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47話 水始祖の候補

「知らされていなかったのか。……いや、その慕い様では当然か」


 オストリアは当然のように私の向かいに座り、残されたカップに口をつけた。モーリス先生は淹れるだけで口をつけていなかったな、と頭が現実逃避をはじめそうになる。


「ティターンの前の養女の話を聞いたことはあるか?」

「……私を拾う前に独り立ちした、とだけ」


 気にならなかったといえば嘘になる。でも彼の口から聞くことで比較をされるんじゃないかと怖くて。

 だから私がその人について知ってるのはささやかなことだ。スカートはショートよりもロングが好きで、それよりパンツの動きやすい服が好きなこと。水色と黄色が好きなこと。身長はそこそこ高かったであろうこと。それくらい。


 あたまがぐゎんぐゎんと鳴りひびく。今すぐこの部屋からにげだしたいのに、腰から下が自分の体じゃないみたいだ。


「ならば教えてやろう。かつてのティターンの養女こそ、亡き水の始祖魔導師ハイドラ=アクアマリンだ」

「…………嘘」


 だったらどうして、ティターンは私を拾ったの。優しかった彼の微笑みが途端に歪んでわからなくなった。


「偽りを述べる利点はない。力持つ始祖が子を拾い自らの心血をそそげば、始祖になるに相応しい力の子ができるのは帰結として自然だろう」


 魔法の才は血縁的な素養もあるが、最も重要なのは日々の鍛錬だ。ティターンがかつて語ってくれた言葉が別の意味を持ちはじめる。死んだハイドラの代わりに始祖になる者を探して街に出ていたのか。いいや、ティターンの私への優しさは本物だった。…………本当に?私は咎魔女の娘、ハイドラを殺した女の娘なのに。


「今、世界は水の始祖を失ったことでエーテルが乱れている」


 ぱん、と柏手を打つ音とその言葉に意識が浮上する。

 オストリアはずっと冷たい眼差しで私を見ていた。


「十年は死した彼女のエーテルが残り緩やかな変化だった。この一年でそれは目まぐるしく変化した。故に世界は始祖を必要としている」


 淡々とした言葉に抑揚はなかったけれど、私にはそれが詰問や命令をされているように思えてならなかった。

 別にいいじゃない。そんな風に頭で語りかけてくる私がいる。母親の罪をそそぐ一番の方法よ。ティターンもその一人だというのならこれから先ずっと一緒にいられるかもしれない。治癒院だって私を嫌がって追い出したりしなくなるわ。

 良いことづくめなはずなのに、私の喉は開かない。心の反対側がそれを拒絶するように。


「……ほかに、」


 乾ききった唇をあける。


「ほかに、候補はいないんですか」

「無論いる。最終的には十数人の候補を集め、そこからふるいわける形だ。始祖の器として最適な者を集め、選ばれた一人は十余年をかけて完成させる」

「完成?」

「始祖を立てる役割の最も大きなものは、エーテルバランスを整えることだ。肉の器をエーテルの反響器へと変えて増幅させる。そのメカニズムを知るのは私とオニキスだけだ」


 ようやく、なぜ水の始祖を選定しないといけないかが分かった。治癒院の運営や派閥の力関係などではない。


「今回は先代が欠け不安定な状態だ。十余年は待っていられないだろう。オニキスがすでに術式を改良したといっていた。候補を募り、数年間術式のために隔離する。そうすれば新たな始祖の誕生だ」


 その瞳は静かながら、私の答えを待っていた。きっとここで私が首を縦に振れば選定を飛ばし、始祖としてエーテルバランスを整える段階に入るのだろうとうかがえた。

 母の罪をそぐ機会が。


「…………すみ、ません。少しだけ。少しだけ、考える時間をください」


 来たというのに、私はすぐに首を縦に振れなかった。オストリアの眼差しが鋭くなる。時間がないのは分かっている。少しでも時間を短縮するためにティターンが頑張ってくれていたのも理解した。なのに、どうしてここで決断ができないのか。私自身が一番わからなかった。


 わずかな沈黙ののち、オストリアが首肯する。

「いいだろう。ただし最長で三日だ。それ以上は待てん」

「……はい」


 その間に決断をしないといけない。……他の選択肢がなかったとしても。



 ***



 気が重いまま緩慢な仕草で職員室の扉を開ける。


「クリス!」


 澄んだ声が思考をさいた。首を横に回せばゼータとキリト、ヤーラカーナの姿がある。


「三人とも……どうしたの?」

「どうしたの、じゃございませんわ。折角ジュエルクラスになったことをお祝いしようかと集まりましたのに」

「後は心配かな。帰省のために頑張ってたのに今回はなくなったんだろ?クリス嬢、それを目的にしてたのにひどいよなあ」

「全くだ。君のクラスメイトに聞いたら職員室に行ったと聞いて、それで」


 ヤーラカーナ、キリト、ゼータがめいめいに言葉をかけてくる。応援しててくれたんだ、お祝いしてくれようとしたんだ、心配してくれたんだ。そう思うと同時に感情のコントロールが効かなくなる。目頭が急にあつくなって、熱が頬に、顎にと移っていく。慌てて仮面の下に袖を差し込めばじわりと涙がしみこんだ。


「!?!?く、くく、クリス!?」

「どうかされましたの!?何かひどいことでも言われまして!?」

 ギョッとした二人をキリトが「落ち着いて落ち着いて!」と宥める声が聞こえてくる。


 一体どうしたらいいの。


 それをずっと言いたかったことにようやく気がついた。でも助けを求めていた人には、ティターンにはこんなこと言えなくて。そう思えば思うほど、涙があふれてとまらなかった。

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