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芝浦 真理枝⑤

真理枝視点です。

これで真理枝視点は終わりです。


 「砂矢……」


 他人の空似なんかじゃない!!

だって……かつてのツムジ君と瓜二つだもの!

それに少し離れた場所に……談笑している母の姿も見えた……。

何よりも……この胸を熱くするときめきが砂矢を示す決定的な証!

間違いない……あの子は私の愛しい王子様よ……。


「会えた……会えたんだわ……」


 運命としか言いようがないこの奇跡に……私は人目もはばからず大粒の涙を流した……。

周囲からは引かれていたけど……どうでもいい。

私には……あの子さえいればそれで良いの……。


「……!!」


 この奇跡を噛みしめている最中……涙で潤っている視界に黒い影がうっすらと伸びてきた。

涙を拭いて視界をはっきりさせると……砂矢の隣を同い年くらいの女の子が陣取っていた。


「だっ誰なの?」


 2人共お互いに笑顔でおしゃべりしながら砂場で山を作っている。

ただ仲の良い友達?

でもその割には……2人の距離が異様なくらい近い!

べたべたと砂矢の手や顔に触っているし……なんて慣れ慣れしい!!

砂矢も女の子の頭を泥まみれの手で触ってじゃれついているし……一体どういうこと!?

あの女はなんなの?

私と砂矢の奇跡を……汚しやがって……。


「!!!」


 高揚感に包まれた心がドス黒い嫉妬へと徐々に包まれていく最中……私の目に映るメスガキは、あろうことか……砂矢の頬に私の王子の頬に……キスをした……。

子供じみたソフトなものではあったけど……その光景を見た瞬間、私の中の何かが音を立てて崩れていった。

そのキスにどういう意味合いがあったのかはわからない……。

純粋な好意によるものか……単純なあいさつやお礼なのか……。

わからないけれど……はっきり言ってそんなことはどうでもいい。

あのガキは……私の砂矢を汚し、私達の運命に屈辱の泥を塗りたくった。

許せない……許すわけにはいかない。

そして……私の砂矢をこんなおぞましい所に置いておくわけにはいかない。

彼のいるべき場所は……私の隣だもの。


「……」


 頭の中でいろんな感情がぐるぐると入り混じっていく中……気が付くと私はその辺に落ちていた大きめの石を両手で持っていた。

そして……。


「あぁぁぁぁ!!」


 ドスッ!!


 私は自分でも驚くほどの荒い雄たけびを上げながら砂矢とメスガキの元へと走り出し……そして、力の全てを込めて石をメスガキの頭に叩きつけたやった。


 ドサッ!


 メスガキは悲鳴も上げずにその場で倒れ……頭から流れるメスガキの血が砂場を赤く染め上げていった。

私の砂矢に手を出した報いよ!


 ガッ!!


 私は石を捨てると、砂矢を抱きかかえ……全速力でその場から駆け出した。


『きゃぁぁぁ!!』


『なっなんだ!? どうしたんだ!?』


『女の子が殴られたぞ!!』


『男の子がさらわれたわ!! 誰か追いかけて!!』


 周囲のバカ親共が何か騒いでいたけど無視……。

私はこのまま砂矢を連れて遠くの町で幸せに暮らすのよ!!


「離してっ! 離してよ!!」


 砂矢は意味不明な言葉を叫んで私の腕を解こうとしてるけれど……私に抱えられていることに照れを感じているのね。

フフフ……ホント、愛らしい子……。

こんな可愛い王子様が私の物だなんて……私は幸せ者ね。

そうか……きっとこれまでの不幸は、この幸せを得るための試練だったのね。

厳しい試練を乗り越えた者だけが幸せを手に入れることができる……それがこの世の理。

そして私は不幸を乗り越え、この手に幸せを掴んだ……。

これからは……私と砂矢の2人で……。


「待てっ!!」


 ガバッ!!


「!!!」


 幸せに向かって走る最中……突然後ろから誰かに突き飛ばされ、私はアスファルトの冷たく固い地面に勢いよく倒れた。

その際、うっかり砂矢を抱えていた腕を解いてしまった……。

すぐさま起き上がろうとしたんだけど……突き飛ばしてきた男に取り押さえて身動きが全く取れなかった。

よく見ればこいつ……さっきの公園で見かけたバカ親共の1人だ。

足に自信があった訳じゃないけど……あの騒動の中、真っすぐ私を追いかけて来るなんて……。

普通は慌てふためいて何もできないものでしょ?

