13話 ちょっかいは多種多様
「皆さん、自分が浮かせるものは配られましたね?それでは一斉に唱えましょう。エスメラルダ・フロート・ウィンガ・ウィンド」
「「「「エスメラルダ・フロート・ウィンガ・ウィンド」」」」
目の前に置かれた鉄の板が突風の勢いで浮き上がる。
こんな重いものも風魔法で浮くのね。
周囲をみれば薄い布や厚い布、紙やボールなどまだ浮く光景が想像できるけど。
……これ、ここで魔法をとめたらズドンって落ちちゃうんじゃない?
「こら、クリス。ちゃんと魔法に集中しなさい!」
「……!し、してます」
ハロルド先生に見透かされていたようで叱られてしまった。あわてて指先に魔力をこめなおす。
先生はそれからも何人かのもとを回り、魔力をこめる部位や込め方を指導して回る。
「……よし、そこまで!皆さん魔力の定着度が上がってきてますね。その調子で次回は自分自身を浮かせるための方法をお伝えしますので、復習と練習はお忘れないように」
ではこれで本日の授業は終わり。
その言葉にパラパラと生徒たちが立ち上がり、お喋りをしながら教室を出ていく。
寮生活である私たちはお昼は学園の中央棟にある食堂でとるのが普通だった。
席が足りなくなることはないけど、人気のメニューや過ごしやすい席は埋まりやすいから、急いで私も移動しないと。
教科書をまとめて席を立ち、廊下を出る。
そのまま渡り廊下に向かっていれば、十分な幅があるというのにどんと肩に衝撃が走る。
崩れそうになった姿勢を整えてそちらを見れば、ふんと鼻をならす高飛車な雰囲気の少女がいた。
「あら失礼。ずいぶんと陰気くさい顔をしていましたから、てっきり幽鬼かと思いましたわ」
顔立ちは分からない。でも仮面にはめられた青い宝石を見ればアクアクラスに所属する生徒だというのは一目で分かる。
幽鬼……死者の魂が魔族として堕ちたものだったか。そんなものが学園にいたら今頃大騒動だ。
「そう。魔族と人の区別もつかないなんて大変ね。魔力感応度の授業は地曜日だったかしら?」
もちろん私は幽鬼じゃない。それは魔力の反応を確かめれば分かるはず。だから授業がはやくはじまればいいわねと言うつもりだったけれど、なぜか向こうの頬が紅くなる。
「なっ……!」
「どうしたの?」
呆気にとられていれば少女が口を開いては閉じ、結局何もいわないで背中を向けて歩いていってしまった。
「……何なのかしら」
「クリス!」
今度聞こえてきた声は先ほどよりも低い……低い、のだろうか?
仮面が声の詳細を覆い隠してくる。けれども誰の声なのかだけは、今のクリスにははっきりと分かった。
「ゼータ。あなたも授業が終わったところ?」
「……ああ。その……大丈夫なのか?」
「??何が?」
ゼータの質問の意図がつかめずに問い返せば、もごもごと口を動かして止まってしまう。……変なことを言ったかしら、私。
と、ゼータの後ろからひょこりと顔を覗かせる別の男子生徒。黄色い宝石のついた仮面を見るに、ゼータのクラスメイトだろうか。
「いやぁ、びっくりしたな。ゼータが急に駆け出したと思ったから何事かと思ったら……あのイヤミに見事な切り返しだったな!君!」
まったく知らない相手だというのにいやにフレンドリーだ。
自然肩をこわばらせながらも質問の意図を尋ね返す。
「……切り返し?イヤミ?」
何がイヤミだったのだろうか。首を傾げればゼータとその友人はそろって口をぽかんと開ける。
動き出したのは友人の方が先で、だんだんと体を震わせ、終いにはゼータの背中を大きくたたいた。
「あいたっ!」
「ははっ、もしかして彼女天然かい!?いやぁ、面白い子と知り合ったな!」
「だから何がよ」
じろりとにらみつけるとこちらの苛立ちに気がついたのか、悪い悪いと笑う。
ただでさえ空腹でこちらは気が立っているんだ。彼らもどうせ向かう先はいっしょだろうと食堂へ向かい歩き出した。
「あのアクアクラスの彼女……ヤーラカーナは分かって言ってたんだよ。君が幽鬼なんかじゃないってね。分かってわざとぶつかったわけだ」
…………。
あ、そういうことね。
「あ、そういうことね」
考えがそのまま口に出ただけなのに、ますます男子生徒は笑い声を大きくした。
それを見てゼータが「おい!」と語気を荒げた。
「その笑いはクリスに失礼だぞ!謝罪しろ、キリト!」
「あっははは!いやごめんごめん。でもイヤミを言われてるのに気づいてなかったのかい。ずいぶんと大物だな!」
何がそんなにおかしいのか分からない。だって。
「ぶつかられるのも暴言を吐かれるのも今更だもの。あの程度かわいいくらいじゃない?」
「「……──」」
石のように硬い物をぶつけられたわけでもない。倒れさせようというほど強いぶつかり方でもない。
ならいちいち気にしていても仕方がない。今気を払うべきは。
「それよりも早くいきましょ。食堂まで遠いんだから、走らないとご飯がなくなっちゃう」
ああ、でもゼータは真面目だし屋内を走ったりはしないだろうか。
「私、先行っちゃうわよ?」
呆気にとられた二人の返事を待たないまま、私は急ぎ食堂に向かった。




