草野 大地①
大地視点です。
俺の名前は草野 大地。
どこにでもいる普通のサラリーマンだ。
顔や容姿もこれといって特徴はない……至って平凡な男。
今日……そんな俺の結婚式が開かれた。
規模こそ大きくないが……これでも結構奮発した方だ。
それに……俺と嫁の両親や友人……会社の先輩や上司なんかも俺達を祝福しようと、わざわざ足を運んできてくれたんだ……。
贅沢なんてできなくても、幸せな気持ちには浸れるってものだ……。
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「ふぅ……少し飲みすぎたかな……」
結婚式の二次会でみんなと楽しく飲んでいたのは良いが……少し酔いが回ってきたので、俺は会場を抜けて外の新鮮な空気を吸いに出た。
「ちょっと一服するか……」
全面禁煙の式場で断念した煙草……口寂しさとしばらく冷たい空気にさらされたい一心で、俺は喫煙室へと足を運んだ。
「あっ! 海野さん」
だがそこには……すでに先客が来ていた。
彼の名前は海野 潮太郎……俺の元上司だ。
この人には随分と面倒を見てもらっていた……俺の恩人と言っても過言じゃない人だ。
だけど、奥さんとの離婚を機に……会社を辞めて田舎の実家に引っ越して行ってしまって以来……ほとんど会うことはなかった。
だから……こうして結婚を祝いに来てくれたのは素直に嬉しく思う。
「なんだ草野……お前も酔い覚ましか?」
「えぇまあ……海野さんも?」
「まぁな……年甲斐もなく、張り切りすぎた……ふぅぅぅ……」
ため息交じりに煙を出す海野さん……張り切りすぎたって言うが……結婚式ではちびちび飲んでいたように見えてたけど……。
※※※
俺は海野さんの隣に陣取り、ポケットから取り出した電子タバコを口に咥えた……。
「改めて結婚おめでとう……」
「ふぅぅぅ……ありがとうございます。 招待状送っておいてなんですけど、あんな遠い田舎から海野さんがここまで来てくれるなんて正直……思ってませんでした」
「まあせっかく招待してもらったわけだしな……。
それに……最近何かと忙しかったから、息抜きがてらにな……」
「海野さんらしいッスね……」
※※※
「……」
それからしばらく無言で煙草を吹かしていたが……酔いが覚めてきた俺の脳裏にふと”ある光景”が蘇った。
それは忌まわしい過去であると同時に、胸を締め付ける悲しい過去……。
「あの……海野さん。 ちょっと聞いていいッスか?」
「なんだよ急に……」
「こういうこと聞くのはアレですけど……海野さんって、奥さんの浮気が原因で離婚したですよね?」
「まあな……とは言っても、俺の場合はちょっと特殊なケースだけど……」
「やっぱり……つらかったですか?」
「そりゃな……。
長い時間ずっと一緒にいた女房だったし……信頼もしていたから……。
それに息子とも……色々……」
「……」
「というか……なんで唐突にそんなこと聞くんだ?」
「……海野さん。 俺がバツイチだって……知ってます?」
「あぁ……人づてに聞いた。 詳しいことは聞いてないがな……」
「実は俺も……嫁の浮気が原因で離婚したんです。
高校時代からの付き合いで……10年も一緒にいたんですけど……息子が6歳の頃に……」
「そう……か……」
「いや……浮気なんてもんじゃないな……”アレ”は……」
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10年前……。
俺には真理枝という専業主婦の嫁がいた。
真理枝とは高校生の頃に出会い……俺が告白する形で付き合いだし……そのままゴールインした。
結婚後もお互いの仲は良好で……1人息子の葉も思いやりのある良い子だ。
給料面こそ寂しいものの……家族3人で幸せに暮らしていた。
あの日までは……。
