44話 グロウ・プラント
別棟の屋上に辿り着き、なるべく音を立てないように扉を開ける。ガイアクラスの試験会場ということもあり、あちこちに草花が生えかけた木の芽や植木鉢が点在している。
少し離れたところにいたキリトがこちらに気がついて振り返ったのと目があったので、そちらへ向かうことにする。
「キリト、ゼータは?」
「あそこだよ。運がいいね、ちょうど次呼ばれるところだ」
草木が伸びてやや見通しが悪くなっているが、たしかにグループ二つを超えた先にゼータの姿が見えた。
「にしても、わざわざ来るなんてクリス嬢は優しいな。そんなにゼータのことが心配だった?」
「……何よ。文句あるの?言っておくと先生に来てもいいって許可は取ってるわよ」
別クラスの私がここにいることに言いたいことでもあるのかと睨みつける。キリトの口元は笑みを浮かべているのに、いつものようにこちらを測るように目を細めているのが気に食わなかった。
「いいや、まさか。むしろクリス嬢が来てくれたって知ったらゼータは喜ぶんじゃないか?」
「でも、あんたは気に食わないんでしょ」
クラスメイトからの印象には気がついていない私だったが、さすがにそのことにも気づかないほどには鈍くないつもりだった。指摘をしてやれば目が驚いたように見開かれる。
「……参ったな。気づいてたのかい?」
「あんたが私を気に食わないと思ってること?態度くらいは分かるに決まってるでしょ」
バレないとでも思っていたのか。鼻をあからさまに鳴らしてやればキリトは困ったように頬をかく。が、別に腹芸をしたいわけでもなければキリトを糾弾しに来たわけでもない。伸び育った植木鉢を見回しながら話を変える。
「そんなことより、ガイアクラスでは属性試験ってどんな流れで進めるの?」
「ん、ああ。基本は見たとおり置かれてる植木鉢の植物に促進呪文をかけるんだ」
キリトが話してくれた手順はこうだ。
まずは一斉に植木鉢を選ぶ。
植えられている植物や種の数も違うので、それを見極めるのもまた地属性の探知に繋がるらしい。
次にグループに分かれて待機。たまにここで順番になる前に魔力をこっそり注いで後で急成長させようとする者もいるらしいが、鉢に魔法で制限がかかっていて先生たちにバレるらしい。
「すでに二人、やってるのがバレて減点くらってたな。で、自分の番になったら促進呪文をかけて成長した植物の数や種類、成長度合いで評価がつく」
「へぇ……二人はおんなじような試験を受けたことはあるの?」
「ああ。ゼータが芽すら出せないで凹んでたのが印象深かったよ」
脳裏によぎったのは出会って二日目、一つの芽がつぼみを結んだ時の光景だった。あの時のゼータは本当に嬉しそうだったから。
でも、と周囲を見渡す。無造作に置かれている植木鉢からは何本もの草が伸びていたり、鮮やかな花を咲き誇らせていたり、若木が育ちはじめているものもある。
「言っておくけどクリス嬢」
穏やかな声が隣から聞こえてくる。
「ゼータのことを甘く見ないでくれよ。あいつの一番の取り柄は、どんな状況でも前を見て、他人じゃなくて自分自身と向き合い続けられることだ」
視線を向ければ優しい目だった。こちらには一瞥も向けないまま、まっすぐゼータの方を見つめている。
「そう。あなたがいうならそうなんでしょうね」
きっとこの学園前の付き合いなのだろう。会話の端々からでもそれは伺うことができた。仮面をつけたままでは知れない彼のこともきっと、よく知っているのだろう。
「ああ。だからこそ俺はクリス嬢に感謝してるんだ」
「……?今そういう話だったかしら?」
「そういう話にしてもいいだろ。自分を見つめ続けるって辛いことなんだ。変化がなければ特に。あいつはその状況でずっと足掻き続けてた」
そう言われてゼータのことを想像する。
どんな場所で過ごしていたかは分からないけれど、学園に入る前から魔法の勉強ができたならそれなりに裕福な生まれなのだろう。隣にキリトがいて、魔法を一緒に学んでいて、でもゼータだけが伸びない状況。知識を積み上げてもそれを活かせない。そんな時期が何年も。
「あいつは強い。でもそれに傷つかないわけじゃないんだ。先の見えない暗闇を歩くのは怖いことで、でもそこにクリス嬢は光を差し込ませてくれたんだよ」
「……大袈裟ね」
「クリス嬢からしたら、そう見えるかもな」
ゼータの名前が試験官に呼ばれる。一方前に進み出たゼータが、手にしていた植木鉢を高く掲げた。ざわめきがあちこちで広がる中でも、彼が唱える呪文はやけに大きく聞こえた。
「シトロエン・グロウ・プラント・ガイア!」
淡い光と共に、三つ四つの芽が出て、それから茎が伸びていく。決して他の生徒たちの成果に比べて目覚ましい結果ではない。屋上のそこかしこに置かれた植木鉢を見てもそれ以上に生い茂る草木はいくつもある。
けれども、あそこまで顔を輝かせて自身の魔法の成果を見つめているのは、きっとゼータだけだ。
伸びた植物のおよそ半分が小ぶりな蕾をいくつかつけて、そのうちの一つが花を結んだ。
「…………、良かった」
その声がこぼれたのは私だっただろうか、それとも隣にいるキリトだったか。
振り返ったゼータがこちらに気がつき、大きく手を振る姿に胸の奥から何かが迫り上がっていた。




