28話 休講日の学園
翌日は休講日ということもあり、生徒たちは朝から思い思いに談話室や食堂で今日の予定を話していた。
寮生活中は仮面をつけたままの生活になるので遠出はできないが、休みの日の日中は、隣接する総合商塔へ遊びに行くことができる。
風の始祖魔導師であるマルゥ=エメラルドが創立し運営している国最大の商会、エバーグリーンが運営している商塔にはありとあらゆる娯楽があるとされる。
魔法を使った声楽拡張・測定店や超高空を滑空できる特製箒レンタル店、週替わりで色々なスイーツやフードを楽しめる広場や時折禁書も入荷するとされる暗夜書店。
秘匿の仮面をつけたまま行くことが許される場として、そこに遊びに行ったことがない生徒はいないだろう。聞こえてくる行き先ももっぱらその中のどの店に行くかという話だ。
だが今日の私はあいにく用事がある。そもそも買いたいものがないのに行くほどの関心もなかったから、楽しげに話すクラスメイトを横目で見てから学園にむかうべく通路を歩いていく。
楽しげにしている生徒たちの中には、先日食堂で妙なことになった相手、メリュジアもいる。視線に気が付いた彼女がキッとこちらを睨みつけてきた。……うん、触らぬなんとやらにっていうわよね。眠れる大鹿を起こすな、だっけ?
寮から学園への道のりは塔に向かうのと反対方向だ。背中に感じる視線がだんだん遠ざかっていくのを実感しながらも、ぼんやりと考える。
そもそも彼女も酔狂なのだ。
私に対して嫌がらせをするのもだが、キリトなんかにあんなアプローチをかけるなんて。食事の所作は確かにきれいに見えるから悪い家の出ではないだろう。でも顔立ちも仮面でわからなければ、性格も……。
「や、クリス嬢。ご機嫌麗しゅう!」
これだ。
今から先生のところに話をしにいくのに、機嫌がいいわけがないだろう。ゼータは反応に困ったように私とキリトを交互に不安げに見てるし、ヤーラカーナも額に手を当ててため息をはいていた。
「キリト。これが終わったら今日のランチ代はあなたが持ちなさいよ」
あ、まずい。ご飯の一つでも奢らせてやると思っていたのが口からもれた。
訂正をしようかどうか悩んでいるうちにキリトが目を瞬かせて、それからうやうやしくお辞儀をしてくる。
「それはそれは、クリス嬢が晴れて平穏無事な身になった暁にはこのキリト、祝いの一席を設けさせてもらいましょう」
「あら剛毅じゃありませんこと。それなら商塔の二十四階にお勧めされたお店がありますわ」
「なら今日の昼はそこで決まりだな。会計は任せたぞ、キリト」
「あれ?もしかしてこれ全員分奢る流れになってる?」
思ってもみない追撃に眉を下げて笑うキリトと楽しそうにする面々を見て、私も少しずつ肩を揺らす。
……不思議ね。さっきよりもずっと、この後が楽しくなった気がする。
「じゃ、行きましょ。ヤーラカーナがお勧めされたお店も気になるもの」
スカートをひるがえし、私は職員室の扉をノックした。
***
てっきり職員室で話をすると思ってたのだ、私は。
「……それがどうしてここで?」
私たちが今立っている場所は、学長室だった。目の前にはこの学園の長であり、始祖を束ねる魔導師長である学長──オストリア=クリスタルが座っている。
他の教師たちは私たちと学長の脇に控えており、その中には主任のモーリスや治癒師のシャムもいた。
疑問に答えたのはモーリスだ。
「今回一番の問題は、学園のカリキュラムにない魔法を使っていたことではない。その魔法そのものが害をなす恐れがないかを判断することだ」
「ふぉふぉふぉ。ワシらは各分野の専門家とはいえ、総合的な知見はこの場にいる誰よりも学長が最も高い、故に最終的な判断をしてもらうんじゃよ。クリスの行動を罰するためではない。それは安心してもらってかまわんよ」
入学試験の時に歓声をあげていた老齢の教師が笑いながらこちらにウィンクしてくる。それに対して、学長は美しい顔をぴくりともさせずに声をかけてきた。
「……おおよその事情は報告を受けている。ウィンドクラス一年、クリス。仮面を取りお前がこの学園に入ってから、他の生徒に指導した魔法について話すがいい」
「……指導した、っていわれるとそこまで大したことはしてない、ませんけど」
戸惑いながらも言葉を返す。
微笑みの浮かばない顔は私を拒絶しているように感じてしまう。始祖魔導師たちの長でもある人。
「だが、実際お前から話を受けた後でガイアクラスの生徒の魔力量が上がったという報告も受けている。順を追って話すといい」
「…………わかりました。じゃあ、まずゼータに話をした、私が知ってる属性についてから」
仮面を取り外せば後ろから小さな声が聞こえてきた。
それにかまわず、息をひとつ吸ってゆっくりと話しだす。果たしてこの話を、彼らはどのように受け止めるのだろうか。




