芝浦 真理枝③
真理枝視点です。
刑期を終え、実家へと連れ戻された私……。
両親が立て替えてくれた大地への慰謝料を支払うため、実家の洋菓子店を手伝いながら地道にお金を稼ぐ毎日……。
ただでさえ、雀の涙なのに……そこからさらに慰謝料だの生活費だの引かれるため……手元に残るお金は子供のお小遣いにすらならない……。
こんなんじゃ、探偵を雇ってツムジ君を探すことができないじゃない!
彼は今もなお、私のことを想って待ってくれているのに……早く迎えに行かないといけないのに……。
とはいえ……最低限の生活は送ることができているので……あまりとやかくは言えない。
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「ダメ……ここは……違う!!」
私にできることと言えば……SNSやインスタ等、ネットの中で手さぐりにツムジ君の足取りを探すことくらい……。
あのクソ女は……あの一件以来、SNSを更新していないみたいで……全く手がかりがない。
時間を見つけては根気よくネットの中を探るようにしているけど……途方もない作業に心が何度折れそうになったか……。
でも諦める訳にはいかない……。
ツムジ君との未来のため……私達の幸せのため……。
自分を奮い立たせ、私はネットの広大な海で手がかりと言う名のエモノを狙っていた……。
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出所してから3年の月日が流れたある日……。
この日も私はSNSでツムジ君のことを探し続けていた……そんな中、1枚の写真に目が留まった。
「な……に?……これ?」
その写真には……汚らしい学生服を着た男子高校生がカメラの向こうの人間を煽るように中指を立てて写っていた。
首筋には入れ墨のようなものがチラリと見える辺り……この子の人間性がどれほど歪んでるかが簡単に伺えるわ。
おまけに顔はブサイクでサル顔……もう生まれてきたこと自体が罪と言えるレベルだ……。
だけど……私が目を奪われていたのは顔でも入れ墨でもない……その子のアカウント名……。
それは……”ツムジ”。
ツムジなんてまあまあ珍しい名前だし……ツムジ君も成長したらちょうどこのくらいの年になる……。
顔にあるホクロの位置も……見覚えがある。
でもあり得ない……あれほど愛らしい顔をしていたツムジ君が……こんな不細工なサルになるなんて……どう考えてもありえない!!
「あり得ないあり得ないあり得ない!!」
そのサルが中学時代にアップしたらしい動画も見てみたが……どことなく雰囲気がツムジ君に近しいものを感じる……。
声は声変わりしてわからないけど……その子の苗字が石山だということもわかった。
でも同姓同名って可能性もある……。
私の愛しい王子様が……こんなサルなんかと同一人物だなんて……あり得ない!!
そもそも動画の内容も……下心丸出しの女子生徒の盗撮動画ばかり……。
元の動画は消されたらしいが……ネットで拡散されたらしく……モザイクすら入っていない。
中学生と言うこともあって警察の世話になることはなかったみたいだけど……慰謝料だの賠償金だので、親は相当なダメージを受けたらしい。
しかも偽善者ぶった特定班によって住所は特定されているので、ネットによる傷は根強く残っている。
「確かめなくちゃ……」
特定班が暴露した住所からはすでに引っ越しているようなので、私はサルが着ている制服を元にどこの学校かを調べ上げた……。
ちょうどサルのいる学校が文化祭を開いているようなので……部外者である私でも学校に入ることができる。
その学校で情報を直接集めよう……。
「こんなサルがツムジ君のはずがない……」
それを証明したいがために……私はやっと取れた休日を犠牲にしてサルの学校へと向かった。
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家からサルの住んでいる町まで電車で2時間ほどの時間が掛かった。
交通費も馬鹿にならないので、駅から学校まで徒歩で行ける距離なのは正直助かった。
「ねぇ、石山ツムジって子のこと知ってる?」
私は学校でツムジ君を名乗るサルについて片っ端から情報を集めた。
直接会いに行けたら良いんだけど……文化祭というだけあって、人がバカみたいに多い。
こんな人だらけの学校で人1人探すなんて……さすがにつらい。
しかも今日はちょうど文化祭最終日ということもあって、今日しかチャンスがない……。
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情報収集を始めてから2時間が経ち、サルについての情報や噂は結構集まった……
なんでもあのサルは盗撮やセクハラの常習犯らしく……学校の女子生徒だけでなく、周囲の女性からかなり嫌われているらしい……。