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「はぁぁぁ……休日出勤って言うのはいつになっても憂鬱だなぁ……」
この日……俺は会社でたまっていた仕事を片付けるべく、休日にも関わらず会社へと向かっていた。
足取りは重いが……行かない訳にもいかない。
毎日家事を頑張っている真理枝のためにも……今年ようやく小学校に入学した葉のためにも……体が動けるうちに働かないとな……。
そう自分に言い聞かせて駅に着いたのはよかったけど……。
「えっ? 電車止まってるんですか?」
「えぇ……少し前に事故が起きまして……」
駅員さんによると……ついさっき、ここから少し離れた踏切内で車同士の交通事故が起きたらしい……。
なんでも片方が飲酒運転だったとか……。
そのせいで……現場検証やらなんやらでしばらく電車の運行は見合わせらしい。
まったく……人の迷惑を考えない奴って言うのは本当に絶えないな。
「まずいな……」
ここから会社までかなりの距離がある……。
タクシーを使おうにも今は連休中ということもあって、どこも渋滞だらけ……。
遅刻どころか会社に行きつけるかもわからん……。
車はそもそも運転免許がないので論外……ちなみに原付は免許はあるが、乗る本体がない。
徒歩なんて夢物語だ……。
「とにかく会社へ連絡するか……」
俺はひとまず会社にいる上司に事のあらましを全て話し、どうするか指示を仰ぐことにした。
その結果……俺は急遽リモートワークに切り替えることが許された。
労働に違いはなくとも、出勤しなくて良い分……これは嬉しい。
というか……リモートで良いなら最初からそうさせろよと思う自分もいた……。
「とりあえず……帰るか……」
俺はリモートに切り替わったことを真理枝にラインで伝え……始業時間のことも踏まえて、少し急ぎ足で我が家へと帰った。
我が家とは言っても……マンションだがな……。
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「ただいま……」
帰宅した俺をてっきり真理枝が出迎えてくれると思っていたが……その予想は外れた。
「真理枝……いないのか?」
静かにそう問いかけるも……返事はない。
葉は友達とサッカーすると行って、公園に遊びに行っている……。
もちろん、6歳の子供1人で遊びに行かせるのは危ないので……家事で忙しい真理枝の代わりに近所に住んでいる義両親に保護者として同行してもらっている。
だから真理枝は家にいるはずだ……なのにどうしたんだ?
今朝はきちんと俺を見送ってくれてたし……どこかに出かけるとも聞いてない。
さっき真理枝に送ったラインを確認してみたが、既読が付いていない。
「買い物にでも行っているのか?」
俺はひとまずそう結論付け、リモートの準備をするべくリビングへと足を進める。
「……?」
だが……リビングに向かう最中、俺は夫婦の寝室に繋がるドアの前で足を止めた。
その理由は……。
「んぁぁ……」
少し開かれたドアの隙間から漏れるように聞こえてくる官能的な女の声……。
どこかで聞いたことのある声……いやまさか……。
内心色々考えながらも……俺はドアの隙間からこっそりの中の様子を伺った。
ハタからみれば完璧に覗き魔だ……。
「はぁ……はぁ……いぃ……」
俺はあまりの光景に言葉を失った……。
俺達夫婦の寝室で……俺達が眠るベッドで……真理枝が全裸で腰を上下に振っている。
しかも……全裸の男の上で……。
誰がどう見ても……これは完全な不貞行為……浮気だ。
猛烈に吐きそうになったが……それを堪えることができた自分がすごいと我ながら思った。
これだけすでに衝撃的であったが……俺の心をさらに苦しめる衝撃的なことがもう1つあった。
「あれって……まさか……ツムジ君?」
真理枝が全裸でまたがっている男……それは葉の友達の石山 ツムジ君だった。
いやいや……嘘だろ?
あの子も葉と同い年……まだ6歳だぞ?
