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2話 魔法使いと小さな家

 ティターンと名乗った男に連れられて歩いているうちに、妙なことに気がついた。一歩足を進めるだけで周りの光景が見る見るうちに変わっていくのだ。


「これ、魔法?」


 孤児院で魔法を見たことは遠目でしかない。あそこの人たちは私が魔法に触れようとするたびに大声で静止したり手を上げてきたから。


「ああ、風魔法の一種だな。歩く距離と速度を百倍速にしている」


 話をしながら歩くだけでも風景は変わる。街から平原、森へ。どんどんと人通りは少なくなっていく。


 一体どこに行くのだろうか。疑問はあるけど恐怖はなかった。孤児院で受けた傷や橋の下で過ごした日々に帰るよりも怖いことなんて思い浮かばなくて。だからその不安よりも、浮かんだ疑問を口にすることを優先した。



「あなた、魔法使いなの?」



 この国では魔法を万人が使えるわけではない。

 貴族たちの間では教養の一つだが、一般の民衆で魔法を使える人は一握りだった。

 ティターンの身なりも外套(コート)にシャツと悪いものではないし、貴族なのかもしれない。



「そうだな。しがないその日暮らしのぐうたら魔法使いだ」

「ぐうたら……」


「とはいえ、お前一人を養うくらいのことは出来よう。……ほら、ついたぞ」


 そう言って急に立ち止まった足にぶつかりそうになる。見上げたそこは森を切り拓いて作られた丸太小屋だった。人一人が暮らすには十分だが、魔法使いが住んでいる家にしては質素だ。


「ここが、ティターンの家?」

「そうだ。そして今日からお前の家にもなる」


「私の……」


 そう言われると、小さい丸太小屋が特別なもののように感じてくる。扉を開いたティターンが、くつくつと笑いながらコチラを振り返った。



「まあ入れ。飯の準備をする間に、まずはその泥だらけの体をどうにかしないとな」



***



 一度洗って風呂から出たらまだ汚れがひどいと追い立てられ、二度目に風呂から出たら水気をちゃんと拭えとタオルを投げつけられて。ようやく着替えをしてひと心地つく。少し大きいけれど肌触りはよい服だ。


「髪も伸ばしたい放題だっただろう。長さはお前の好みにすればいいが、手入れはちゃんとしないとな」


 私が椅子に座ったところで、後ろに回ったティターンがタオルで私の髪を包みこむ。

 水気をぬぐってくれる手は相変わらずあたたかくて……居心地が悪い。テーブルにすでに並べられているあたたかなポタージュとパン、それに蒸した野菜をぼうっと見つめてから口を開いた。


「……ねえ」

「ん?」

「どうしてそこまでしてくれるの?」


 そこいらに転がっている子どもをうまく使おうとする存在はこれまでもいなかったわけじゃない。

 でも、そうした人たちは家に連れ込んだあと大抵突き飛ばしたり閉じ込めたりしていた。そして最終的には、咎魔女の娘の名が、私を庇護下に置く利益よりも不利益をうけて早々に追い出したのだ。



「なんだ?お前の親と関係があるとかそういう可能性でも想像したか?」

「……考えてなかったけど、そうなの?」


 それなら少しは納得できる。

 でもティターンは、いや違うさと首を横に振った。


「一言でいうなら気まぐれだな」

「気まぐれでここまでするの?」

「俺は酔狂だからな」

「…………」


 信じられない、と顔にありありと出ていたのだろう。こちらを覗き込んだ男は眉をわずかに下げて、けれども口の端はにこりと弧を描いた。


「信用がないな。気まぐれは事実さ。強いてもう一つつけ加えるなら、ちょうど娘が独り立ちしてな」

「娘さんが?」


 言われてみれば、多少ぶかぶかながらも着れる服が、こんな大人の男性が住む場所にあること自体がおかしい。もしかしたら娘さんのものだろうか。自然と手は袖口を握りしめた。


「跳ねっ返りだったがあんなのでもいなくなると寂しいものだ。代わりに何か飼うかと街に出かけたところで、お前と出会ったわけだ」

「私は犬や鳥の代わり?」


 ムッとするのと同時に、それでもいいと思ってしまう。愛玩されるものだとしても、髪を乾かす手は温かかった。


「代わりなんかじゃないさ。お前はお前だ。俺の新しい娘だな」

「……咎魔女の娘を、娘にするの?」


 それはとても不思議なことのように思えた。同時にとても魅力的に。

 温かな熱と共に拭かれた髪は水気もすぐにどこかへ行ってしまったようで、タオルを手にティターンが立ち上がった。


「お前が構わないならな。今日から俺がお前の養父(ちち)となろう」


 さあ、食事の時間だぞと優しく背中を叩かれる。じわじわと頬と耳に、お風呂のお湯とは違う暖かさが染み渡ってきた。


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