行動に移せたとしても、せいぜいスマホのレンズを向けるのが関の山のはず……。

なのにどうして……。


「離せ! 離しなさいよ!!」


 必死に抵抗するも……男がやたらと力強くてどうにもできない。


「暴れるな! これ以上やると、公務執行妨害も追加するぞ!」


 私を抑えたまま、男は私の目前に警察手帳を突き付けてきた。

その時やっとわかった……この男が警察だってことが……

私服を着ているから非番なんだろうけど……警察ならあの状況下でも冷静な判断ができて当然だ。

いやそれより……なんでよりにもよって警察がここにいる訳?

意味が分からない……。

不幸すぎる……。

ツムジ君の時といい砂矢の時といい……どうして警察は私が幸せになろうとするたびに邪魔してくる訳?

警察は市民を守るのが義務なんでしょう?

市民の幸せを奪うとか……マジでふざけすぎてる!!


「砂矢 助けてぇ!!」


 私は一部の望みを託して、目の前にいる砂矢に助けを求めた。

砂矢の顔はせっかくの顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまっている。

体中ガタガタと震え……はっきりと恐怖を感じている。

可哀想に……これも全部、この警官のせいね!


「お願い砂矢! 私を助けて!」


 警察相手に6歳の砂矢が敵うはずがない……もちろん私自身も……。

だけど……2人で力を合わせたら、どうにかなるかもしれない。

私は砂矢を女として心から愛している……。

砂矢だってきっと同じよ……。

私のことを……母として……将来の妻として……愛してくれているはず!

だからお願い……。

私をこの屈強な悪魔から……救って!!

勇気を出して私を守って!


「……」


 だけど……どういう訳か……。

砂矢は震えるだけで私を助けようとしない。

いや……警察相手なんだから無理もないとも考えたけど……おかしい。

恐怖に震える砂矢の目に映っているのは男の方ではなく……なぜか私の方だ。

首をゆっくりと振って無意識に私を否定するようなそぶりまで見せて来る。

……どうして?

どうして私にそんな目を向けてくるの?

私はあなたの未来の妻よ?


「来ないで……」


 うっすらとか細い砂矢の声が聞こえたような気がした。

……っていうか、今なんて言った?

聞き違いよね?


「砂矢……砂矢……お願い……たす……」


 砂矢に手を伸ばしたその瞬間……。


「来ないでよっ!!」


 ガッ!


 信じられないことが起きた……。

砂矢が……私の砂矢が……そばにあった小さな石ころを手に取って……私の顔に投げつけてきた。

正直、顔には大した痛みはない。

ただ胸に……心に……鋭利な刃物で貫かれたような激痛が走った……。

今、砂矢は私を……明確に拒絶した……?

嘘……嘘でしょ?

未来の妻を……運命の女を……どうして?

私達は2人で遠い町で暮らすんでしょう?

そこで子供を作って……家族水入らずで暮らすんでしょう?

ねぇ……そうでしょ?

砂矢……。


「!!!」


 石を投げた砂矢はすぐさま立ち上がり……私に背を向けてそのまま走って行ってしまった……。


「すっ砂矢……待って! 行かないでぇぇぇ!!」


 私がどれだけ叫んでも……砂矢は戻ってきてはくれなかった。

徐々に見えなくなっていく彼の小さな背中……それと連動するかのように……私は抵抗する気力も失せ……次第に視界が暗くなっていった。


-------------------------------------


 意識を取り戻すと……私は警察にいた。

屈強な体をした警察官に囲まれ……私はまた取り調べ受けることになった。

正直……何を聞いて何をしゃべったのか……よく覚えていない。


『来ないでよっ!!』


 あの時の砂矢の目……そして言葉……。

それらがフラッシュバックするたびに……拒絶された痛みが心を締め付け続ける。

いやむしろ……時間と共に痛みが増しているようにすら思える。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 取り調べを終え、留置所に入れられた頃には……呼吸までも浅くなり、深呼吸しないとむせるほどにまでなっていった。


-------------------------------------


 そして私にとって……3度目の裁判が始まった……。

罪状は誘拐未遂と……殺人。

どうやら私が石で殴ったあのメスガキは……搬送された病院で死亡したらしい……。

それははっきり言って自業自得だし……クソざまぁとしか思わない……。


「この人殺し! 俺達の娘を返せ!!」


「あの子が一体何をしたっていうの!?」


 なんかメスガキの親共がギャーギャー喚いていたけど……うるさいとしか思わなかった。

だって……人の王子様を寝取ろうとするようなメスガキが悪いんだし……そんな子に育てた親が悪いんだ……。

だからそれはどうでもいい……。

ただ……誘拐未遂というのはおかしい!

