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36話 活路を探す

 あの後、「さすがにこの方法はちょっと……」とうなだれてしまったゼータによって直接触りながら魔力の位置を伝える方法は却下されてしまった。

 結局ヤーラカーナとキリトが笑っていた理由も分からずじまいだ。


 だからと言って今のゼータの状態を放っておくこともしたくない。友だち……が困っていたら助けたいし、魔力不感能症だと分かったからにはなおのこと。


 何かいい方法がないかと一晩考えて、一つだけ思いついた私は昼休憩の時間にモーリス先生のところを尋ねていた。


「オニキス様の学術論文を借りたい?」

「はい。ダメですか、先生?」


 過去に彼が発行した学術論文に一通り目を通したと話を聞いていた。もしかしたらその中にゼータの症状を改善させるヒントがあるかもしれない。


「わざわざ借りずとも本人から直接……いや、無理か」

 寮生活では基本長期休暇以外に外と連絡を取る方法はない。まして私はティターンが結局なんの仕事をしているのかも分からないのだ。

 ジュエルクラスになれば早期の帰省も出来ると聞いていたが……今は少しだけ揺れていた。


「はい。なので文献を写しでもお借りできればと思っていたのですが……生徒だと閲覧は許されなかったりしますか?」

「そんなことはない。が、あいにくすでに論文は他の者に貸していてな……」


 誰だろうか、と考えようとしてすぐにあの場にいた人たちなら皆借りたがるかもな。と思い直す。ツートピア先生が言い出した時の反応たるや、すごかったものな……。


「だからお前が直接言ってきて、写本を借りたいと話すといい。無碍(むげ)にはしないだろうよ」

「ええと、どなたに……」

「治癒室のシャム師だ。お前も面識はあるだろう」


 その名前に一つ目を瞬かせた。

 この学園で目覚めて最初に出会った人。業務外だというのに魔力測定の会場まで案内までさせてしまったっけ。


「は、はい。面識はありますけど……」

「なら行ってくるといい」


 半ば追い払われるように手を振られてしまった。……ここに居てもどうしようもないし、そうしたら行こうかしら。


 歩きながら考えるのはティターンのことだ。

 ティターンが始祖魔導師の一人だった。

 その事実はふとした時に私の思考に浮かび上がっては揺さぶってくる。始祖の一人を私の母は殺していて、ティターンが私を拾った時そのことを知っていた。


 彼はどんな気持ちで、どうして私を拾ったのだろう。

 元々水の始祖とはそぐわない関係だったのだろうか。それともあの笑みの裏に何かを隠していたのだろうか。何か目的があって私を拾ったのだろうか。あるいは亡くなった始祖と折り合いが悪かったのか。

 何かをしていないと──それは例えばゼータの症状を改善させるために頭を悩ましたりとか、歴史の中で始祖と全く関係ない場所をひたすら書き取るとか。目的を持って何かをしていない時にはふっと疑問が浮かんでしまって、行き先のないあぶくのようにはじけて消えるしかできなかった。


 今日もまた、そんな取り止めのない思考をぱんとはじけさせたのは扉が開く音だった。


「おい、どうしたんだ。治癒室の前で突っ立って」

「あ……ごめんなさい」


 気がついたら治癒室にたどり着いていたようだ。怪訝な顔をして扉を開けたシャムに頭をさげる。


「前に話になってたあの……オニキス執筆の学術論文を借りたいんです。あなたが持ってるって聞いて」


 ティターンと、個人の名前を呼ぶことが出来ないのは仮面のせいだろう。客観的な表現しか出来ないのもまた、彼との距離を感じてしまう。


「ああ、たしかに私が借りているが……わかった。準備するから入りなさい。今は患者もいないからな」


 中に入ればツンと鼻にくる草花の香りが漂っている。白を基調とした室内は目覚めた時と何も変わらない。唯一違いがあるなら、机の上に山のようにいくつも置かれた紙束くらいだろう。


「それ全部なの?」

「いや、四割ほどはここ最近の情勢についての資料だ。最近各地で事故が頻発しているようでな、国がそれについて調査をしているらしい」


 そんな話は初耳だった。学園の中は森の中に負けず劣らず隔絶した環境で、外のニュースに触れるのも商塔の書店にある新聞くらいだ。手紙すら緊急時以外は許さない環境で、お互いの身の上が分からなくなる秘匿の仮面をつけているのもある。


「原因は分かっているの?」

「さあな。現状公は調査中となっているようだが……と、話はこれでないか。学術論文だったな?」

「ええ。まだ読んでいるっていうなら本体じゃなくて写しでもいいですけど」


 風魔法の応用版に文字を写し取り記録するものがある。白紙に記せばそのまま複写本として読めるし、大気に写して読むこともできる。後者の場合は一日二日で消えてしまうのが欠点だったが。


「なら写しを用意しよう。白紙の束もあるわけだしな」

「いいの?別にそこまで手間をかけなくても、そのまま文字だけ写しちゃいますよ」

「焦らず手元で読み返せる方がいいだろう。量も多ければ質も高い。それに……書き記す間に確かめたいことがある」


 そういって彼は白紙の紙束を引き出しから取り出した。

「エスメラルダ・トレース・フロート・ウィンド」


 呪文を唱えれば文字が浮かび上がり、それが二重に重なり合う。二つに分かれた文字のうち片方は元の紙へ、もう片方は白紙の束へとそれぞれ吸い込まれていく。

 だがシャムはそれに目を向けることもなく、何かを気にするように扉へと視線を向けた」


「確かめたいこと、ですか?」

「そうだ。……気がついているか?お前、尾けられているぞ」


 私たちは同時に一点を、私の背後の一見何もない空間を見た。


「ああ、そのことですか」

 まだ他の人に指摘されたことはなかったけど、シャム先生は魔力感知が得意なのかしら。

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