「6歳の子供とあいつ……何やってんだよ……」
真理枝の裏切りもショックだったが……それ以上に嫁がまだ6歳の男の子と体を重ねているという信じがたい事実が……俺には応えた。
「……」
パニックで頭の中がぐちゃぐちゃだ……もう仕事の事すら完全に忘れている。
それでも不思議と……俺はスマホを構えて2人の様子をカメラに収めていた。
我ながらよくこんな時に、こんな冷静な行動が取れるなと思った。
それが嫁と寝取られ?たことへの怒りによるものか……それとも1人の父親としての正義感か……正直今でもわからない。
ただ……俺の心はこの時点ですでに崩壊を始めていたのは確かだった。
※※※
「すぅー……すぅ……」
「フフ……可愛い寝顔……」
それからしばらく経ち……ツムジ君は疲れ切った顔で寝息をたて……真理枝はその横で添い寝し、彼の寝顔にうっとりしていた。
なんとも満足げな顔でツムジ君を見つめ、愛していると言わんばかりに彼の唇にキスをする真理枝が……いろんな意味でおぞましかった。
「真理枝……」
「!!!」
ある程度証拠動画を収めた俺は、ゆっくりと寝室に入り……自分でも驚くほど静かに嫁の名を呼んだ。
「だっ大地! あんたどうして……」
「急遽リモートになったんだ。 というか……そんなことは今、どうでもいい。
まずはこの状況を説明しろ!」
「そっそれは……その……添い寝?」
「裸で添い寝? ふざけるな! お前がツムジ君をレイプしていたのは見てたんだぞ!」
「レイプって……失礼なこと言わないで! 私達は同意の上で……」
「つまり……ヤッたこと自体は認めるんだな?」
「……そうよ」
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俺は真理枝に服を着せ、寝ているツムジ君をベッドに寝かせたまま2人でリビングに移動し、話を再開した。
もちろん……スマホのボイスレコーダーを起動させて……。
真理枝の話を簡易的にまとめると、2年前にツムジ君一家が引っ越してきた際に見かけたツムジ君に一目惚れしたらしく……葉の友達ということもあって交流も多いことで気持ちを抑えきれなくなり……ツムジ君に”好きだ”と言ったら”僕も好き”と返してくれたので両想いだと思い、”気持ち良い遊び”だと本人には言って行為に及んだということらしい……。
しかもこれが初めてじゃないとか……。
「お前……自分が何をしたのかわかっているのか?」
「なによ……そもそもあなたが悪いんじゃない」
「俺が何をしたって言うんだよ」
「高校時代は結構イケメンだったのに……今はお腹が出たおっさんじゃん!
それに比べてツムジ君は可愛いし……肌もツヤツヤだし……初心だし……あんたとは全然違う!」
おっさんって……26歳はおっさんなのか?
まあ腹が出てきたって言うのは否めないけど……そもそもそんなの理由になるかよ。
「だからって……まだ6歳の男の子と体を重ねて良い理由にはならない。
それに同意の上ってさっき言ったけど……6歳の子が同意ってどういうことだよ!」
「うるさいわね! 私とツムジ君は真剣に愛し合っているの!
愛し合う2人が体を重ねることがそんなにおかしいことなの?」
「愛し合うって……6歳相手に本気で言ってんのか?」
「6歳だからってバカにしないでよ! ツムジ君は私の事を好きって……大好きだって……いつも言ってくれてたんだから!
だから私は……彼の気持ちに応えたのよ!」
確かに……ツムジ君は真理枝に懐いていた。
真理枝に好きだと言っている所も見たことはある……。
だけどその根本にあるのは……おそらく真理枝が趣味で作っているお菓子やケーキだ。
真理枝の実家が洋菓子店であることもあり……彼女の作るお菓子やケーキは本当においしく、俺や葉も夢中になって食べていた。
ツムジ君にも家に遊びにくるたびに馳走していた……。
だからツムジ君の好きという言葉は女としての真理枝に向けられたものではなく……お菓子やケーキを作ってくれる真理枝に向けられたものだと……俺は思う。
そうでなくたって……。
「ツムジ君は6歳だ……好きという言葉の真意をまだ深く理解できていないんだ。
それくらい察しろよ」
「そんなことない!! 私とツムジ君は愛し合っているの! あなたみたいな凡人には理解できないでしょうけど……」
理解できないししたくもない……。
「いい加減にしろ! 愛だのなんだの言う前に……自分がしでかしたことを理解しろよ!!」
「理解してるわよ! 浮気って言いたいんでしょう?
言っておくけど……私はツムジ君と別れる気はないわ。
あんたが離婚したいなら応じるし……慰謝料だって払ってあげるわよ!」
「お前……」
「あと、葉の親権は私がもらうから……あの子まだ6歳なんだし、まだまだ母親が必要よ」
「ふざけんなっ! 葉の親権は俺の物だ!
6歳の子供に手を出した女が1人で子育てなんてできるとは到底できるとは思えない!」
「1人じゃないわ! ツムジ君と結婚して……2人で一緒に葉を育てる!」
「はぁ!? 6歳の子供と結婚とか正気か?
それに一緒に育てるって……葉と同い年の子供に何を背負わせようとしてるんだよ!
お前……思考回路バグってるんじゃないか!?」
「バグってるのはあんたよ! この愛がわからないなんて……そんなんだから嫁を寝取られるのよ!」
27歳と6歳のカップル自体があり得ないことだが……そのカップルが結婚するなんて異次元すぎる!
