草野 大地②
大地視点です。
警察署に赴いた俺は出迎えてくれた警官に、テーブルとイスだけが置いてある殺風景な部屋へと案内された。
そこには逮捕された俺の嫁……真理枝が不服だと言わんばかりに顔をゆがめて座っていた。
その両隣には、ひどくやつれ切った顔をした義両親が居座っている。
俺も椅子に座り……そこからツムジ君の両親である石山夫婦が部屋に入ってきた。
無言で椅子に座ると同時に真理枝を見つめる。
そこには怒り……悲しみ……軽蔑……いろんな感情が混じっていた。
もちろん俺も同じだ……。
ちなみにツムジ君と葉は俺の両親が実家で面倒見てくれている。
被害者である当事者?でもあるツムジ君ではあるが……幼い子供をいろんな意味で重苦しいこんな場所に来させるわけにはいかないからな。
※※※
「娘が……申し訳ありませんでした」
「本当になんとお詫びすれば良いか……」
開口一番に義両親が娘に代わって謝罪を口にした。
示談と銘打ってはいるが……実際は義両親がツムジ君の両親や俺への謝罪のために設けた……言うならば謝罪会見と言ったところだな。
改めて今回の一件を整理すると、真理枝の罪状は不同意性交罪……端的に言えば未成年への強姦だ。
行為中の動画と録音した俺との会話で、すでに証拠は十分揃っているからまず真理枝に逃げ道はない。
そもそも本人が”私達は愛し合っている”とかなんとか開き直っているので、逃げる意志すらないみたいだがな……。
だけどそれは罪を悔い改めるというより……罪そのものを理解していないと言った方が良い。
「ほら、真理枝! あなたもちゃんと頭を下げて謝りなさい!」
「はぁ!? なんで私が……」
義母に無理やり頭を押さえつけられてはいるが……当の真理枝に謝罪の意思は皆無みたいだ。
「言っておきますが……私達夫婦は示談に応じる気はありません。
私達の大切な息子の心に傷を付けた報いは……薄暗い刑務所の中で受けてください」
ツムジ君の母親……みぃちゃんこと石山 美以さんが冷たく吐き捨てる。
いつも笑顔の絶えない美以さんの顔が……能面のように凍っている。
怒りや悲しみを通り越して……無になっている……そんな感じだ。
まあ当然だ……大切に育てていた息子を信頼していた友達に汚されたんだからな……。
心に受けた傷は……浮気?された俺以上かもしれない……。
「「はっはい……申し訳ありませんでした」」
義両親は謝罪の言葉で美以さんの言葉を受け入れた。
これはあくまでも謝罪会見……真理枝に対する罰をジャッジする場じゃないんだ。
義両親もそれは覚悟していたんだろう……。
ただ……。
「っざけんな! なんで私が刑務所に行かないといけないのよ!!」
此度の元凶である真理枝だけは……自分の罪もみんなの悲しみも全く理解できていなかった。
「いい加減にしなさい! あなた、自分の犯した罪がまだ理解できないの!?」
「男と女が体を重ねることのどこが罪なのよ! お母さんこそ、まだ理解できないの!?」
「20歳を過ぎた大人が未成年の子供と行為に及ぶことは犯罪なのだ。
こんなバカでも知っている常識をわざわざ言わせるんじゃい!
お前はどこまで恥を上塗りすれば気が済むんだ!」
「馬鹿言わないでよ! そういうのは男に適用されるものでしょう?
私は女なんだから関係ないわ。 お父さんも恥をさらすのはやめたら?」
「性別の問題ではない……年齢の問題だ!」
「年齢なんて関係ないでしょう? 世の中……20歳以上歳が離れた夫婦だって珍しくないじゃない」
「それはお互い成人しているから認められているのよ。 あなたは未成年……しかも幼い子供に手を付けたのよ?」
「そんなの差別じゃない!」
区別って言うのだよ、そういうのは……。
なんて、義両親と真理枝の言い争いを聞きながら内心ツッコミを入れていると……。
ダンッ!