同性からも気味悪がられているらしく……親しい人間すらいないとか……。
要するに……ネットの情報通りの人間だったってことね……。
でも重要なのはそこじゃない。
そのサルが私の愛しいツムジ君であるかということ……。
それだけが……どうしても知りたい。
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「……」
情報を集めれば集めるほど……サルがツムジ君である可能性が高まっていく……。
サルが昔、私と同じ町に住んでいたということ……サルが葉と同じ小学校に通っていたこと……サルの母親の名前が美以であるということ……。
全ての情報が……サルがツムジ君であることを示している。
女性に強姦された過去があるとも聞いたけど……それについてはよくわからない。
まあ少なくとも……私のことではないことは確かだ。
「まさか……そんなはず……」
否定したかった……だけどここまでツムジ君と合致する情報があれば、もはやそれもできない。
あのサルは……私の愛しいツムジ君……私の可愛い王子様……。
「なんで……どうして……」
混乱する頭を整理することに神経を注ぎ、行き先も決めずに足を進めていた私は……知らない内に人気のない校舎の中にいた。
「……?」
そのまま歩いていると……私の視界に教室の中でモゾモゾしている1人の男子生徒が入った。
その男子には見覚えがある……。
そうだ……あのサル!
いや……ツムジ君!!
「……」
私は教室の前で足を止め、物影に身を潜めたまま窓からこっそりと中の様子を伺った……。
「この角度か?……いや違うな……ここならどうだ?」
最初は何をしているのかわからなかった……。
だけど……彼の手に握られている小さなカメラのレンズが見えた瞬間……彼が盗撮用のカメラを設置していることが理解できた。
1度露見したくせに……懲りずにまたやるなんて……救いようがない。
その上……。
「……」
設置を終えたツムジ君は……おもむろに下半身を丸出しにしたかと思ったら……突然自家発電を始め……女子生徒の物と思われる可愛らしい水筒に……自身のモノから垂れた種を水筒の中に仕込んだ!!
しかも一度だけなく……何度も……。
「……うぶっ!」
あまりのおぞましさに思わず吐きそうになった……。
盗撮だけでも救いようがないのに……女子の水筒に種を仕込むなんて……狂人過ぎて終わってる!!
「ヒヒヒ……」
いやらしい笑みを浮かべながら、仕込み終えた水筒を戻すツムジ君の姿を見て……ようやく理解した。
彼はもう……私の愛しい王子様ではないと……。
今私の目の前にいるのは……ただの性犯罪者……ううん、それ以下のケダモノ。
私の心は残酷な現実に叩きつけられ……ずっと夢見ていた幸せな未来が……崩壊した。
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それからどうなったのかはよく覚えていない。
気が付くと私は自室のベッドの上で、天井をぼんやりと眺めていた。
枕やシーツには私が流したと思われる涙でぐっしょりと濡れていた。
帰って来てからずっと泣き続け……泣き疲れてようやく我に返ることができたみたいね……。
「ツムジ君……」
天井に向かって愛しく思っていた王子様の名を口にする……。
彼との思い出が脳裏に蘇ってはシャボン玉のように消える。
そうだ……もう私の王子さまは過去にしかいない。
もう……いないんだ。
「これから……どうすれば良いの?」
その問いに……答えてくれる人は誰もいなかった
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ツムジ君という大きな存在を失った私の心には……大きな穴がぽっかりと空いてしまった。
彼を落ちぶれさせた、かつての親友みぃちゃん……もとい、クソ女に復讐でもしてやろうと思ったが……あの女は心を病んで今、精神病棟に入院していると聞いた。
なんでも文化祭の日からしばらく経った後、ツムジ君が強姦事件を起こし……転校と言う名の退学処分を受けたらしい……。
そのショックでクソ女は心を壊し、旦那の方も会社で肩身の狭い思いをしていると風の噂で聞いた。
私が手を下すまでもなく……あの女に神が天罰を下したってことね……。
アハハハ!!
ざまぁみろ!!
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とはいえ……それで心の穴が埋まる訳じゃない。
私は心の穴を埋めてくれる新たな王子様を求めるようになった。
マッチングアプリ……結婚相談所……ありとあらゆる場所で……。
だけど……愛らしいツムジ君に代わる王子様なんて……早々見つかるものじゃない。
そもそも……マッチングする男も紹介される男もみんな20歳超えたおっさんばかり!!
