4話 五年後とティターンの仕事
養父と森で暮らしはじめて5年が経ち、私は15歳へとなった。たなびくシーツに向かって指を差して呪文を唱える。
「エスメラルダ・ウィンド」
突風がシーツをさらい、そのままの勢いで折りたたまれていく。風魔法の応用だけれど、シーツをたたむ手間がなくてありがたい。
本当は全部まとめて一度にできればいいけど、私の集中力では1回の魔法で1つのものをたたむのが精一杯だった。
「エスメラルダ・ウィンド。エスメラルダ・ウィンド」
風魔法の簡易詠唱を口にしながら、たたみ終わったものをカゴへと積み重ねていく。
二人分の服とシーツを取り込み終えたところで、かごを持ち上げて家へと向かった。
「ただいま、養父さん。洗濯物の取り込みは終わったわ」
「おかえり、クリス。こちらも丁度昼飯の用意ができたところだ」
並んでいる鹿肉はこの間、私がティターンと一緒に狩りへ出かけた時に手に入れたものだった。
ソテーの付け合わせになっている野菜たちは、地魔法と水魔法の応用で育てたものたち。それにスープがついて、芳しい香りが部屋に満ちている。
「いい匂い……。ちょっと待ってて、タンスにこれだけしまってくるから」
「焦らないでかまわないさ。戻るまでちゃんと待っている」
待っていてくれることの嬉しさはあるけど、あまり待たせたくないから、小走りで着替えをそれぞれのタンスの段にしまっていく。
必要最低限のものしか入っていない養父のタンスに比べて、私のタンスは大きい。中には着たことがない服もそろっている。明らかに小さいこども用の服から、少し背伸びをしてようやく着られるかというようなおしゃれなものも。
この服をどうすればいいか、私はまだ彼に確かめられないでいる。
今日だって開かれない引き出しをちらりと見て、ただ洗濯物をしまって終わるだけだった。
「終わったわ、養父さん」
「ならそちらに座りなさい。いただきます」
「いただきます」
食事前の挨拶もここに来てから学んだことだ。フォークとスプーン、ナイフの正しい使い方も。
ほろほろに煮込まれた鹿肉のソテーに、青菜を乗せて食べればシャキシャキとした感覚と柔らかな感覚、そしてソースのあまじょっぱさが調和する。
「うん、おいしい!今度これの作り方も教えて」
「なら良かった。ああ、すぐにでも……と言ってやりたいところだが」
珍しくそこで言葉が止まる。
私がこういうお願いをしたら、翌週には大抵叶えてくれる彼が珍しいことだった。フォークを止めて彼の顔を見れば眉があべこべの形になっている。
「悪いがしばらく仕事が入りそうでな。落ち着くまでは叶えられそうもない」
フォークがカランと落ちた音がする。私の手が緩んだせいだけれど、それを拾うよりも先に身を乗り出した。
「ティターン、仕事なんてしてたの!?」
「俺をなんだと思っているんだ。まあ、必要がある時だけしかしないのは事実だが」
「この五年間ずっとここにいたじゃないの。……え、一体どんな仕事なの?どれくらいかかるの?うちには帰って来るわよね?」
唐突な話に心配ばかりが湧きあがってくる。
一日二日で終わる仕事ならいいけれど、一週間もここに一人になるなんて考えたくなかった。狩りも料理も他の家事も教えてもらったから、暮らしていくことは出来るだろうけれど。
「短くて一年だ。家に戻れるかも分からない」
「一年!?」
食事どころではない。テーブルを回りティターンの肩を掴む。
「いやよ。そんな間一人でいるなんて!ねぇ、私も一緒に行きたい。行っちゃダメなの?」
こんなに無茶をいうなんて引き取られて以来初めてかもしれない。
でも、一年間も一人でここで生活をし続けるなんて……想像するだけで背筋が震えてしまった。ここで怖いことなんて何もないはずなのに。
だというのに、私の訴えを聞いてもティターンの答えはすげないものだった。
「残念ながら連れていけないな。……なに、さすがに俺もここにお前を一人で放置するつもりはない。お前もちょうどいい年頃だからな」
フォークとナイフをテーブルに戻したティターンは、人差し指をくるりと回す。棚に並べられた本の間から一枚の紙が抜き出され、彼の目の前へとただよってきた。
「ユウェール魔法学校にお前が入学できる算段をつけている。あそこは魔法を学べる国一番の養成機関だ。きっとお前の学びになるだろう」
「や、やだ!!!」
間髪入れずに叫んだ答えに、ティターンが目を丸くした。