「いい加減にして!!」
勢いよく机を叩きながら美以さんが荒げた声を上げ、周囲の視線を集めた。
「さっきから聞いていていれば……馬鹿なことばかり言って……。
ツムジや私達をここまで傷つけておいて……謝罪の1つも口にできないの!?
あんたみたいな救いようのないショタコン馬鹿と今まで友達だったなんて、恥ずかしすぎて死にたくなるわ!」
「はぁ!? 誰がショタコンよ! 自分の息子を私に取られたからって……ひがまないでくれる?」
「よくも私にそんな言葉を吐けるわね……友達の信頼を踏みにじる真似をしておいて……」
「あんたなんてもう友達じゃないわ。 本当に友達だったら……私とツムジ君の仲を応援してくれるはずよ。
ショタコン呼ばわりして私達の気持ちを理解しようともしないあんたの方が……私からしたら裏切り者よ!」
「どの口が言って……」
「うるさいっ! あんたや親が何を言っても……私は大地と離婚して、ツムジ君と新しい人生を歩いていくから!
そのためなら慰謝料だって払うって言ってるのに……どうしてこんな所で訳の分からない話をしないといけないの!?
これ以上私達の愛を引っ掻き回さないで!!」
『……』
被害者面して言いたい放題言う真理枝が……周囲から言葉を奪った。
みんな思っているんだろう……。
”こいつはもうダメだ”……と。
もうここまで言って理解できないのなら……真理枝に自分の罪を悔い改めることは望めない……。
示談金なんて支払わせるより……シンプルに刑務所へブチ込んじまった方が良い。
「あんた……マジで終わってるわ」
真理枝の言動に怒りを通り越して呆れ果てた美以さんはそれ以降……真理枝には一切言葉を掛けず、弁護士と裁判に向けて話を進めた。
真理枝は”裁判なんて馬鹿げてる”と喚いていたが……誰も耳を貸さなかった。
あっ、そうそう……この場を借りて、俺も真理枝に離婚を言い渡した。
もうこの時点で完全に愛想は尽きていたし、それどころか……こんなどうしようもないショタコン女を10年以上愛して結婚してしまった自分がものすごく恥ずかしい。
俺の人生最大の汚点だな……。
「離婚するのは良いわ」
美以さんと違って、真理枝は俺との離婚をあっさりと受け入れた。
もう冷めているとはいえ……なのともあっけない幕引きだ。
これまでの日々は一体なんだったんだ?
「葉の親権は俺がもらう」
「はぁ!?」
葉の親権についてはゴネてきたが……刑務所に服役する予定の女なんかに子供を育てられるわけがないので彼女の主張は足蹴にされた。
また、真理枝とこれ以上関わりたくない俺は慰謝料も養育費も請求する気はなかったんだが……義両親がけじめをつけさせてほしいと言って金を出して頭を下げてきた。
後々、刑期を終えた真理枝を働かせて返させるらしいので……俺は金を受け取ることにした。
我ながら現金な奴だな……俺。
まあ何はともあれ……俺はどうにか真理枝と離婚することができた。
もちろん、真理枝がツムジ君と体を重ねていた部屋はさっさと引き払い……俺と葉は俺の実家へと引っ越した。
「ねぇ、ママは? ママはどこ行ったの?」
ただ……葉から何度も真理枝のことを尋ねられるのは正直つらかった。
まだ幼い葉には真理枝の現状を理解することはできない……。
「ママはね? 病気で入院することになったんだ。
治るにはすごく時間が掛かるみたいだから……ママが帰ってくるまで待っていよう」
もう少し気の利いたことを言えたら良かったんだ……想像力が乏しい俺にはこんなことしか言えない。
お見舞いに行きたいとか電話したいとダダをこねることもあったけど……外国の病院だからと言うあいまいな理由でどうにか納得してもらえた。