私が求めている王子様の最低条件は10歳未満!
顔や容姿を見定める以前に……この条件に当てはまる子は1人もいないってどういうこと!?
結婚相談所のスタッフなんか……この最低条件を外さない限り対応できませんとか言って帰されたし……マジでふざけんなと思った……。
マッチング率100パーセントとか……結婚率日本一とか……大きく客寄せしているくせに……巡り会いの1つも起きないなんて……無能かよ!!
全くこんなんだから……少子化が加速するのよ!!
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マッチングアプリにも結婚相談所にも頼れない私は……SNSや実家近くの学校から……私の王子様になり得る子を探すことにした。
可愛い子は何人かピックアップすることができたけど……ツムジ君と同等の愛らしさを持つ子はいない。
やっぱりツムジ君しか……私の王子様になり得る子はいない……。
でも……彼はもうこの世に存在しない……一体どうすれば……。
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「ダル……」
王子様選定を始めてから数ヶ月……。
私は何気なく自分の通帳を眺めていた……。
そこには私が汗水流して稼いだお金の大半が慰謝料や養育費となって消えていく跡がくっきりと残っていた。
どうして私がそんなお金を払わないといけないのか……まるで意味が分からない。
養育費なんて……葉とはあれから1度も会っていないのに……払う必要性を見出すことができない。
一向に王子様が現れないイラ立ちも相まって……私は葉への愛情そのものが薄らぎ始めていたのかもしれない……。
「……ん? 養育費……子供……親……」
養育費から連想されるワードが……私の脳内の何かを刺激する。
そして……。
「そうだ!!」
私の頭に……天啓が降り立った……。
「いないのなら……作れば良いんだわ!!」
そう……私の王子様がいないのなら……私自身が妊娠して育てれば良いんだわ。
そしてその種は……サルと化したツムジ君!!
彼との子供であれば……かつての愛らしさを持つ子になる可能性が高いわ!
まあ容姿にそこそこ自信がある私が近づけば……盗撮までするような子くらい、堕とすことは難しくないはず。
それに親であれば……堂々と子供に愛情を注ぐことができる。
でも……不安要素もある。
それは成長……。
子供が年齢と共に成長するのはどうしようもないこと……。
だけど……対策はある。
漫画とかで得た知識だけど……子供に強いストレスを与えると成長が止まると聞いたことがある。
子供がある程度成長して、適当に暗い押し入れにでも押し込んだら……子供はストレスを感じて成長が止まり……ずっと愛らしい姿でいられるって訳よ!
フフフ……私が親になるんだから……それくらい良いわよね?
全ては幸せになるためなんだから……。
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だけど……もう1つ問題がある。
それは金……。
言うまでもないけれど……子供を育てるにはかなりの金とサポートがいる。
サポートは両親を上手く抱き込めれば良いけど……。
最低限の生活を維持するだけでやっとな私に……子供を育てるお金なんて……ある訳がない。
親だってそんなに裕福って訳じゃないし……だからといって……借金なんてごめんだわ。
「仕方ないわね……」
子供を育てるお金を欲した私はスマホを操作し……電話を掛けた。
その相手は……かつての夫である大地。
私の番号は着信拒否されているだろうけど……私が今使っているのは父のスマホ。
きっと番号登録すらしていないだろうから……繋がるはずよ。
「大地?」
『えっ?』
「久しぶり……元気だった?」
『まさか……真理枝?』
思った通り……。
『なっなんで……お前が……いやそれより、なんの用だよ?』
なんか混乱しているようだけど……用件は速やかに簡潔に述べるに限るわ。
「単刀直入に言うわ。 お金を援助してほしいの」
『……は? お前、何を言ってるんだ?』
「お金よお金! お金頂戴!」
『バカ言うな! なんで俺がお前に金あげなくちゃいけないんだよ!?』
「なんでって……そんなの決まってるじゃない。
”恩返し”よ!」
『……意味が分からん』
「あのねぇ……私はあんたに女として貴重な価値と時間を捧げたでしょう?」
そう……私は高校時代に大地と付き合い、彼に女としての純潔を捧げてしまった。
本来それは……ツムジ君に捧げるべきものだったのに……大地が奪ったんだ!
