お母さんと私の帰る場所 1
「ま、まあ、気が向いたら木族の里においで。ウェンズに言えば里への扉が開く。チヤは人に近い感性を持っているからね」
オババ様はバナナショックから立ち直ると、そう言った。
木族に興味はあるけど、そこまで学ばなくてもいいかな?って感じだ。
あ、ウェンズはおじいちゃんの名前ね。
『ウェンズ・スイード伯爵』って言うのが、おじいちゃんらしい。
あ、そうだ。
「この国の王様は木族のことを知っているの?」
「ああ、知っているとも。
だが、王族の血族全てが知っているわけではない。王の信用できる者にエルフ族として知られている。
木族は長く生きているから原因不明の病に罹った時や、戦争の時に対価を払って助けてくれる存在と認識しているだろうね。おかげでこの国の金は腐るほどある。
もちろんだが、私達木族の住んでいる里は『ここの大地には無い』。大昔の木族が別大陸にたどり着き、そこで、平和を求めて里を作ったのが始まりとされている。
ドワフ族も長生きだが、独立国家として知られているから、エルフ族のように隠れ住んではいないね。
そこは、少し羨ましいかもね」
あっ、孤児院学校で習ったぞ。
ドワフ族は、異世界あるあるの『ドワーフ』みたいな種族らしい。その国土に鉱物資源が出るダンジョンを独占していて、鉱物を使った武器や魔道具や細工品を輸出していて、豊かな国だと聞いた。
だから、ドワフ国から出てくるドワフ族って少ないんだって。
旅好きか、よほどの変わり者だって。
『ドワフ族』って、絶対に『ドワーフ』だと思ったね。
獣人もいるが、迫害された歴史を持ち、非常に仲間意識が高いので、鎖国状態の国だ。
もふもふパラダイスは出来そうにない。
「それじゃあ私は帰るよ。チヤは今、成長が緩やかだ。人の国に居づらくなったら、木族の里に歓迎するよ」
そう言って、オババ様が壁の鏡の中にぽっかりと開いた空間に入ると、空間は閉じていき、ただの鏡があるだけの部屋になった。
私は息を深く吐いてから隣の部屋へと戻ると、お母さんを囲むように家族の団欒が開かれていた。
「仲間に入りづらいなー」と思って立ち尽くしていると、お母さんが私に気がついてくれて、「いらっしゃい、チヤ」と呼んでくれたので、お母さんの膝の上に座った。
すると、後ろからお母さんが、ぎゅっと抱きしめてくれたので、お母さんを仰ぎ見ると、お母さんはとても穏やかな顔をしていた。
「チヤ、お母さんはね、チヤの寿命を貰ってまで生きたいとは思わないわ。チヤはいつでも『魂の契り』を破棄出来ると覚えておいて」
お母さんが不穏な事を言った。
お母さんは私の為に命を捨てようとしている。
私は座る向きを変えて、お母さんに抱きついた。
「お母さんと一緒じゃなきゃ、生きてる意味がない」
その時、ソフィアは悲しい顔をしたが、チヤは見ていなかった。
「私も、チヤと生きたいわ」
お母さんが優しくチヤを抱きしめた。
「もう、チヤは私達の家族だから、いつでも家族を頼っていいぞ。貧民街に帰る必要は無い。私達と一緒に暮らしていこう」
伯父さんが私のことを『家族』と言ってくれた。
お母さんが無断でお父さんと「結婚」したので、私はこの家の『外の子』だ。
どちらかと言うと、私は『木族の家族』で、今はお母さんのステータスも「ソフィア・ハースネル」になっているので「スイード伯爵」の名ではない。
私が甘えていいのか悩んでいると、おじいちゃんが優しく話しかけてくれた。
「チヤ、この家はね、お嫁に行っても『家族』なんだよ。木族の秘密を共有する『家族』だ。
スイード家の血筋は『外』に出ることは少ない。『外』に出るとわかっている親族には『エルフ族』の事は決して教えない。
チヤの叔母さんはね、領地の屋敷の家令と結婚したんだ。『外の娘』では無く『スイード家の娘』だ。
チヤのお母さんも『スイード家の娘』だよ。その子供のチヤも『スイード家の娘』だから覚えいてほしい」
スイード家は家族全体で『エルフ族』の秘密を守っているんだ。
「おじいちゃん……。伯父さん、ありがとう」
私に本当の『家族』が増えたようです。
「で、ソフィアは社交が終わったら領地に戻ってくるでしょう?部屋もそのまま残してあるからね。チヤちゃんの部屋は新しく作りましょうね」
なんだか、おばあちゃんがお母さんに領地に帰ってきてもらいたそうです。
私は「インベルト商会」と「ロビーの古着屋」と「貧民街服屋」があるので領地には行けません。
お母さんの育った家も見てみたかったなぁ。
「私は、王都で働いているので、領地には帰れません」
「「「「ソフィア!?」」」」
おじいちゃんとおばあちゃんと伯父さんとお姉様の全員が驚きました。
「え?あの、内気なソフィアが?」
「家が大好きなソフィアが……」
「家庭菜園の好きなソフィアが」
「チルミ(侍女)が大好きなソフィアが」
「「「「帰ってこない!?」」」」
仲が良すぎないかなー。
この家族。
お母さんは内気な少女だったのか。
そして、外にはお嫁に行かないと『木族の里』に行って、お父さんという『運命』に出会ったんだ。
まさに、素直な娘の「反抗期」だね。
いや、今も私の為に「絶賛反抗期中」か。
「お母さん、商売は私が王都でするから、お母さんは領地に帰りなよ。会いたい人もいるでしょう?」
お母さんは驚いたような顔をした後に、柔らかく微笑んだ。
「私はね、世間知らずの小娘だったのよ。貧民街の人達に助けられて、やっとあなたを育ててこれた。今では結構あの小さな家が気に入っているのよ?チヤと一緒に寝て、チヤと美味しい食事をして、普通のお母さんのように洗濯をして、チヤが、学校からお腹を空かせて帰ってきたら「おかえり」と出迎えて……私はね、小さな幸せで満足しているの。お母さんはずっとチヤと一緒よ」
お母さんは私を抱きしめて、優しく耳元で囁くように、小さな小さな幸せを伝えてくれた。
嬉しいよ。
お母さん、大好き。
でもね、それだけじゃいけないんだ。
私は気持ちを固めた。
「お母さん、ありがとう。でもね、私も一度はお母さん育った場所を見てみたいな?その後に王都には帰ってくるけどね?」
お母さんは優しく応えてくれる。
「あら?そう?じゃあ、一度は領地に帰りましょうね。そしてまた、王都に戻ってくるの。私は貧民街の人達に恩返しをするわ。チヤも手伝ってくれる?」
「うん!私も手伝うよ!」
私とお母さんが、いちゃいちゃしていると、おじいちゃんが、「いや、いやいやいやいや。ソフィアは貧民街には帰らないよな?」と、確認してきた。