しかもあろうことか……誘拐未遂の訴えを起こしているのは母だ。

本当に意味がわからない……。

私は砂矢を連れて遠くへ行こうとしただけ……いわば駆け落ち。

それを誘拐呼ばわりするなんて……失礼すぎる!

実の娘を訴えるとか……それが母親のすること!?

名誉棄損でこっちが訴えてやりたいくらいだわ!!


「誘拐なんてしてない! 私は砂矢と駆け落ちしようとしただけ! どうして誰もわかってくれないの!?」


 何度駆け落ちだと訴えても……理解を示してくれる人は誰もいない……。

それどころか傍聴人達は……。


 ”あいつ、頭おかしいんじゃないか?”


 ……と言わんばかりに顔を引きずっていた。

それでもなお訴え続けていると……。

私の味方であるはずの弁護士までもが……私と目を合わせようとしなくなった。

わかりきっていたけど……どいつもこいつも、愛ってものを知らなすぎる!!

仕舞いには…。


「あんたなんか生むんじゃなかったわ……」


 証言台に立った母が私に向かって吐き捨てた言葉……。

信じられない……。

娘に向かって生むんじゃなかったって……それが親の言葉!?

マジで最低すぎるんだけど……。



-------------------------------------


 開廷から数日後……私に3度目の判決が下された。


「芝浦 真理枝を……死刑に処す」


「……は?」


 裁判官の言葉が一瞬理解できなかった……。

今なんて言った?

しっ死刑……って言った?

私が……死刑?

じょっ冗談でしょ!?


「ふざけないでよ!! ガキ1人死んだくらいで死刑なんておかしいでしょ!?」


 裁判から告げられた死刑となった要因は主に3つ……。


 ”身勝手な理由で罪のない幼い子供を殺したこと”


 ”子供を殺した私が反省もせず、遺族に謝罪もしないこと”


 ”3度も罪を犯し……何年も刑務所で過ごしてもなお悔い改めた様子が見られないこと”


 その3つの理由が裁判官の心証を悪くし……刑に服しても改心の見込みがないと判断されたことで、死刑という判決が下された……らしい。


「意味わかんない! そんなの納得できる訳ないでしょ!?

私には……砂矢との明るい未来が待っているの!!

あんた達に私の幸せを奪う権利がある訳!?

私の人生を台無しにする権利があるの!?」


「その言葉……ご自分の胸に聞いてください」


 哀れな者を見るような目で私に返してきた裁判官の言葉……何を言っているのか、私には全く理解できなかった。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 法廷内に轟き渡る私の悲痛な叫び声……判決が下された私は法廷から引きずられ、冷たくて暗い牢屋の中へ押し込められた。

私にはもう……未来なんてものはない。

私にできることは……1人孤独に死を待つことだけ……。


-------------------------------------


「なんで……どうして……」


 これが……私の人生の結末なの?

このまま1人で死んでいくの?

こんな……こんなのが……。

嫌だ……認めたくない!!

認めてたまるか!!


「出せ!! ここから出せぇぇぇ!!」


 私は声を振り絞って、思いのたけを吐き出した。

叫ぶたびに刑務官が来て私を黙らせに来るけど関係ない!


「砂矢に会わせて!! 会わせてよぉぉぉぉ!!」


 誰に向けた言葉でもない……伝わるとも思っていない……。

でも……あがきたかった……。

だって私には……後ろめたいことなんて何もないもの。

私はただ……おとぎ話に出てくるお姫様のように……白馬に乗った王子様と結婚して幸せになろうとした……それだけだ。

咎める言われも……まして命を奪われる筋合いはこれっぽちもない!!

それなのにどうして……こうなっちゃったの?

だいたい……おかしいじゃない!!

アリンコみたいにただ毎日働いていただけの大地が新しい幸せを手にして……純粋に幸せのために頑張り続けていた私が死刑に処されるなんて……絶対におかしい!!


