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草野 大地【完】

大地視点……最終話です。


 唐突な真理枝からの連絡に、俺は背筋がゾクッとした。

何を言い出すのかと思ったら……金を援助しろなんて言ってきやがった。

無論、俺には真理枝にやる金などない。

そもそも俺には結婚を約束した恋人がいる。

名前は緑川 菊……俺と真理枝がよく通っていたコーヒーショップの店長の娘さんだ。

昔から仲は良かったんだが……真理枝に裏切られたショックで落ち込んでいた俺を彼女が慰めてくれたことがきっかけで付き合うようになった。

葉も彼女に懐いているし……俺達は結婚前からすでに家族のようだった。

そして結婚に向けて本腰を入れようと思っていた矢先……これだ。


『そんなに歳が離れた子に手を出すとか……あんた正気!?

マジで気持ち悪いわ……救いようがない……このロリコン親父!!』


 しかも俺が菊と結婚すると言った途端、俺をロリコンと非難する始末……。

いやいや……20歳も歳が離れた未成年……というか小学1年生に手を出した女が……一体どの口でそんなこと言ってるんだかと思わず呆れちまった。

純潔を奪った代償を支払えとか……葉を生んだ恩を返せとか……何1つ意味がわからない言葉ばかりを連ねてくる真理枝に怒りよりも恐怖が勝り、俺は最終的に通話を一方的に切ってやった。

それからも何度か真理枝らしき番号から電話が掛かってきたが……全部無視してやった。

刑務所に10年も入っていたくせに……反省も改心もしてないな……こりゃ。

どうしてあんな風になっちまったんだ?


-------------------------------------


「……」


「それから真理枝とは一切関わりはありません……実家に帰ったとだけ風の噂で聞きましたが……それからどうしたのかはよくわかりません」


「……そうか」


「高校時代は思いやりのある彼女……結婚してからは、どうしようもない俺を支えながら子供を大切にする良い妻であり……母でもあったんですけど……。

なんであんな風になっちまったんだか……」


「……さあな」


「なんかすいません……わざわざ式に来てくれたのに……こんな愚痴聞かせちまって……」


「別にいい……酔い覚ましにはちょうど良い時間つぶしにはなった」


 海野さんは咥えていた煙草を灰皿の中に捨て、肺に溜まっていた煙を一気に吐き出した。

夜風に漂う煙となんとも言えない表情を浮かべて夜空を仰ぐ海野さん……これが哀愁ってやつなのかな?


「そうっすか……」


「人間……愚痴を言いたくなることなんていくらでもある」


「かっこいいこと言いますね……」


「こんなセリフをかっこいいなんて思えるお前の脳みそが羨ましいよ」


「そりゃどうも……」


 ひとしきり吸った電子タバコをしまい……俺はなんとなく海野さんに聞いてみた。


「海野さん……今、幸せッスか?」


「なんだよ藪から棒に……」


「俺……今日、菊と結婚できてすごく嬉しいんです……。

あいつとなら……葉と一緒に幸せになれる……。

心からそう思っています……思っているんですけど……。

心のどこかで……疑ってしまうんです。

また”裏切られて”しまうんじゃないかって……」


「……」


「どうしようもない女に堕ちてしまったけど……真理枝だってツムジ君のことがある前は……信頼できる嫁だったんです……。

心から愛することができた女だったんです……。

だからこそ……家族を裏切った上、幼い子供の心を汚したあいつを許せなかったし……それ以上に悲しかった。

もちろん、菊と真理枝は違うとわかっていますし……菊のことはマジで信頼しています……。

でも……ぬぐい切れない何かが心に残るんです……うまく言えないけど……。

その何かが……これからの幸せに疑念を抱かせて来るんです」


「まあ無理もないがな……」


「でも……俺は……菊と葉と3人で今度こそ幸せになりたいって思っています。

だからこそ……疑いなんて持ちたくない!!

でも……どうしたら良いかわからないんです。

だから……教えてくれませんか?

海野さんが今……幸せなのか」


「……」


 同じ裏切られた痛みを知り……子供を1人で育ててきた同じ父であり……再婚と言う道と共に選んだ海野さん……。

なんというか……この人とはどこか強い親近感のようなものを感じる。

だからこそ……気になるんだ。

俺と同じような過去を持つ海野さんが……再婚して幸せなのか……妻を信じられているのか……。


「そうだな……幸せかと問われれば……何とも言えないな。

俺も1度はお前のように疑心暗鬼になっていた時期はあったが……子供のおかげで人生の意味合いを見つけることができたし……周りの人や環境にも恵まれているとは思う。

嫁は……まあ感謝している点はある。

あいつがそばにいてくれたおかげで……どうにか過去を振り切ることができた訳だしな……」


「そうなんですか……」


「まあ……今はただ口うるさいだけの姑みたいな女だがな……。

今日の結婚式だって……酒を飲みすぎるなとか脂っこいものは控えろとか……いちいちラインで突っついてくる始末だ……」


「それ……健康に気を遣ってくれているんでしょう? 良い奥さんじゃないですか」


「どうだかな……よくわからん」


「なんすかそれ? そんなんでよく結婚しましたね」


「そうだな……。

俺は結婚する気なんてなかったし……子供が健康で幸せに生きていればそれだけで良かったからな……。

女房のことも感謝こそすれ、あくまで”友達”としか思っていなかったからな……。

歳も離れているし……俺と違ってキラキラしていたからな……いずれどこかで家庭を持って幸せに暮らすだろうと思っていたが……どういう訳か、ずっと俺の隣に居座りやがるし……子供も結婚前からあいつのことをママと呼んで懐いてしまってな……。

終いには”しおくん1人じゃ心配だから結婚してあげるよ”とかなんとか言って……全くどこまでも生意気な小娘だ」


 生意気とか何とか言って……結局、結婚してんじゃん。

というか……。


「海野さん……奥さんにしおくんなんて呼ばれてるんですね。 お熱いじゃないっすか!」


「……うるさい」


 ピコン!


