45話 それからのこと
試験明け、私の生活が変わったかと言われたら少しだけ変化が起きた。
「あ、クリス。おはよう!」
「はよ、クリス」
「おはようございます!お姉さま!」
教室に入るとクラスメイトたちが挨拶をしてきて、それに「……うん、おはよう」となるべく口元をあげて返す。
雑談の輪には話題次第で入れたり入れなかったりするが、それでも距離はぐっと縮まった。席に着くと待ち構えていたノノミャンが紙を筒の形にして口元に差し出してきた。
「ねえ、クリス。今日が試験の成績発表らしいけど自信は?」
「え、えぇ……いや、分からないわよ」
「そこはもちろんジュエルクラス間違いなし!くらいに言いなさいよ」
「だよな。魔力感知のグループワークは助かったし。召喚術に至ってはなんだよあの高性能な式」
「えぇ……」
ザファーまで横槍を入れてきた。
召喚術で召喚したのも、家で暮らしていた時の簡易水やり式の応用だ。決まった時間に決まった場所で周期的に発生して、地面の水エーテルと地エーテルの状況を感知した上で、不足している場合はそれぞれの魔法を発動させるだけで……。
……いや、改めて考えると判断と使用する魔法の工程が多いな?ティターンから教えてもらった魔法を当たり前と考える癖はもうやめた方がいいかもしれない。
「何にしても、クリスならジュエルクラス間違いなしだって!自信持ちなよ!」
「ええ、ええ!お姉さまならそれくらい余裕です!!」
「ほら、メリュジアだってこう言ってるし」
「…………ええ…………」
ちょっと待ってとツッコむべきかしら。でもノノミャンをはじめ他の面々は当たり前に受け入れてるしな……。
気がついたら、というか教室に来た最初からノノミャンの隣にいたし、お姉さま呼びをしてきたし、キラキラした目でこっちを見てくる。そんなキャラだったっけ?いえ、たしかにキリトに対しての反応は似たような感じだったかしら。
…………うん、まあいいか。
嫌われてないのならそれで。
後周りが気にしてないならそれで。
「実技はさておき座学が自信がないのよね」
「あー、それは分かる。っていうか歴史の記述難しすぎなかった?」
「あれは多分、ひっかけ問題が一問ありましたよね。火の始祖魔導師と魔族の関係性について」
「え?本当。……まずいわね、何にも考えないで答えてた気がするわ。何でかいたか忘れたけど」
賑やかな輪に囲まれているだけでも、ずっと呼吸がしやすくなった気がする。予鈴がなるまで先週の試験についての話が弾んでいた。
***
「いえ、それはビシッと文句を言ってやるべきだと思いますわよ」
「そ、そうかしら……」
昼食時、いつものメンバーで食堂に足を運んでいた時にその話をすると、ヤーラカーナの目がすわる。目の前にあるパスタを巻き取っては口に放り込み、リスのようになっていた。
「ええ。だって謝罪やけじめをつけずに当たり前のようにしているんでしょう?そんなの虫が良すぎるでしょう」
「ヤーラカーナはその辺りのけじめをつけたのか?」
ゼータの濁りない視線が刺されば「私のことは今話してないでしょう!」と顔を赤くされた。
「確かに、言われてみればヤーラカーナはちゃんと謝ってくれたわね」
「だから私のことは……いえ、そうです。人を侮辱したことが過ちなら謝る。それは基本的なことです。それをしないで当たり前に隣にいるなんて。嫌ではありませんの?」
「嫌……嫌ねぇ。たしかになんとなくモヤモヤはしてるけど」
パンをちぎってスープに浸しながら考える。スープの水面は波打って、私がどんな顔をしているか分からない。
「たしかに閉じ込められたり式に尾行されたりしてたけど……」
「待ってクリス嬢。二つ目のは初耳なんだけど!?」
「話す必要がなかったもの。邪魔な時は無効化してたし。でも侮辱っていうなら私の方も失礼なことを言ってたみたいだし……」
だからそこはお互い様だと思っている。思っているはずなのにモヤモヤしてるのは…………あ。
「そっか。私相手じゃないわね」
ようやく腑に落ちた。
私でなくてゼータに謝罪をしてほしかったのだ、彼女には。
私への尊敬はつまるところどうでもよくて、私の大事な人たちを大事にしてほしい。ただそれだけの話だと思えば納得がいった。
「?君相手じゃないというのなら、何なんだ?」
でも、当のゼータもまた私の言葉に目を丸くしていた。
「何って……ゼータのことだけど。ゼータはメリュジアに悪感情とかないの?」
「いや、別に?」
「はぁ!?別に!?」
それに声を荒げたのがキリトだ。手にしていたフォークを皿に置く動作は上品だが、前のめりにゼータの胸ぐらを掴む姿は品とは程遠い。
「お前を馬鹿にしてたのは事実だろ?そりゃクリス嬢も腹が立つってのに別にでいいのか!?」
「ぐ……でもあの時クリスが庇ってくれたし、キリトも怒ってくれていただろ。それで十分というか……」
うーん……。
怒る気がない気持ちもわかるけど、本人が気にしてないのにまるきり水に流していいのだろうか。でも変な風に言って今の教室での時間がまた冷え込むのも嫌だし。
……こう考えると私も甘く、弱くなったものだ。
ティターンに会うまでは一人で構わなかったし、ティターンと出会ってからは、彼さえいれば十分だったのに。
「……うん、決めたわ。別に私、教室であの子が声をかけてくる分には何も言わないけど、それ以外の……あなたたちといる時に声をかけようとするなら、ケジメをつけてもらうわ」
「うん。それがいいんじゃないかな」
同意を示したのはキリトだった。見回せばメリュジアも頷いている。
「もしその辺のけじめもないで当たり前に周囲をうろついてたら俺も面白くないし」
「そもそも先にガツンと言って謝罪させにくる方がいいと思いますが。私また寮に乗り込んで差し上げましょうか?」
「いや、ええと。そこまでは構わないから……」
二人の真剣な目にたじたじになっているのがゼータだ。
家にいたのと同じような、でもどこか違う居心地の良さを感じながら私はパンを頬張った。




