12話 感謝と機会
満面の笑みで礼を言ってきたゼータに対して、私といえば素直によかったねといえなかった。
だって花すら咲かせられていないのに。
私が唱えるだけでも雑草くらいなら数本まとめて花を咲かせて、ティターンが唱えたなら野菜がまるまると太った実をつける呪文。
ゼータが使えばつぼみまではつけられたけど、そこまでだ。そこまでしかできなかった。
……でも、嬉しそうにされてるのは悪くない。
じわじわと胸の辺りが温かくなる。だからと言ってよかったというには、私自身が納得のいく出来じゃなかった。
人の魔法の状況を捕まえて納得のいくいかないを決めるなんて、失礼な話だとわかっていても。
「……お礼を言われるほどじゃないわ。今、詰まりはなくせたけどそれだけだもの。もしかしたらもっと改善もさせられるかもしれないけど……」
「それでもだ。たしかに君の力は僕を助けてくれた。助けてもらったのだから、礼はすべきだろう?」
「……でも」
いまいち踏ん切りがつかない私に、眉を下げてゼータは笑う。その顔はわがままをいう私にティターンが見せる顔とよく似ていた。
「君も強情だな。それなら、授業で分からないことやうまくできなさそうなことがあったら聞きに行ってもいいかい?」
「……答えられるか分からないわよ。魔法の使い方はともかく、歴史とか他の授業はきっとあなたのほうが詳しいでしょう」
家庭教師がいるくらいなのだから、私が教えられるようなことなんてきっとほとんどない。
「そんなことはないさ。君の知識は僕にはないものだ。きっと学びになると思う」
そう言われるとむずむずする。どうにもゼータの顔を見続けることができなくて、思わずそっぽを向いてしまった。
「……来たいのならくればいいわ」
「ありがとう。助かるよ」
笑ってゼータが握手を求めるように手をこちらへと差し出してきた……ところで気がついてしまった。
「……っ!ちょっと、手!」
「手?」
ゼータの手首を握りしめて手のひらを上にさせれば、先ほどまで触れていた手は赤くなっている。
「火傷してるじゃないの!?……いえ、私のせいよね。ごめんなさい」
「ん?ああ、この程度冷やしておけば大事にはならないさ」
「何言ってるの。ちゃんと治療しなきゃ!エグマリヌ・アクア」
治癒魔法を簡易呪文で唱えれば、赤くなっていた肌が正常化していく。
「……すごいな。呪文の簡略化も出来るのか」
「内容によって呪文を変えるなんて面倒だもの」
根源と式さえ合っていれば呪文はきっかけに過ぎない。
養父に至っては呪文らしい呪文を唱えることなく発動させられるのだから、それに比べればまだまだだった。
「それが出来るのがすごいんだ。しかも治癒呪文なんて。正式に習うのは二学年のアクアクラスからで、他クラスだと四年以降の選択科目だろう?」
「さあ、学園の授業体系なんて知らないわ。……前にも言ったでしょ。帰れるものなら帰りたいもの」
目の前にあるもの以上のことに関心を払うつもりもなかった。
「まあ、その気持ちはわかる。僕だって早くこの生活が終われるものなら終わりたかった」
「でしょう?」
「でも、今は違う」
顔をあげればその瞳はまっすぐこちらを見ている。色もなにも分からないのに透き通っているようにみえた。
「ここに来たおかげでクリスに会えて、ずっとずっと悩んでいたことが少しでも前に進みそうなんだ。クリスはまだ帰りたいと思っているかもしれないが……それでも僕は、クリスに会えてよかったと思ってる」
「……」
何と返せばよいのだろうか。何もわからなくなってうつむいてしまう。でも、そういわれて嫌じゃないのは本当だった。
光が絶え、ゼータの手を離す。
「……治療、終わったわ。これで大丈夫だと思う」
「ありがとう!本当にクリスはすごいんだな。治癒魔法までこんなに上手くできるなんて」
「すごくなんてないわ。必要だから覚えただけよ。……自分でできなくても誰かを頼れるなら、それで十分なんじゃない?」
治癒院に拒絶されていなければ、ティターンに教えてもらえなければ、身につけることのなかった技だ。ゼータがこれまで学んでいなかったからと言って、身につけずとも過ごせるというのもまた、幸福なことだ。
「……!そうかもしれないね。でも僕は力がほしいよ」
「どうして。……って、聞いてもいいものなのかしら」
まだ出会って二日。互いに本当の姿すら知らない相手だ。そんな深い事情まで聞いて許されるのかわからなかった。
「……うーん。これがあるから詳しい事情は無理だけど」
ゼータは笑って仮面に触れる。相手の姿も身の上も何もかもを隠す秘匿の仮面。銀の髪と私の身の上を隠す普段はありがたい魔道具が、少しだけ溝を作ったように感じた。
「でもそうだね。期待してくれている人に応えたいから、かな」
「期待してくれている人……」
ゼータは魔法を身につけてほしいと思ってくれる《誰か》がいるのだろう。……私はどうだろう。
養父さんは、ティターンは私を愛してくれている。でも彼が私をこの学園に押し込んだのは魔法を身につけてほしいからではない気がした。
彼の仕事で忙しいから……私を一人にしたくなくて。それと。
──他ならぬお前自身が、やりたいことを見つけるために。
「………………クリス?どうした?」
「えっ、」
突然顔を覗きこまれて肩が跳ねる。慌てて誤魔化すように手を振った。
「な、なんでもないわ!」
「そうか?なら良いけれど。まあとにかくそういうことだから、また機会があったら指導してくれたら嬉しい」
「…………考えておくわ」
世界を知り、人を知る機会。その一歩にこの出会いがなったらいいから。




