42話 理由なんて
「……ということで、メリュジアの不調はおそらく薬物を過剰摂取したことによる幻覚と悪心による意識混濁だろうな。以前根絶したはずのものが残っていたらしい。教師陣に通達して特定の植物を学園からもう一度排除せねば。全く、手間をかけさせおって……」
あれから試験は一時中断。
被害の確認を先生たちが行うと共に、私とメリュジアは揃って治癒室送りとなった。治癒師であるシャムの額には青筋が立っている。
「ご、ごめんなさい……」
「は?なぜお前が謝るんだ、クリス。むしろ賞賛される行動だ。学友を一人救ったわけだからな」
「……だったら叱る本人の意識がない状態で怒らないで欲しいんだけど」
ぼそ、と本音がこぼれる。
シャムに悪気はないだろうが、二人しか起きていない治癒室でぶつぶつと文句を言われるのは非常に、大変に気持ちが落ち着かないのだ。
「む。それはそうだが。……一つ確認したいのだが、お前に式をつけていたのがこいつか?」
「よく分かったわね」
正確には、追尾型の式を使役していたのは他の人だからメリュジア自身の魔力を見てそうだと分かるとは思わないのだけど。
「ストーキングにしても魔力爆発にしても、そんな無茶をする問題児が他にいると思いたくないからな」
「……ごもっとも」
「ごもっとも、じゃない。何故そんなやつをわざわざ助けたんだ」
何故、何故って……。
「助けるのに理由が必要?」
首を傾げればシャムは押し黙ってしまう。
……またちょっと居心地が悪くなったな。治癒室に足を運ぶ機会は多かったけれど、こうして実際にここで治癒を受けるのははじめてだ。丁寧に腕に巻かれた包帯へと視線を落とす。
仮面をつけていれば、咎魔女の娘ということが明らかでなければ私もこうして治療が受けるのだと思うと不思議な心地がした。
まだシャムからの返事はこない。
「そりゃ、メリュジアのことは気に食わないわよ。自分を棚に上げてゼータをバカにしてたし、せこせこ情けない方法を色々使うし、鼻持ちならないし」
教室での居心地の悪さが全て彼女のせいだというつもりはない。ないが一因なのも事実だろう。恨みつらみがないと言えるほど私は聖人じゃない。
「だからってそこで落ちそうになってる人がいたら、手を差し伸べるのは当たり前でしょ?」
「………そうか」
たっぷり黙った結果出すのがその一言だけなのか。文句を言ってやりたいけれど、だからってなんと言われたら満足なのかも分からない。
「そうよ。それでも納得できないっていうなら、私の気まぐれが働いたと思って」
俺は存外気まぐれでな、と笑った養父の横顔を思い出す。ティターンが私を拾ったのも、もしかしたら特段大きな理由はなかったのかもしれない。私が誰であろうと、橋の下に座り込んでいた子どもを放って置けなかったのかもしれない。
そんな話をしていれば鈴のような音が鳴り響く。包帯にかけていた治癒魔法の効果が切れたようだ。
「では、そういうことにしておこう。……エグマリヌ・ティアドロップ・ヒール・アクア」
包帯に再びの治癒魔法をかけ、シャムが立ち上がる。
「もう戻って大丈夫だ。元々軽症だったし、今頃試験も再開しているだろう。包帯は今日の夜までは外さないように」
「分かったわ」
頷いて立ち上がる。
扉を開いたその時に後ろから声が聞こえてきた。
「お前のおかげで大きな怪我をした奴は出なかった。……ありがとう、クリス」
胸の中が温かく、口元が何故かむずむずする。誤魔化すように咳払いをして「それくらい当然よ」とそっけない言葉と共に部屋を飛び出した。
***
大きな音を立てて閉ざされた扉を見つめるシャムの目はゆるりと細められていた。
「年頃らしいといえばらしいが、素直じゃないな……さて、いつまで寝たふりをして過ごすんだ?」
先ほどと打って変わって、じろりと睨みつけた先にあるのは怪我人が運び込まれた寝台だ。
最初の話は全て、すでに目覚めて寝たふりを続けているメリュジアへのイヤミのつもりだった。クリス自身へぶつけたつもりはなかったので、気まずくさせてしまったのはシャム自身の落ち度だったが。
「お前は一晩ここで泊まり、今回の試験は未受講扱いとして後で追試を受けてもらう。モーリスがしごくつもり満々だったから覚悟しておけ」
彼は彼で、最近芽を通し終えた論文の内容を実証できないかと目を輝かせていたので任せるのは心配だが……まあ、もしもの時はまた怒鳴り込みに行けばいい。
「それと、クラスメイトのストーキングやら嫉妬からの嫌がらせはやめることだな。若さゆえのことだろうがそのまま続くようなら看過はできん」
「……はい、もうやりません」
思った以上にしおらしい返事に続けようとしていた説教が飛ぶ。やけに素直じゃないか。まだ副作用でぼうっとしているのか?
訝しんだシャムが覗き込めば、目覚めているはずのメリュジアはベッドで身じろぎ一つせず、両手で顔を覆っていた。
「……??おい、メリュジア……?」
困惑がシャムから漏れる。だがその声は聞こえていない様子で、代わりに恍惚とした言葉がメリュジアからもれた。
「平民とか田舎娘なんてものじゃありませんでした……ためらいなく私を助けに飛び込んでくれるなんて……。あなたが私の王子さまだったのですね。クリスお姉さま……」
「…………ええ……?」
あらゆるツッコミがシャムの頭の後ろを通り過ぎたが、やがて全てを諦めたようにため息をこぼし、メリュジアの頭まで布団を掛け直した。