-------------------------------------


「このまま死んでたまるか……」


 私は諦めない。

砂矢との未来を……絶対に……。

その想いを胸に……何度も再審を申し出たけど……認められることはなかった。

小説やドラマだと……こういう時、私の気持ちに理解を示した誰かが土壇場で現れ……奇跡的に判決を覆してハッピーエンドって場面をよく見るけど……現実は非情だった。

どれだけ声を上げても私に味方してくれる人は現れず……何度も手紙で砂矢に会わせてくれと母に懇願しても、返事が来ることはなかった。


-------------------------------------


 そして……その日は突然訪れた。


「嫌……やだぁぁぁ!!」


 固い鉄の扉が開かれたと思ったら……数名の男達が入ってきた。

直感的に”処される”と感じた私はダダをこねる子供のように必死に抵抗するが……それは無駄に終わった。


-------------------------------------


 目隠しされ、後ろ手に拘束され……死刑台へと自分の足で歩かされる……。

もうこの時点で生きた心地がなかった……。

何を叫ぼうと抵抗しようと……私はただただ死に向かって歩くこと以外許されなかった。


-------------------------------------


 暗闇の中、どれだけ歩かされたのか……よくわからない。

目隠ししたまま足を止めるように指示されたかと思ったら……首に縄のようなものが巻かれたのを触覚で感じた。

死が私の肩に触れたんだ……。


「ねぇお願い……最期に砂矢に会わせて……お願いよぉぉぉ……」


 涙ながらに何度もそう懇願するも……最期の願いが叶うことはなかった。

そして……。


 ガコッ!!


 不意に足元の感触がなくなり……体が宙に浮いたような感覚に包まれた。


 ”あぁ……そうか……もうこれで終わりなんだ……”


 死が迎えに来たと感じたその瞬間……私の脳裏にこれまでの記憶が倍速動画のように流れていった。

これが走馬灯と言うやつか……なんて思っていると……。


『芝浦……俺と付き合ってくれないか?』


『真理枝……俺と結婚してくれ! 俺なりにお前のこと支えるから!』


『ママ! 今日みんなで鬼ごっこしたんだけど、1度も鬼にならなかったよ!』


 不思議だった……。

てっきりツムジ君や砂矢の走馬灯が流れて来ると思っていたのに……流れてくるのはどれもこれも大地と葉のことばかり……。

そして……。


『2人共! ご飯できわたよ!』


『はーい!』


『腹減ったな……』


 大地の妻として……葉の母として……楽しそうに家事をする自分自身……。

どうして最期に見る記憶が……この2人なの?

私は大地のことなんてもう愛していないし……葉のことだってもうどうでもいいはず……。

それなのに……どうしてこんな走馬灯が流れて来るの?

私は2人のことは捨てて……王子様と新たな幸せを掴もうと……。


『ママ! これママの絵! 幼稚園で描いたんだ!』


『あら、上手に描けてるじゃない』


 当時は当たり前だと思っていた家族の笑顔……温かさ。

ツムジ君と出会ってから……ただの重荷としか見なかった家族の存在……。

そうか……そうだったんだ。


『真理枝。 前に見たいって言ってた映画の試写会チケット手に入ったからさ、今度見に行こうぜ』


『ホント!? 嬉しい……大地ありがとう!』


 やっとわかった……。

ようやく目が覚めた……。


『真理枝……』


『ママ!』


 間違っていたのは……。

私が求めていた本当の幸せは……。


 ガッ!!


 私の心に懐かしい想いが蘇った……そして気付いた。

私が求めていたのはおとぎ話のような大きな幸せではなく……家族と暮らす慎ましい生活だったんだと……。

だけど……私は幸せを捨てて、一時の快楽じみた幸せに狂った。

思えば大地との出会いから……私の幸せはすでに始まっていたんだ……。

なのに私はそれを……全てぶち壊した。

もう後悔する時間も……懺悔するチャンスもない……。

私はこのままこの世を去るだけ……地の底へと堕ちていくだけ……。


 大地……葉……みぃちゃん……ツムジ君……砂矢……お父さん……お母さん……。

もう私には……何も言う資格はない。

言ったところで何も意味を成さないけどね……。

だけど……言わせて。




 ”ごめんなさい”



次の大地視点で完結にしたいと思います。

本当は最期まで狂ったまま真理枝視点を終わらせるつもりだったんですが……主人公なのに、大地があまりにも影が薄いと感たので……ちょっと改心を交えてあんな最期にしました。

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