ツムジ君に純潔を捧げることができなかった悔しさ……歯がゆさは……今もなお記憶に刻み込まれているわ。
「しかも結婚して子供まで生んだのよ?
ここまで私が尽くしてきたんだから……それなりの代償を支払っても良いんじゃない?」
『そう言うなら……俺だって男としての貴重な価値と時間をお前に捧げたことになるぞ?
結婚した頃だって……お前と葉を養おうと一生懸命働いた訳だし……』
「はぁ? 何、図々しいこと言ってんの? 頭大丈夫?」
男の汚い童貞と女の純潔を同一に考えるとか……こいつ何様?
それに旦那が妻と子供を養うなんて当たり前のことじゃない……恩着せがましい!
『お前こそ……1回病院で頭の中を診てもらった方が良いんじゃないか?』
「失礼なこと言わないで! とにかく……お金を払ってよ!
ウチの親から慰謝料もらったんだから……生活には余裕あるでしょう?」
『余裕があったとしても……お前に金をやる義理はない』
「なによそれ!? そもそもあんたがあの時、通報なんてふざけたマネをしなければ……私は刑務所に入ることもなかったし……ツムジ君との関係も続けることができていたかもしれないのよ!?
今だって慰謝料だの養育費だのを支払い続けているせいで……ギリギリの生活しか送れていないのよ?
ここまで私を追い詰めておいて……良心が痛まないの?」
『全部自業自得だろ? それにお前こそ……俺や葉を裏切っておいて、良心が痛まないのか?』
「裏切ったのはあんたじゃない!! 結婚式の時、私を幸せにしてくれるって誓ったくせに!!
私にこんなひどい仕打ちを……」
『はぁぁ……もういい。 わかってはいたが……お前には何を言っても無駄みたいだ。
とにかく、もう金輪際……俺に関わるな。
電話も2度と掛けてくるな……今はお前に構っていられるほど暇じゃないんだ』
「暇じゃないって……平社員のくせに何を言って……」
『そう言う意味じゃない……。
わざわざお前に言う必要はないことだけど……俺、近々結婚するんだ』
「はぁ?……結婚?……あんたみたいな男と誰と……」
『緑川 菊ちゃん……お前も知ってるだろ?』
緑川菊……それって確か……よく大地と一緒に通ってたコーヒーショップの店長の娘……。
可愛くて気立てもできて……良い子ではある……でも……。
「はぁ!? 何考えてるの!? あの子……大地より8つも年下じゃない!!」
『それがどうした?』
「どうしたじゃないわよ!! そんなに歳が離れた子に手を出すとか……あんた正気!?
マジで気持ち悪いわ……救いようがない……このロリコン親父!!」
現在大地は36歳……菊ちゃんは28歳……。
良い歳したおっさんが8歳も歳が下の女の子と結婚するなんて……どう考えても異常じゃない!
『成人同士が結婚しちゃいけないのか?
そうでなくても……お前にロリコン呼ばわりされる筋合いはない』
「うるさいっ! 私とツムジ君の仲を散々罵っておいて……自分は何?
8つも歳が離れた女の子に手を出して結婚までするとか……あんた常識ってものがないの!?」
『常識を説かれる筋合いもねぇよ……じゃあな』
ツーツーツー……。
「あっ! まだ話は……」
それから何度掛け直しても……着信拒否に設定されたのか……繋がることはなかった。
ラインでメッセージを送っても反応なし……。
大地は完全に私のことを拒絶したんだ……。
「あのロリコン野郎……」
大地を恨む気持ちは強いけど……今はそれどころじゃない。
子供を生む環境を整えるための資金……重要なのはそれ……。
「一体どうすれば……」
大地が使えないとなれば……一体どうすれば……。
そう頭を抱え込んでいると……。
「真理枝!!」
突然、部屋に血相を変えた母が飛び込んできた。
「なっなんなの? 急に……」
「今警察から電話があって……お父さんが……お父さんが車に撥ねられたって……」
「えっ!?」
それは……悲報であると同時に……新たな未来へと繋がる1つの道でもあった……。
次話も真理枝視点です。
もう頭の中では完全に大地は蚊帳の外ですね
このまま真理枝の末路を書いた後、冒頭の大地にまで戻って完結と言う流れでいきたいと思います。




