37話 追尾のわけ
文字が宙に浮かび上がっては紙片に溶けていく光景の中、そんな神秘さとはうらはらに私はあー……とあいまいな声をだす。
シャムがいう尾行について、大変残念なことに私には心当たりがあった。というか。
「ここ一週間くらいずっとあの調子なんですよね。さすがにお風呂とかまで一緒にいたくないので、そういう時は目眩しをしているんですけれど」
「……一週間?尾けられている!?」
その通りだと頷く。
私の居場所な周囲の声を聞きとり、光景を見るタイプの風魔法。なんなら誰がどのような目的で私にかけているかも分かっていた。
「一体誰がそんな真似をしているんだ」
「術者は三年生の先輩だけど、頼んだのは同級生よ。試験に向けて何をしてるのか気になってるんじゃない?」
召喚術の応用だ。
特定の魔力を追尾する式を召喚し、それに視覚・聴覚共有を付与する。私も動物を狩る時に獲物探しで似た魔法を使っていたからすぐに分かった。式自体は三年生のタイを着けていた人の魔力で作られていたが、視覚と聴覚を共有するための魔力の糸は二本あり、その内の一本がメリュジアについていた。
そう説明をすれば「他人の魔力識別は二学年の応用なんだが……」とため息をつかれてしまった。そうなんだ……。
「そこまで分かっていて放置するのはなぜだ?他学生のプライバシー侵害など理由を問わず問題だ。お前が訴えれば教師陣側が調査をして然るべき方法で罪に問うだろうに」
「別に困ってないし……」
そう。正直困っていないのだ。
追尾する式とはいえ、その気になれば霧散もさせられるし、そうでなくとも光景や音声が入らないように遮断もさせられるし。
「お風呂に入るときは完全に止めてるし、勉強会でもノイズをかけてるし、向こうもそろそろ気づかれて妨害されてることに気づくかしら?って」
気がついて諦めてくれるならそれに越したことはないのよね。そう告げれば鎮痛な面持ちで首を横にふられる。
「いや、気づかんだろう。そんなスムーズに妨害されるなど……」
「そうなの?」
「いいかげん君が師から教わった内容は規格外だと知りたまえ」
解せぬ。
……とは、彼の正体を知ってしまった今、おいそれと言えなくなってしまった。俯く私を見てシャムが少し口を閉じて、それからふぅとため息を吐く。
「座りたまえ。まだ複写には時間がある。なにぶん論文の数も多いからな」
促された椅子にそのまま座り、視線が空に踊る文字へと向かう。ティターンと、そう記された文字に涙がにじみそうになった。
「……話は変わるが、学校には馴染めたか?」
「どうしたんです、急に。」
本当にいきなり話が変わった。見上げれば思った以上にまっすぐ私を見つめていて、つい視線がそれる。
「気にはなっていたからな。何せ気絶したまま学園に来たと思えば、目覚めてすぐに帰りたいとべそをかく生徒などそう多くはない」
「べそなんてかいてないですけど」
思わず反論する。学園に来て最初に泣いたのはゼータに出会ったときだ。……改めて考えるとちょっと恥ずかしいな。
「似たようなものだろう。で、学校には馴染めたか?」
「わからない、けど」
相変わらず授業の時は一人だし、学ぶ内容が楽しいわけでもない。
「そうね……放課後に今、皆で勉強会をやってるあの時間は、悪くないわ」
友だちと呼べる相手が出来たし、笑ったり泣いたりしながらも過ごせるあの時間は特別だった。ティターンと二人だけで過ごしていた時には穏やかで温かい空間だったけれど、それよりも賑やかで花の咲くような空気。
養父が言っていた『やりたいこと』はまだ分からないけど、楽しいと思える時間は少しずつ増えていた。
そこまで考えて急に恥ずかしくなった。ごまかすように咳払いをする。
「まあ、それでも帰りたいのは変わらないけど。だからジュエルクラスに選ばれようと勉強会もしてるわけだしね」
「ジュエルクラス……そういえば中間試験はもう来週だったか。たしかにお前の魔力量ならジュエルクラスも狙えるだろうな」
早いものだ、とシャムが呟く。その顔はどこか苦々しいものが混ざっていた。
「嫌そうな顔ね」
「面倒ではある。実技の授業で無謀なまねをして怪我や体調不良になる面々が多いんだ」
そんなこともあるのか。
治癒師として在籍している彼が一番働く機会がそこなのかもしれない。あまりに嫌そうな表情を見ているとすこしおかしくなってきた。
「大変そうね、なのに何でここで働いているの?治癒師って普通は治癒院で働いてるものだと思ってたわ」
「今更か」
鼻で笑うような仕草にムッとする。世間知らずな自覚はあるけど、治癒院や治癒師とはそうでなくとも距離をとってきたんだから仕方ないでしょ!……とまでは言えないけど。
「いいでしょ、別に。こういう面倒くさい生徒だって沢山いる場所でなんで働こうなんて思ったの?」
「自分で面倒くさいなどというんじゃない。そんなの決まっているだろう。ここは人間関係のような厄介なしがらみが薄いからな」
予想外の夢のない答えが返ってきた。
「えぇ……」
「聞いておいてなんだその声は。治癒院は特にここ数年派閥闘争が多くてな。始祖が抜けた後釜が必要なのだろう」
ヤーラカーナはそんな話一言も言ってなかったけれど……いや、外部の私に話す内容でもないか。それに考えればわかる話だ。始祖魔導師はその一身に権力と魔法と尊敬を集めている。それがいなくなれば立て直すのも大変だろうし、原因となった娘に嫌悪を抱くのも自然な話だ。
「ってことは、シャムも昔は治癒院にいたの?」
「いたな。それがどうした?」
わけもなく指を組みながら尋ねる。複写の魔法が早く終わってほしいのに、もう少しだけ時間がほしい。
「……ハイドラ=アクアマリンにあったことはあるの?どんな人だったのかしら」




