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30話 ティターン=オニキス

 ティターン=オニキス。

 その言葉を聞いてとうとう私の思考回路は完全に停止してしまった。ただでさえこの状況と聞きなれない単語に頭がパンクしそうになっていたのに。

 倒れ込まなかっただけ褒められたい。いや、倒れずに済んだのは後ろにいたヤーラカーナが私を支えてくれたからだけど。


「偉大なる始祖が、我々の知らない始祖がいた……?本当ですか?学長!?」


 だからこの声も私ではない。モーリス先生のものだった。学長に向けられた問いに対して、それまでずっと傾聴の姿勢をとり続けていたかの人が口を開く。それまでざわめいていた教師たちが一斉に口を閉じた。


「懐かしい名だな。我が同胞、始祖魔導師の一人。闇を司る存在、ティターン=オニキスか」


「……ティターンが、学長の同胞、ですか?」


「そうじゃそうじゃ。いや、ワシも当時の論文を読んだことが一度だけあってのう。非常に繊細な理論じゃった。あれをそのまま実証できるのは余程の天才か……彼から直接コツを含めて享受できたものだけじゃろうよ」


「い、いや、ですが!ツートピア先生!」


 なおも言い募ったのはモーリス先生だった。ツートピアと呼んだ老齢の教諭の肩を縋るように掴む。


「私も学園に来て浅くありませんが、そのような論文、いえ、そもそも始祖魔導師がもう一人いたなどとはじめて聞きました!どういうことなのでしょう!?」


「……ふむ、どういうことなんじゃろうな?」


 掴まれたツートピア先生は茶目っ気たっぷりにオストリア学長を見る。気のせいだろうか。口を開いた学長は普段よりも煌々(こうこう)と、瞳が燃え盛っているように見えた。


「聴かせるほどの内容はない。始祖の魔法使いは元より六人が存在したという話だ。

 世に名が知られていないのは、それが必要になるのが人の生よりも長き周期のためだろう。かつて奴が最後に職務に当たったのは三百年よりも前になる」


「当時の魔力循環不調を改善するために作ったのがその論文じゃったんでしたか。いやあ、今はもう写本が一握りしか残されておりませんからの」


「そ、その論文はどこに!?!?」

「学長の部屋じゃの♡」

 なんで会話が繰り広げられているかたわら、学長の視線がこちらへと降り注がれることを私は肌で感じていた。



 ティターンが始祖魔導師。

 学長先生と同じ立場の人。ならば。


「……ティターンが今、どこで何をしているのか、ご存知なのでしょうか」


 私がこの学園にすんなりと入れた理由が理解できた。私が目覚めた時、学長が治癒室を訪れた理由もなんとなく。彼らはかねてよりの知り合いだったのだろう。……親しいかは分からない。だってティターンは私も暮らしている間、他の人のことを話すことは全くなかったし。


「知っている。……だが、それをお前に話す必要はない」

 オストリア学長が私を見る目は冷たかったから。


 当然だ。だって私はティターンの養女である前に咎魔女の娘。彼にとっては同胞殺しの罪人の子だ。


「……そうですか。なら、正面から確かめられるようになるまで頑張ります」


 それでも彼は私の入学を、生徒としてあることを止めなかった。ならできることをするまでだ。




「モーリス先生」


 横を見ていればモーリス先生はツートピア先生の胸ぐらを揺さぶっていた。……どうしてそうなったのよ。別にいいけど。


「っ、あ、ああ。……すまなかったな、クリス。まさかこのような事情があるとも知れずに呼び出しなどという大ごとにしてしまって。ツートピア先生も招集の時点で言ってくれればいいものを……!」


「ふぉっふぉ、だって証拠になる論文もなければワシもこの子がティターン殿の愛娘などと知らなかったからのう。ダイヤモンド級の輝きを思い出せば納得じゃが」


「いいえ。……ひとまずはいいのよね?私がこれからも、皆と一緒に……一緒にいて、」


 教える、なんて大層なことを出来ていた自信もない。だから口に出したのはそんな表現だった。


「無論だ。……と、いうか、本音を言えば見学くらいさせてもらいたいものだ。これまで知らなかった始祖が伝える魔法というのがどんなものか見てみたい」

「……まあ、機会があれば」


 すぐに頷くにはこの一連の騒動での衝撃が色々と残っていた。一歩間違えれば私だけでなくティターンまで大変なことになっていたのだから尚更だ。


 ひとまずは落ち着いたところでゆっくりとして、それからいろんなことを考えたかった。

 ななめ前に立っていたゼータを見れば、穏やかな表情を浮かべた彼が眉をさげた。


「すまない、勝手に前に出てきてしまって」

「ううん、それは全然。むしろ良かったの?仮面外しちゃって」


 言いながら私も仮面をはめなおす。話が終わったのならいつまでもこの銀髪をさらしておくのもはばかられた。


「君が外したというのに、割りいる僕がはめたままでは不誠実だろう」

「……相変わらず、変なところが律儀よね」


 でも彼のそんなところが嫌いじゃなかった。


「さ、もういい時間だし行きましょ。キリトにご飯を(おご)ってもらわなきゃ!」


「……ふふ、そうだな。行こうか」


「えー、忘れてくれてて良かったんだけどな」というキリトの笑い声をバックに、私たちはめいめいお辞儀をしてその部屋を後にした。

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