侍女、護衛、不審者。
教会前にたどり着いたら「1人でいいよ」と言ったのに、セーラもモーゼも「危ないですから」と、一緒にインベルト商会の馬車がくるのを待ってくれた。
それから、セーラとモーゼの生い立ちを聞いたら、両人共にうちのおじいちゃん(ウェンズ・スイード伯爵)に恩があり、恩返しになればと勤めているらしい。(ちなみに、セーラは結婚していて子供と夫がいる)
セーラが私の侍女に抜擢されたのは、同じ歳ごろの子供がいるからで、子供目線でのお世話をしてくれと言われたようだ。
モーゼは女性騎士だから選ばれたそう。
「出世です!」と喜んでいた。
お給料が上がったらしいよ。
と、なんやかんやと話していたら、インベルト商会の馬車が来て、私は2人にさよならしてから、馬車に乗り込み、インベルト商会に向けて出発した。
多分、15分くらい馬車に揺られていると、今日発見した御者席に繋がる小窓が開いて声を掛けられた。
「お嬢様っ、お嬢様っ、お話がありますっ」
ちょっと、切羽詰まった声だったので、椅子によじ登り小窓から顔を出すと、御者のおっちゃんがホッとした顔になった。
「多分ですが、後ろにいる馬車と騎乗している兵士に、この馬車がつけられています。心当たりはありますか?」
それを聞いた私は横の窓から顔を出して、馬車の後ろを見た。
……うちの馬車だよ。
セーラとモーゼは何をしてるんだ。
心配している御者に「私の家族だ」と言って納得してもらった。
そして、インベルト商会の馬車止めで後続馬車が来るのを待っていると、普通の顔をしてモーゼが馬に乗って現れ、その後に教会前まで乗ってきた2頭立ての馬車が来た。
私が仁王立ちで待っていると「チヤ様!」と、モーゼが馬を引いてきた。
「ここのインベルト商会に来るなら、屋敷から直接これば良かったですのに」
「私は、昨日まで、貧民街に、いたんです」
言葉を区切ってはっきりと言うと、モーゼがバツの悪い顔になった。
私の機嫌が悪いのに気がついたらしい。
「そ、それでは、次回からは、お屋敷の馬車で直接来ましょう!そう!それがいいです!」
モーゼは体育会系らしく真っ直ぐな意見を言った。
悪びれない態度に怒っているのがバカらしくなってきた。
そこに、馬車から降りてきたセーラが合流した。
「チヤ様、お待ちくださったのですか。ありがとうございます」
「待ってねぇ!」と言いたかったが、グッと我慢した。
短気は損気。
短気は損気。
ふーっ、冷静になった。
「大人しくしててよ!私は商談に来たんですからね!」
「チヤ様が、商談?」と、信じてなさそうに言っていたから、無視してインベルト商会に入ってケインさんに案内されて、いつものように茶葉を渡してお茶を入れて貰い、私は商談室でゆっくりとお気に入りの紅茶を楽しんだ。
そして、影のように付いてきていた2人にガン見されているので、広いソファに座るように言って、ケインさんが置いてくれた空のカップに紅茶を入れて飲むように促した。
「商談は邪魔しないでね!」と注意して。
無表情のセーラと、毒味をする人のように慎重な顔で紅茶を飲むモーゼに、チヤは頭が痛くなりそうだった。
昨日までは、家から出たら1人で好き勝手していたのだ。
それが、急に侍女と護衛の2人が付いて、他人を気にしなくいけなくなり、行動の制限をされている気持ちになった。
その時、遠慮なく扉が開いて、モーゼがチヤの前に飛び出した!
「チヤ君!待たせ……?誰だい?この人は?」
クルガー商会長、当然の疑問です。
「モーゼ、邪魔しないで」
2人に敬語を使わなくなったチヤだった。
そして、疑問を持ちながらもチヤの向かいに座ったクルガー商会長に「実はお母さんの実家に保護されてーー」と簡単に説明すると、クルガー商会長は「えっ?移民じゃなかったの?スイード伯爵の孫娘?」と驚いた後に「商品の卸しはーー」と心配していたので、いつも通りにお願いした。
お互いにホッとひと段落ついたところで、飲んでいた紅茶が無くなり、クルガー商会長が「お茶を入れてくる」と、部屋を出て行った。
そして、チヤは満足そうな侍女と護衛の2人を真面目な顔で見つめた。
「クルガー商会長は私の恩人なの。失礼な態度は取らないでください」
2人は真面目に返事した。
本当に分かってるのかなぁ?と心配になったチヤだったが、そんなにバカでは無いだろうと、ソファに座った。
結果から言うと、2人はバカだった。
いや『スイード伯爵』バカだった。
◇◇◇
「お待たせ。君はいつも本当に良い茶葉を持ってくるな。スイード伯爵には秘密の取り引き相手がいると、密かな噂になっているが本当かもな」
モーゼが怒り立った。
「貴様!スイード伯爵を探るな!」
驚いているクルガー商会長は後だ。
「モーゼ!静かにしなさい!追い出しますよ!」
私が怒ると、モーゼはしゅんとして、ソファに座った。
そして、私はクルガー商会長に謝る。
「クルガー商会長、私の護衛が申し訳ありませんでした。部屋から出しますか?」
「い、いや、いいんだが、随分忠義が厚いんだな」
「いえ、お母さんのお父さん、おじいちゃんに恩があるらしくて」
「い、いや、君も環境が変わって大変だろう。自分を大事にな」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、新商品の『髪専用石鹸』の話しをしようじゃないか」
新しい商談が始まった。