まあ成人するまで待つというのならまだ現実的だが……この様子だと俺と離婚してすぐに結婚する勢いだ……。
まあそんなことは無理だがな……。
そもそもツムジ君の両親や真理枝の両親がそんなこと許すとは思えないがな……。
それに……こいつは最初から大きな勘違いをしている。
「お前……俺が何に対して怒ってるのか理解してるのか?」
「大地と結婚しているのに……他の男と関係を持ったからでしょう?」
「それも……そりゃあるけど、それ以上に許せないのは……母親でありながら幼い子供に手を出したことだ!」
「はぁ? 何を言って……」
「お前自分が恥ずかしくないのか? 良い歳して小学生に惚れた挙句……適当な言葉を並べて手を出して……葉やツムジ君の両親……なによりツムジ君自身に申し訳ないと思わないのか?」
「何が申し訳ないのよ……何度も言ってるけど、ツムジ君とは相思相愛だし……葉だって仲の良いツムジ君が父親なら喜んでくれるだろうし……みぃちゃんだって……きっとツムジ君を私に任せてくれるわ」
みぃちゃんというのはツムジ君の母親の愛称だ。
実を言うと……みぃちゃんは真理枝の小学校時代の親友なんだ。
両親の仕事の都合で小学校卒業と同時に引っ越したらしく……結婚を機にまたこっちへ戻ってきたそうだ。
だから真理枝と再会した時にはすごく喜んでくれていた……。
そんな親友の信頼すら……こいつは裏切ったんだ。
「あのさ……さっきからずっと思ってたんだけど……お前、これが犯罪だって理解しているか?」
「犯罪? 何を訳の分からないことを言ってるの?」
「20歳過ぎた大人が幼い子供に手を出したんだぞ? 常識的に考えて犯罪だろ!?」
「常識的にって何よ、意味わかんない!!」
「じゃあ考えてみろよ……もし俺が6歳の女の子に惚れて手を出したと聞いたら……お前どう思う?」
「そんなの”気持ち悪い"としか言いようがないでしょう?
良い歳して幼い子に手を出すとか……完全に犯罪だし、それ以前に人間として終わってる」
「じゃあお前はどうなんだよ! お前がやってることも犯罪じゃないのか?……人間として終わってるんじゃないのか?」
「大地ってバカ? そういうのは男に適用されることであって、女の私には何の関係もないのよ!」
「バカはお前だ! 犯罪に男も女もない! 本気で関係ないと言い切れるのなら……これから呼ぶ警察に判断してもらおうぜ」
「警察? 大げさなこと言わないでよ、たかが浮気くらいで……」
「浮気なんてレベルの話じゃないんだよ、これは! もう俺じゃラチがあかない。 警察呼ぶから……」
「はぁ……勝手にすれば? 大地が恥をかくだけでしょうから……」
※※※
そして俺は通報し……駆けつけた警察官に事のあらましを話し、証拠として寝室の動画とリビングでの会話の録音と共に提出した。
警察が来ても真理枝は余裕の笑みを浮かべていたが……それも俺が警察に話し終えると……。
「署までご同行願います」
「はぁ!? 何言ってんの? 訳のわからないこと言わないで!!」
当然の如く、真理枝は警察に連行され……余裕だった顔が絶望に上書きされた。
本人はどうして自分が連行されるのか……本当に理解できていないみたいだった……。
まあ結局……真理枝は警察に連れて行かれたんだけどな……。
俺は寝室に残されていたツムジ君に服を着せて、両親の元へと帰した。
俺は玄関でツムジ君が真理枝にされたことを話した……。
最初こそ信じなかったが……行為中の動画を見た瞬間、2人共ひどく青ざめてた。
母親ことみぃちゃんに至っては、愛する息子が信頼していた親友によって汚されたことを知って深くショックを受けて泣き叫んでしまった……。
無理もない……。
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それから俺は上司に事情を説明して急遽休みをもらい……俺と真理枝の両親に連絡して事情を説明した。
正直……小学生に嫁を寝取られた、なんて……いろんな意味で何度も口にしたいことじゃないな。
葉はひとまず義両親にしばらく預かってもらい……俺はホテルに泊まることにした。
さすがに……あのベッドじゃ眠ることはできない……。
そして2日後……俺は真理枝との決着をつけるべく、警察署へと赴いたのだった。
次話も大地視点です。
あと、冒頭に登場した海野 潮太郎は私が前に連載していた【妻を実の息子に寝取られた~以下省略】の主人公です。
読んでいない方はぜひそちらも読んでみてください。