第1話 聖女の決断
静かな夜の空の下、私とアリス。
そしてお父様とお母様の家族四人を乗せた馬車は王城の正門を潜り、ゆっくりと速度を緩めて止まった。
「降りるわよ」
お母様の声でお父様はお母様と共に左側のドアを開けて外へと出る。
私とアリスも両親である二人に続いて馬車の外へと出た。
「それじゃ行こうか」
「ええ、そうね」
お父様とお母様はそう言い手を繋いで歩き出す。私とアリスはそんな二人の後ろにつき、少し距離を空けて歩き始めた。
夜の穏やかで夏の生暖かい風が服越しに当たり、サラサラと私の腰まである白髪の髪も揺れる。
隣を見れば目の前にいる両親を見つめているアリスの穏やかな横顔がカトレアの瞳に映った。
「ねえ、お姉様。私はお姉様と違って弱々しくて頼りないから、危険が伴うような聖女としての仕事を任せてもらえないのかしら……」
隣を歩くアリスが突然、そんなことを口にしたことに私は少しばかり驚きアリスを見る。やはり本人も思うことはあったらしく、不満げな顔をしていた。
まあ、不満に思わないはずがないか。ここは姉として助言をしてあげる為、閉じていた口を開く。
「アリス、貴方も私と同じ聖女なのだから、どんな危険な仕事でも私と同じようにこなせるはずよ。貴方が現状に不満を感じているのなら、その不満をまずはお父様とお母様に伝えることね」
「そうね、そうよね! ありがとう、お姉様」
優しい笑みを浮かべながら私にお礼を述べたアリスの顔を見て、私も自然と笑みが溢れた。
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舞踏会が行われている会場に着いた私達家族四人は二手に分かれて行動することになった。
「お姉様、このケーキ、王都にある有名なケーキ屋で売られている物だわ! これ食べていいのよね?」
アリスは広い会場の中の左端にある横長のテーブルの上に置かれている透明なショーケースの中にある苺が載せられたショートケーキを見て私に問い掛けてくる。
「ええ、食べていいみたいよ。それにしても人が多いわね」
「じゃあ、早速食べようかしら。そうね、お姉様は人が沢山いる所が苦手だったわよね」
「苦手よ、人酔いしちゃうし、疲れるもの……」
そう、私は人が沢山いる所や賑やかな場所があまり得意ではない。その為、まだ会場に着いたばかりであるのにもう家に帰りたいと思ってしまっている。
「まあ、わからなくもないわね。あ、あれって……!?」
「ん? どうかしたの?」
「ううん、何でもないわ……!」
「そう、」
煌びやかな音楽と賑やかな人の声が混ざり合って、私の耳に届く。
まだ来たばかりだけれど、少しばかり頭痛がしてきた私はアリスに『疲労で頭痛がしてきたから少し外へ出て夜風に当たってくるわ』と伝えてその場を後にした。
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「はぁ、もう家に帰りたい……」
会場の外へと出た私は星が瞬く夜空を見上げながら今の気持ちを声にする。
舞踏会はなんて煌びやかで賑やかで疲れる場所なのだろう。と思いながら、会場から漏れる音楽に耳を傾ける。
「綺麗な曲ね」
暫く外で夜風に当たりながら会場から漏れて聞こえてくる音楽を聴いていた私だったが、音楽が次の曲へと移り変わった頃、私は再び会場へと戻る為、夜空に背を向けて歩き出した。
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会場の中へと再び足を踏み入れた私が妹のアリスの元へと戻って来ると、そこには妹と楽しげに話すこのアディラーゼ王国の第一王子であり、私の婚約者であるデュース・ヴィリスがいた。
「デュース王子殿下、お久しぶりです」
私がそう声を掛ければ、楽しげに会話をしていたアリスとデュースは会話を中断して私を見る。
「これはこれは、カトレア、お久しぶりですね」
「ええ、アリスと何の話しをしていたの?」
「他愛のない世間話ですよ」
「そうなのね」
何故だろう。何かが腑に落ちない。
そう思ってしまうのはアリスを見るデュース王子殿下がとても優しくて好意があるように感じたからだろうか。
「カトレア、私は貴方に言わなければならないことがあります」
唐突に真剣な顔をしてそう言い出したデュースを見て嫌な予感がした。
「私はアリスと婚約します。カトレア、貴方には申し訳ないと思っていますが私は愛しているんです。初めて会った時からアリスのことを」
「そう、ですか……」
嫌な予感はやはり的中した。
腑に落ちないと思っていた矢先のこれだった為、妙に納得がいってしまう。
「お姉様、ごめんなさい。本当はもっと早くに私の方から言うべきだったのに。私、デュース様がお姉様の婚約者だと知っていたけれど、好きになってしまったの。許して、お姉様……」
アリスから涙混じりに謝罪されたが、もう私は冷めた感情しか湧いてこなかった。
「そうなのね、ではデュース王子殿下、私との婚約は破棄ということでよろしいでしょうか?」
「はい、それで構いません」
「わかりました。では、妹を幸せにしてあげて下さい。では、私はこれで失礼します」
私は踵を返してその場から立ち去る為、歩き出す。後ろからアリスの呼び止める声がしたが、立ち止まることはしなかった。
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再び会場の外に出た私は階段の前で足を止めて、夜の空を見上げた。
「お父様やお母様、デュース王子殿下からも愛されて本当に幸せな子よね、貴方は……」
私は全く両親や周りにいる人間から愛されていない訳ではないのかもしれない。けれど、妹の方が私より何倍も周りから愛されているのは今日に至るまでの日々の中で目に見えてわかっていた。
私にはあって、貴方にはない物があるように、アリス、貴方にも私にはない物を持っている。それは私からしたらとても羨ましく感じられる物。
「結局、周囲から凄く愛されるのは、可愛くて、守りたくなるようなか弱い人なのよね」
この日、私は婚約者であった第一王子デュース・ヴィリスに婚約破棄をされ、心に決めた。
「もう、この国に居たくないわ。もう何かどうでも良くなってしまったから聖女の勤めを放棄して国を出ようかしら」
聖女の勤めを放棄して国を出たら、大問題であることはわかっているが。この国にはアリス・リーゼというもう一人の聖女がいる。
彼女に全て任せよう。誰からも愛される彼女に。
「帰りましょう」
静かな夜空の下で私は独り言のように呟き、歩き出した。