46話 ヴィヴィアンの娘
その日の終わりに試験の結果返却が行われた時、当たり前のようにジュエルクラスとして名を呼ばれたのは私だった。
クラスの人たちもそれに驚きや反論はなかったようで、名前を呼ばれて立ち上がった時に拍手が巻き起こったのに、私一人心臓がドキドキしていた。
何はともあれ、これでようやくティターンと会う権利ができた……!!……はずなのだが。
「──また、ジュエルクラスの特典としていくつかの特典が与えられる。……が、今回に限り一点、帰省関連の項目だけは除外される」
「………………え?」
突然の言葉に、壇上から突き落とされた気分だ。
どういうことだと胸ぐらを掴み上げそうになったが、「詳しくは放課後、モーリス教諭から説明をする」と言われてしまえば頷くことしかできない。
「…………わかり、ました」
しぶしぶ頷くが、気持ちは全然理解も納得もしていない。この後の話次第では学園をこっそり抜け出すことだって辞さない構えだった。
***
だというのに、放課後に教員室の扉を叩く時になって急に怖くなった。
先生たちは私の養父の……ティターンの正体を知っている。だからこそ怖いのだ。帰れない原因が私でなくて、彼の身に何か起きた可能性がある。先生たちだけがそれを知っていて、私もそれを知らされるんじゃないか。そう思うと腕が思うように動かない。思うからこそ動かない。
それでも意を決して開けようとしたところで逆に扉が開かれる。
「なんだ。来ていたならノックくらいしなさい」
「……しようと思ってたところよ」
怖くて出来ませんでしたなんて言いにくくて、わざとツンとそっぽを向く。向こう側にいたモーリス先生はそれも見透かしたように「ほら、入りなさい。飲み物くらいは準備しよう」とやけに優しい。
先生たちが仕事をしているデスクを通り過ぎて、奥の個室へと向かう。簡素なテーブルと椅子が置かれた部屋に案内され、促されるままに引かれた椅子に座る。
「エグマリヌ・アクア、ルヴァイス・ファイア」
先生が唱えた呪文と共に、水を入れられたヤカンに火が灯る。金属が熱を持って大気のエーテルに伝播していく光景を私はぼんやりと眺めていた。
「……驚かないのだな」
「何が?」
「簡略呪文についてだ。かのオニキス様が記された論文にこの手法があったが……その様子ではお前も知っているようだな」
知っているどころか当たり前のように使っている。が、それをわざわざ言ってまた驚かれるのも面倒だ。肩をすくめるだけにとどめて「それより本題を」と切り出した。
「どうして今回、帰省が許されなかったんですか?」
ゼータたちと勉強会で研鑽したのも、苦手な歴史や占星術に力を入れて取り組んだのも、すべてはジュエルクラスに選ばれてティターンに会いに行くためだったのに。非難を込めてにらめば、モーリスはお茶を入れ終えたカップを私と自分の前に置いた。地味に彼の前に置かれたカップの方が装飾が多い気がする。
「先に弁明をさせてもらえればお前に対する特別措置や、まして嫌がらせではない。他の学年のジュエルクラス対象者も一律同じ措置をとっている」
それを聞いて少しだけ安心した。ティターン個人に何かあったわけでも私が何かをしたわけでもないようだ。でもそうすると、次の疑問が浮上する。
「なら、どうして今呼ばれたのが私だけなんでしょうか。ジュエルクラスで帰省希望だったのが一人だったとか?」
わざわざ呼び立てるなら全員まとめて集めて事情を説明した方が絶対楽だ。そうしないのは何か理由があるのだろうか。
「その理由を話す前に一つ聞きたい。今、世界で起きている事故の頻回については知っているか?」
事故。その単語で思い浮かんだのは治癒室でのシャムとの会話だった。各地で事故が頻発していて、その原因を国が調べているという話だった。
「小耳には挟んでいますけど……」
それが私だけ呼ばれるのとどう関わるのだろう。事故が頻発して危ないからキャンセルになったとか?
でも、モーリス先生が口にしたのはそれよりも衝撃的な話だった。
「そうだ。各地で発生している干魃と洪水、地盤沈下。国はその事故の原因を……水の始祖魔導師、ハイドラ=アクアマリンが欠けたことにより、世界がエーテルバランスを崩したせいだと判断した」
「え。」
ハイドラ=アクアマリン。その名前はただの始祖の名前ではない。母が殺した相手。母の罪の名だった。
「故に、原因を解消するために早急に次代の水の始祖を選定する必要がある。条件として必要なのは規定値以上の水のエーテル保有値だ。現在君の養父をはじめとした始祖や国の関係者は、候補者の選定に追われている」
喉が渇いている。そんな理由だとわかってしまえば、嫌だと駄々をこねる選択肢はなくなってしまった。
「……ティターンの状況を教えてくれるために、わざわざ?」
だとしたら感謝すべきだろう。一斉に説明をされたならティターンのことが話題に上がることはなかっただろうし、よしんば話を聞いてしまえば私の方が平常でいられなかったはずだ。
「それだけなら」
聞こえてきた冷たい声はモーリスのものではなかった。
後ろから聞こえてきたそれに首だけを動かせば、そこに立っていたのは学長だった。いつの間にこの部屋に入ってきたというのか。
「それだけなら、お前をここに呼ぶ理由はない。理由をつけた書面をモーリスに渡させてそれで終いだ」
喉が渇くのに唾を飲み込む余裕がない。
じゃあどうして。そんな簡単な言葉すら口から出せない。
オストリアは私の表情に構うこともなく、モーリスに視線だけを向ける。先生は何度か私と学長の顔を見て、口を開きかけて、それでも何も言わずに会釈だけして出ていった。
「我々がお前をここに呼んだのは、お前が水始祖の候補になっているからだ。クリス……いいや、クリスティーナ=ヴィヴィアンよ」
「……どうして」
その疑問にはいくつも意味があった。
どうして私が候補に選ばれているのか。
どうして私の本名を知っているのか。
どうしてヴィヴィアンの娘と知ってなお、その候補に選んだのか。
私の手元に握られた仮面へと視線を落としたまま、学長、オストリア=クリスタルは言葉を続ける。
「あのおおうつけのお人好し、ティターンから聞いているからだ。ヴィヴィアンの娘──自身の仇の末を拾ったと」
「…………え?」
いわれた言葉が飲み込めなかった。
自身の、仇?




