侍女・セーラの気持ち 1
クルガー商会長が『シャンプー販売の延期』を求めてきて、それを了承したチヤは、次に「試供品、1本では足りない」と、言われて、魔力が1万5千はあるチヤが「値段が決まって無いから、試供品は無料で用意する」と言ったところ「20本はほしい」と言われて、急遽、試供品を用意する為に空き部屋を使わせてもらい、護衛のモーゼに「チヤ様を1人には出来ない」と言われて言い合いになり「もう!スキルだから秘密は守ってね!絶対だからね!」とチヤの説得に成功したモーゼは、まんまと部屋に入り込み、シレッと部屋の中にいたセーラに驚き、どうせならとシャンプーの詰め替え作業を手伝ってもらい、と、いろいろあって、倉庫に他の商品の納品を済ませて帰った。
そう、一言で言えば、チヤは疲れた。
侍女と護衛がいるのは疲れる。
屋敷に帰ってもセーラは付いてくるし、モーゼも訓練以外は離れない。
ストレスでチヤは幼児返りをして、たまたま暇だったおじいちゃんの膝の上に座り全力で甘えた。
食事も食べさせてもらって、お風呂も一緒に入って、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に寝た。
その時には、もう、侍女も護衛も気にならなくなった。
◇◇◇
次の日に、健やかに起きたチヤは、とろけそうな顔のおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に食堂に行って、今日の予定を聞かれた時に「孤児院学校に行く」と言うと、猛烈に反対された。
ヘソを曲げたチヤは「平民に虐められるもん」と、事実を言って孤児院学校に通う許しをもらった。
貴族にも『教会学校大乱闘騒ぎ』は知られていたらしく、「仕方ないよね」と優しく納得してもらって、教会までは馬車で行くことになった。
今日も、おばあちゃんとお姉様とお母さんは出かけるらしく、女性陣は元気だなぁ、と思った。
◇◇◇
「孤児院学校は安全だからね!だからついてこないで!」
今回ばかりはチヤが強い拒否を見せて侍女セーラと護衛モーゼを振り切った。
孤児院学校に駆け込むチヤを見送って護衛のモーゼは侍女のセーラに話しかけた。
「お姫様はご機嫌斜めだ。昨日は大人顔負けの営業をしたかと思えば、大旦那様に飴のように甘やかされて、4歳にしか見えない6歳が単独行動だ。
子持ちの侍女としては、どうだ?」
モーゼは思ったよりも体育会系では無かったようだ。
まぁ、重要な護衛任務をただの女性騎士だからと選ばれる訳がない。
チヤが建物の中まで入ったのを確認したセーラは馬車に乗り込む為に歩き出した。
それに焦ったのはモーゼだ。
「おっ、おい!置いていくなよ!」
「くだらない事に悩んでいる人は、チヤ様が勉強を終えて孤児院から出てくるまで待機しているのですよ。それが護衛の仕事です」
至極冷静に業務連絡をした後に近くの教会の馬車置き場まで馬車を走らせた。
セーラはチヤのことを考える。
一度だけ出会い、女神のように美しく慈悲深い『エルフ』のことを。
◇◇◇
セーラは、スイード伯爵が領地の1つの村で育った。
不幸だったのは、可愛がっていた妹のミルが、村の子供だけで遊んでいる時に小さな魔物に手を噛みちぎられて、その影響で高熱を出してしまい、大人達が「ミルは諦めるか」と、その命の寿命を諦めてしまったことだ。
多分、この時にセーラは親へ失望したのだと思う。
村の中でも利発で頭の良かったセーラは「慈悲の伯爵様」の話を信じて、こっそりと大人に見つからずに旅の準備を整えて、村に数頭しかいない馬に乗り、熱に魘される妹を背負い、村を飛び出した。
運が良かったのは、スイード伯爵領の街道が綺麗に整備されており、領都までの道のりが2日だった事だ。
瀕死の妹を疲れた腕で必死に抱えて、領主様の館の門を必死になって叩いたのを覚えている。
妹が治るまでは離れるまいと、弱った体で必死に縋りつこうとする自分を許してくれたのは当主であり領主である『ウェンズ・スイード伯爵』その人だった。
「一生内緒にできるか?」と、聞かれて、妹の為なら親でも捨てた根性で「秘密にできる!」と力強く答える自分に「じゃあついておいで」と当主様、自ら妹を抱っこしてくれて、疲れた足を引きずって途絶えそうな意識を繋ぎ止めた。
村が世界の中心だった私には、何もかも分からない部屋に入り「オババ様」と呼ばれる老女に当主様が妹を見せた後に老女はどこかへと消えて、妹をベッドへ寝かせた後に、当主様自ら温かいミルクを入れてくれたのを空腹だった腹に入れて、眠気と戦っていた時に、目が覚めるほどの美貌の持ち主が部屋を訪れて、私は本気で女神様が降臨したのだと思い跪いた。
すると、女神様は、妹にかけられた布を剥がして、傷口を覆っていた汚い布も取り去り、見るからに腐りかけた妹の腕に手を当てた後に、妹の部屋に響くほどに荒かった息が治り、私は妹は綺麗な女神様に迎えに来てもらい、天の国に旅立ったのかと思い込み、滂沱の涙を流した。
そして、意識を手放していた私が翌日の夕方に目が覚めると、同室に妹がいて、ベッドに横になって「おねえちゃん」と私を呼んだのだ。
私は、ただただ、妹を連れて行かなかった女神様に感謝の祈りを捧げて、再生していた妹の綺麗な手を見て、「慈悲の伯爵様」の噂は本当だったと目の前が開ける感覚を覚えた。
そうして、体力を取り戻した私と妹は「家に送る」と言う使用人にお願いして、領主館で働かせてもらうことを了承してもらい、母を恋しがる妹には「私達は親に捨てられた」のだと言い聞かせて、私が見習いとして働いている間は孤児院の子供達と一緒に生活してもらい、夜から朝までは一緒にいさせてもらって育った。
妹が成人した時に、孤児院にいた男との結婚を相談されて、生活に必要な物は全て私の貯金から出して、妹が甥を産むところにも立ち会えて、私は領主様に感謝の気持ちを伝える為に、より一層メイドの仕事を頑張り、メイド長に「侍女にならないかい?」と問われて「それは領主様の為に働けますか?」と聞いて驚いたメイド長によって、当時の執事長に報告されたのが良かったのだろう、私は領主館で領主様達親族に直接仕えられる居場所を手に入れた。