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後日……真理枝の裁判が開かれた。
証拠は十分に揃っていたのであっという間に不同意性交罪で有罪判決が下り、真理枝は7年もの時間を刑務所で過ごすことになった。
未成年……しかも6歳の男の子に手を出し、さらには本人に反省の色なしということが重なり……このような結果となった。
まあ自業自得だ……。
ちなみにツムジ君家族もマンションから引っ越したらしい。
夫婦からすれば忌まわしい場所な訳だから当然と言えば当然だな……。
ただ……他県に引っ越すため、ツムジ君は入学して早々……転校することになる。
あんなに仲が良かった葉とツムジ君は離れ離れになる事実を受け入れきれず、悲しい顔をしていた。
真理枝の身勝手な愛情とやらのせいで……2人にこんな悲しい思いをさせるなんて……つくづくあいつが許せない。
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真理枝と離婚して実家に移り住んだ俺と葉は表面上は以前と変わらない生活を送っていた。
俺は会社で働き……葉は小学校で勉学に励みつつ、友達と元気よく遊んでいる。
真理枝のことで同級生達にからかわれないか心配だったが……葉の人徳って奴なのかなんなのか……そう言った不謹慎なことは起きなかった。
だけど……葉はよく入院している真理枝に向けて手紙を書くようになった。
『ママ、元気?』
『病気治して早く帰ってきてね』
内容は全部、真理枝を気遣う言葉や母親を恋しがる子の寂しさにあふれていた。
真理枝に届けてくれと手紙を受け取るたびに……俺は胸が張り裂ける思いで一杯になる。
もう真理枝に関わりたくはないが……さすがにこの手紙を無下にはできない。
俺は警察を通して刑務所に服役している真理枝に手紙を届けた。
真理枝からの返信はたまに来るが……全部破棄している。
家族を裏切った女とは言え、本当はそんなことしたくないんだけど……。
『刑務所から出たら、ツムジ君と一緒に迎えに行くからね』
『あなたのパパはツムジ君に嫉妬してママにひどいことをした最低のクズなの。
あなたの本当のパパはツムジ君なの!』
などなど……返信の内容は嘘と妄想のオンパレード。
俺を悪く言うだけならまだしも……ツムジ君との関係まで赤裸々に書かれているんだから……さすがにこれを葉に読ませるわけにはいかない。
そもそも服役中で我が子にこんなことを手紙で伝えるなんて……ここまで来ると嫌悪を通り越して尊敬するわ。
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「はぁ!? 子供?」
離婚してから半年後……。
俺は家に届いた真理枝の手紙を読んで驚愕した……。
そこには……。
『葉……ママね? 子供ができたのよ?
葉はお兄ちゃんになるのよ?
生まれるの楽しみにしててね?』
後で美以さんから連絡を受けて知ったんだが……なんでも服役中の真理枝がツムジ君の子供を妊娠したと喚き散らしているらしい……。
いやいや……いくら避妊していなかったからって……6歳の子供が女を妊娠させるなんて現実的に見てあり得ないだろう!?
適当なことをほざいているだけだと思っていたんだが……つわりと言った妊娠の兆候が見えるらしく、マジで警察病院で診てもらったらしい。
そして診察の結果……真理枝は妊娠してないと判断された。
いわゆる想像妊娠って奴だ……。
医者からそう診断されても真理枝は受け入れず、妊娠したと喚き続けていたらしい。
いや想像とはいえ、6歳児の子供を身ごもると思い込めるのか?
あいつの思考回路がいよいよ恐ろしくなってきた……もうあいつ、宇宙人か何かじゃないのか?