 海野さんのポケットから通知音が鳴った。

スマホを取り出して海野さんが画面を操作すると……苦々しい顔を浮かべ……。


「またか……」


「どうしました? 奥さんからですか?」


「煙草は1日1本までにしておけだと……つくづく余計なお世話だ」


 なんて悪態をつきつつ、奥さんからのラインを返信する海野さん……。

奥さんに対して棘のある言い方をしてるけど……スマホの待ち受け画面には幸せ全開な笑顔を浮かべるウェディングドレス姿の奥さんとぎこちない笑顔を浮かべるタキシード姿の海野さんが腕を組んでいる姿が映っていた。

2人の足元には……娘さんらしき子がピースサインを向けて笑っている。

温もりを感じる家族写真ではあるが……海野さんと奥さんは文字通り親子ほど年齢が離れている。

だからパッと見、夫婦というより親子と言った方がしっくりくる。

なんでも海野さんの奥さん……昔、アイドルをしていたらしく……顔も容姿もひときわ目立っている。

こんな女性を奥さんにもらえたら……きっと大抵の男は両手を挙げて喜ぶだろうな。

仕事の都合で海野さんの結婚式に出られなかったことが悔やまれるくらいだ……。


「ったく……」


 ウザそうな顔でスマホを操作しているが……口元は少し緩んでいるように見える。

何がなんとも言えないだ……十分幸せそうじゃないか。

全く…上司の頃から素直じゃない性格だとは思っていたけど……再婚した今でもそれは健在みたいだな。

それにしても……。

海野さんと真理枝……環境云々は違うが、どちらも相手が親子ほど歳が離れているのに……歩んでいる人生は全く異なる。

何が違うんだろう?

人間性?……常識?……思いやり?……よくわからないけど、海野さんが持っているその何かを真理枝も持っていれば……俺とあいつの人生は……もうちょっと違っていたのかもしれない。

まあ……今となっては考えるだけ無駄だけどな。

そもそも海野さんと真理枝を同列に考えるなんて……海野さんに失礼だしな。


「なんだ……もうこんな時間か」


 海野さんが漏らした言葉につられて俺もスマホで時間を確認してみると……俺が二次会から抜け出して、すでに1時間近く経っていた。


「やべぇ……ちょっと長居しすぎた。 そろそろ戻らないと」


 スマホをよく見ると……いつの間にか俺の身を案じる妻からのラインが送られていた。


「そうだな……体も良い具合に冷えてきた訳だし……」


「そうっすね」


 話している内に十分酔いが冷めた俺達は再び二次会へ戻ることにした。


-------------------------------------


「草野……」


「なんですか?」


 その道中……俺の隣を同じ歩幅で歩いている海野さんがふいに声を掛けてきた。


「さっきお前言っていたな? 今の女房に疑念を抱いてしまうって……」


「はい……」


「それ女房は知ってるのか?」


「いや……言ってないっす」


「いっそ話してやれ……うじうじ悩むよりも吐き出してしまった方が解決しなくても、幾分楽になると思うぞ?」


「そう……ですかね……。 

妻に嫌な思いをさせてしまいそうで……怖いんです」


「気持ちはわからんでもないが……。

1人で抱えて黙っている方が……ずっと嫌だと思うぞ?

夫婦にとって……信頼されていないと思われることほど寂しいものはない。

だから俺と女房も……言いたいことは隠さず全部、言い合っている。

ほとんど文句ばっかだけどな……」


「……」


「なんて偉そうに言ってしまったが……全部、女房の受け売りなんだがな」


 そうだな……。

お互いに信頼し合って、なんでも話せるのが夫婦であり……家族だよな。

相手を気遣うことも大切だけど……気を遣いすぎて気持ちを押し殺すのも良くない。

それに……いつまでも真理枝のことでウジウジするのも馬鹿らしいしな。


「……そうですね。

1人で悩んでいても仕方ないっすね。

よしっ!

俺言います!

妻には嫌な思いをさせるかもしれませんが……全部言います!!」


「そうか……でも骨は拾ってやる気はないぞ?」


「不吉なこと言わないでくださいよ、しおくん」


「なっ! お前なぁ!!」


「ぐげっ! ギブギブ!!」


 海野さんは俺の一言がよほど気に入らなかったのか……軽いヘッドロックでシバかれた。

全く……自分だってからかったくせに……笑って聞き流してくれても良いものを……大人気ない人だ。

というか……いい歳した大人が2人で何をしてるんだか……。

でもまあ……海野さんと話せたおかげでちょっと踏ん切りがついた。

真理枝から受けた心の傷は消えないだろうが……それでも今の妻と葉を大切にしてこれからを生きて行こう!

海野さんみたいにお互いなんでも言い合える理想の家族を目指して……。

少しずつ……歩いていこう……。

もう書くこともなくなったので、これにて完結にしたいと思います。

元々、潮太郎のその後を少しだけ書きたいなと思い立って書き始めた話なので……。

結局、最後まであまり目立つことがなかった大地には少し申し訳なく思います。

やっぱり真理枝のキャラが目立ちすぎた!

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