。分かってるところだけでいい、聞かせてくれ」


 しゃくり上げながらゆっくりと言葉を探す。


「……ティターンが、私を拾ったのはそれが理由だったのかって。優しくしてくれたのも、愛してくれたのも。……新しい水の始祖候補にするためだったのかって」


「彼が君を利用していたと思うのかい?」

「……分からない」

 ゼータの問いかけに首を横に振れば理解できないとヤーラカーナが肩をすくめる。


「前のあなたのお話を聞く限り、あなたの養父はあなたを愛していたと思いますが?それを信じられなくなったのですか?」

「……分からない。分からないの、だって、」


 喉がつっかえる。何も話せない。

 どうしてだろう。私の中にあるはずの葛藤を音に出来ない。


 だって私は咎魔女の娘なのだ。ハイドラ=アクアマリンを、ティターンの愛娘を殺した咎魔女。どうして彼は、咎魔女の娘だと知って私を拾ったの。


「……クリス?どうしたのかしら。話してくださらないと分かりませんわ」

「話したくないことなのか?」

「ち、違う。違うの」


 本当に違うのかしら。私は私が分からなくなる。話せないのはもしかして、私が咎魔女の娘だと彼らに知られたくないからじゃないか。そんな思いが胸の中をぐるぐると巡る。


「ごめ、んなさい。これ以上はもう」


 限界だった。

 それまでの無気力さが嘘のような勢いで立ち上がった私は、前にいた二人を押し除ける勢いで教室から出ていく。

「あっ、ちょっと!」「クリス!」


 呼び止める声にも足を止めず走る、はしる。廊下で何人かの生徒が驚いた声をあげたが、構うものか。

 走って走って、走り続けて。


 私がようやく我に返ったのは、寮にある自分の部屋の扉を勢いよく閉めた時だった。

 からん、と硬質なものが落ちる音がして顔一面に冷たい空気が当たる。そこでようやく仮面をずっとつけていたことに思い至った。


 真っ暗な部屋の中を灯りもつけずに歩く。火を指先に灯すことすら億劫で、時折足元の荷物につまづきかけながらも私は寝台に飛びこんだ。


「…………世界は始祖を必要としている」


 学長の言葉を思い出す。

 そうだ、世界は始祖を必要としているのだ。咎魔女の娘よりもずっと。


「それなら悩む必要なんて……ないわよね……」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、私の意識は真っ直ぐ暗い底へと落ちていった。



 ***



 気がつけば眠ってしまっていた私は、扉のノック音で目を覚ます。


「お姉さま。……お姉さま?どうかなさいましたか?もしかして体調でも悪いのでしょうか」


 扉を叩いているのはメリュジアだろう。まだ一学年の私をそう呼ぶのなんて、彼女以外いるわけなかった。


「……ルヴァイス・ファイア」

 簡易呪文を灯せば部屋の備え付けランプに明かりがつく。時計を見ればもう夕飯もとっくの昔に終わっている時間だった。


「ごめんなさい、寝ちゃってたみたい。大丈夫よ」


 だから放っておいてとまでは言わなかったが、突き放すような冷たい声が出たことに自分自身びっくりした。

 しばしの沈黙の後で「いいえ」と震えた声が聞こえてくる。


「お姉さまの様子が変だったと他の方からも聞いています。せめてお顔だけでもこのメリュジアに見せてくれません

 か?」


 顔だけでも。その言葉に少しだけ悩んでから身体を起こす。少しだけ扉を開けて声をかけたらすぐに戻ろう。

 靴を履いたままベッドに潜り込んでいたことに今更ながら気づきながら扉に近づき、開ける。


「仕方ないわね……、………!?」

 開けたよりも強い力でドアを抑えられる。



 その向こう側で、ゼータが真っ直ぐとこちらを見ていた。

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