34話 触れる、魔力
例の事情説明から一週間が経過した。
その間にモーリス先生は過去の学術論文をひっくり返したようで、最後には「何故……!なぜこれが通常の学術カリキュラムに入っていないんだ!」と大声をあげていた。
ツートピア先生曰く、「外部エーテルの状況で左右されがちだから熟練の教授者でなければ手に負えないからじゃな」と言うことらしいが……あれそんなに難易度高かったんだ。
何はともあれ、晴れて先生方から教えても問題がない、むしろ励むようにと太鼓判が出て、ようやく実技の特訓を再開することになった。
その間も歴史や魔法陣術、天文学を学んでいた放課後の教室で、久しぶりに三人の前に立つ。
「今日は前と同じ体外集約と、体内循環についてやっていくわよ」
「おっ、うわさの体内循環か。そっちが地や火の魔力を強めるのに役立つんだろ?楽しみだな」
キリトが弾んだ声をあげる。
「ええ。前にゼータにはやったことがあるから……。……ちなみにだけど、あれから一人で練習とかした?変な感覚とかはない?」
ゼータに確かめてみれば、彼は口をへの形に曲げて「いや」と首を横にする。
「あの感覚を試そうとしたのだが……一人では上手くできなくて。まだ体外集約の方がやりやすかった」
試そうとしたのか。ヤーラカーナといい真面目か。と反射的にいいそうになった言葉を飲み込む。必要がない言葉をわざわざ口に出すことで焦り続ける私じゃないのよ。
「あの時はそもそも帰ってから復習しよう、みたいな感じじゃなかったものね。じゃあ改めておさらいするから、あんたもちゃんと聞いててね」
「ああ、もちろん。今度こそ感覚を覚えて帰りたい」
真面目か。
***
体内循環は体外集約よりも身体の中の感覚を覚えることが重要になる。まずは私が手を繋いでそこから魔力を注ぎ、感覚を覚えたら自分で試す。その流れで練習をはじめた。
「ヤーラカーナ、右腕の魔力が停滞しすぎてるわ。肘を通る感覚を意識してみて」
「くっ……分かりましたわ」
「キリト、あんたは……特にいうことないわね。というかわざわざやる必要あるの?」
「いやいやいや、実際通した後の魔法の威力見てよ。種を植えたばっかりの植木鉢から花が咲いたよ?こんなのはじめてだって!」
思った以上に二人とも飲み込みがはやい。ヤーラカーナは体外集約よりも文句を言わずに取り組んでいるし、キリトに至ってはあっという間にコツを飲み込んだ。
二人はあとは自主練習で大丈夫だろう。私がたまに様子を見て魔力バランスに異常がありそうなら声をかければいい。
目の前にいるあと一人の手を取ったところで、気弱なため息が聞こえてきた。
「……情けない、な」
「え?なにがよ、ゼータ」
普段は握り返される手が硬く閉じられている。
「この方法については僕が一番最初に君から教えてもらっただろう?なのに彼らの方がよっぽど上手く出来ていると思って……」
教師たちの前でゼータが話していたことが脳裏によぎる。先天的な魔力不感能症。どんな病気なのだろうかとヤーラカーナに聞いて、図書室の本を一緒に開いた時もあった。
自身の中にある魔力を感知できず、その結果魔力を上手く扱えない。全く魔法が使えないと思えば急に魔力を暴走させてそのまま亡くなるケースもあるという。
「と言ってもねえ。誰だって向き不向きはあるわよ」
でも、それを口にしたり気取られることで不安にさせるのは良くない。だからわざと笑い飛ばすように笑みを浮かべるが、ゼータの顔は晴れない。
「でも、やっぱり悔しいんだ。……前に詰まりがあると言っていただろ?まだそう言ったものがあって、そのせいなのかな」
詰まりがまだある可能性はあるだろう。それを改善させるのも一つの手だ。でも図書室の本で読んだ、魔力を暴走させて亡くなるケースのことを考えると不安が勝った。
「それもあるかもだけど……そうね。私が今から地のエーテルを流すわ。どのあたりを通ってるかいうから、その感覚が分かるかどうか教えてちょうだい」
「…………分かった」
やけに大きく唾を飲む音が聞こえてから、ようやく硬く強張っていた手が私の手を握り返した。
「まずは、手のひら」
魔力を彼の手元に集めてそのままを維持する。
「……分かるような、分からないような」
「じゃあ、これは?今手首まで魔力を動かしてみたのだけど」
「……」
難しい顔をされてしまった。そりゃあずっと分からなかったものが一朝一夕で分かるものではないけど……これは難しそうだ。
「触れられてるとなんとなくここなんだな、と思うんだが……そもそも体内の魔力の感覚とはどのようなものなんだ?」
「うーん……前にやってた魔力感知とはまたちょっと違うのよね。五感で感じるものとは違うし」
言語化が難しい。地や火のエーテルは熱を持つが、人の体も一定以上の温度があるし、その中を循環しているのが分かるようにと温度をあげすぎると今度は体内を火傷してしまう可能性があるとティターンにはよく言われていた。
中を巡っている魔力がどう動いているか分かるには……そうだ。
「逆に魔力を弱めてもいいかも」
「え?」
発想を逆転させればいいかもしれない。
握っていた手を離して、彼の手の甲に手を当てる。
「触ってるところだとなんとなく分かるのよね?」
「ああ」
「でも離れると意識しにくくなる」
「……そうだな」
「なら、触っている感覚と魔力を合わせて覚えればいいのよ。今私は、ゼータの肌一枚下に魔力を溜めてるわ」
そのまま彼の手の甲から手首、前腕へと手を動かしていく。ゆっくりと、時折親指でここに魔力が流れていると伝えるように押して。
「関節は詰まりとかなくても通しにくいから、内側の柔らかいところを通過するイメージがいいわ。それで二の腕を通って……肩に到着。どうかしら、感覚としてわかった?」
魔力は微弱だが実際にその上を触れながら伝えたのだからイメージはしやすいはずだ。
……そのはずなのだけど、返事がかえってこない。
「…………ゼータ?」
見上げれば、彼の顔が真っ赤に染まっている。鼻先が思ったよりも近くて、もう少し近づいたら仮面がぶつかってしまいそうだった。その後ろ側では顔をそらして笑いをこらえている二人の姿も見えた。
「ふふっ、あらあら、これはこれは……」
「いやぁ、多感でピュアな男子生徒にはちょっと刺激が強いよなぁ、これは」
「〜〜〜〜っ!キリト!!」
…………何かまずかったかしら?
真っ赤になったままキリトの胸ぐらをつかんで揺さぶりに行ってしまったゼータを見ながら、私は一人首を傾げてしまっていた。