無論……美以さん達は真理枝のそんな妄言は無視しているとのこと。
というか……なんか俺だけすごく蚊帳の外だな……。
一応妻に裏切られた夫なのに……なんだか気分は傍観者だ。
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離婚から10年が経過した……。
葉は16歳の高校生に成長し、高校のサッカー部で将来有望な選手として周囲から注目を集めている。
あれだけ恋しがっていた真理枝のことはもう顔すら覚えていないらしい……。
俺は相変わらず平凡なサラリーマンとして働き、葉の父親として我が子の成長を楽しみに見ている。
真理枝は刑期を終えて出所したらしいが……詳細なことは知らん。
一方のツムジ君一家は悲惨な道を歩んでいた。
人づてに聞いた話だが……なんでもツムジ君はあの一件以来……やたらと女性を性的な目で見るようになったらしく……よくいたずらと称して若い女性の胸やお尻を触るようになってしまったらしい。
小学5年生になった頃には、親のスマホでアダルトサイトを覗こうとする習慣まで身に着けてしまったとか……。
まあそこまでなら男の悲しい本能ということで納得できるが……話はここで終わらない。
ツムジ君が中学2年生の頃……彼は好意を寄せていた女子生徒の着替えをスマホで盗撮する事件を起こしてしまったらしい。
盗撮していたツムジ君を他の女子生徒が目撃し、証拠動画をスマホに収められたことで発覚した。
しかもその子以外にも、着替えを撮影された女子生徒が複数いたとか……。
その結果……彼の両親は結構な額の示談金を支払う羽目になり、本人も転校という名の追放を受けたとか……。
そして今からほんの2週間前……高校生になったツムジ君はさらに取り返しのつかないことをやらかした。
なんと……同級生の女の子を強姦してしまったらしい……。
なんでもその子が彼氏と学校の教室で行為に及んでいる所をツムジ君がスマホで撮影し、その動画を盾にして女の子を脅迫したとか……。
一時は動画と引き換えに体を許した女の子だったが……後日その子が両親に相談したことで事が発覚した。
盗撮……脅迫……強姦……。
神聖な学校で行為に及ぶカップルも悪いが……だからと言って、ツムジ君の行為は許されることじゃない。
そしてこの一件でツムジ君は退学処分となり……現在は少年院に入っているらしい……。
あんなに純粋で良い子だったツムジ君がそんな過ちを犯すなんて……正直今でも信じられない。
ただ……6歳で女と交わるという常識を逸脱した行為が……ツムジ君の心を歪ませたんだと俺は思う。
犯罪に手を染めたことは残念だが……ツムジ君は真理枝の被害者であることは忘れてはいけない。
また……ツムジ君の母親である美以さんは、息子の変貌と犯してしまった罪によって心を病み……病院で入院していると聞く。
父親の方も……美以さんの看病やツムジ君の被害者への対応で……寿命がいくらか縮まっているだろう……。
ツムジ君の事件がニュースで取り上げられた際に、顔を見たが……別人のように顔がやつれていた。
『このガキ、前に学校で盗撮していた奴だろ? やっぱりまたやったな』
『女の敵ね……つーか、親は何をしていた訳?』
『ニュースで犯人の父親が謝罪してたけど……あの顔は絶対に前科あるな!』
ネットでは息子の罪は親の罪と言わんばかりに……美以さん達に非難を浴びせていた。
本当に……何も知らない人間達の偽善というのは残酷だ。
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ピリリリ……
そしてある日……会社の食堂で昼食を食べていた俺のスマホに非通知で着信が入った。
「なんだ? 知らない番号だな……」
イタズラか詐欺だと思った俺は電話を切ろうとしたんだが……誤って通話ボタンを押してしまった。
そしてスマホから流れてきた声は……。
『大地?』
「えっ?」
『久しぶり……元気だった?』
「まさか……真理枝?」
元嫁であり……俺にとって心の底から忘れたい存在である、真理枝だった。
次話は真理枝視点です。
書き進めている内に主人公の影が徐々に薄くなってきているように思えますが、まあ気にせず進めます。




