事件(孤児院で)というより、国を巻き込んで
私は、今、幼女特権を利用して、泣いている。
「びぇぇぇぇ〜ん!!」
各個室から、チラホラと若い神官様達が飛び出してくる!
「何をしているのですか!?勉強中ですよ!」
無理矢理振り向かされたおじさん神官をチラ見する。
焦ってる、焦ってる。
「びぇぇぇぇ〜〜ん!!」
「ドリー!どうしました!?」
何か後ろから声がする。
そこそこ歳のいった男性の声だ。
「そ、それが、この司祭様がこの少女の肩を強く掴んだらしくて、痛くて泣いています」
「いやっ、その、私は、何もしていない!」
「じゃあ何をしているのです。あなたは本教会所属でしょう?ここは孤児院ですよ。何をしているのですか?お教えください」
毅然とした凛と真っ直ぐな声が聞こえる。
いやいや、おじ神官がまだ帰って無いから泣け!!
「びぇぇぇぇ〜〜ん!!こわっ、ひっく、こわいよ〜〜!!ひぃっくっ!」
「ここは、勉強をする場ですよ。あなたの居場所では無いはずです。帰りなさい」
おじ神官が「くそっ」と言って、踵を返してツカツカと足音をさせて遠ざかって行く。
私は急いで泣き止もうとして、喉がえずきそうになっていて苦しい。
「ひぃぃっく!げぽっ」
やべぇぇぇ!!!
ゲボが!ゲロが口の中に出てしまったので、慌てて口を閉じるも、喉がひくついているので、息が苦しい。
「ドリー神官!何か器を持って来てください!早く!」
「はいっ!」
くっ、苦しいっ、苦しいっ、苦しいよっ!
「出しなさい!口の中の物を出すのです!大丈夫ですよ。怖くありませんよ」
やっと、目の前にスライム容器のような物が口に当てがわれた。
私は遠慮なく凄く臭う吐瀉物を器に吐いた。
嫌な顔をせずに、こちらを見てくれる人は、思ったよりも年老いていた。
あれ?声が凛として格好良かったのに。
老人?
苦しくて流していた涙も止まってきて、えずきも無くなってきた。
手で一生懸命涙を拭うも、かなりの水分を体から出してしまったみたいで、少し頭がぼぅっとしてきて、ふらふらする。
老人が私を抱っこしてくれて、どこかに連れて行かれる。
下ろしてくれて、椅子に座らせてくれた。
そして、スライムコップに水を入れて、ゆっくりと飲ませてくれて介助をしてくれる。
すっっっっごいっ!疲れた〜〜〜!!
泣くのって全身運動なんだな。
今すっごく柔軟したい。
体が強張って緊張している。
スライムコップに2杯分の水を飲んだら、また、持ち上げられて、何処か柔らかい場所に寝かせられた。
疲れたから、寝そうになってしまう。
目をしぱしぱしていたら、優しい声が聞こえた。
「寝ていいのですよ。誰もあなたの眠りの邪魔はしません。お休み、可愛い子」
あ、寝てもいいのか。
目を閉じたら、ストンと意識が無くなった。
◇◇◇
老孤児院長は眠りについた、泣きすぎて顔の赤い幼女を見て、これまでの教会の横暴を思い出していた。
もう、実家の権力に頼る時が、とっくの昔に来ていたのかもしれない。
心を追い詰められる子供。
障害で差別される子供。
人格形成期に特権階級意識に洗脳される子供。
自分は逃げていただけじゃ無いのか?
今こそ動く時では?
実家は、兄者は、まだ私の話を聞いてくれるだろうか?
若い頃から苦労してきて、見た目が老孤児院長となってしまった、51歳の元王族の男が立ち上がった。
「私は弱かったのです。皆、許せとは言いません。力を貸してください」
誰に言うでもなく病室を出て、ついて来ていたドリー神官に幼女を任せると、孤児院長は自分の部屋で告発の手紙を書いた。
決意は固まっている。
処分が下されたら、自分も従う所存だ。
長い、長い手紙を書き終えたら、自分が最も信じられる相手に手紙を託した。
「私はどうなってもいいです。ただ、孤児院の子供を救う為に何があっても、この手紙を兄者に届けてください。私の命は無くなってもいいです。これが、最後のお願いです。
あなたにも最後まで、苦労をかけますね。今までありがとう」
「っ。もったい、ないっ、お言葉ですっ。行って参りますっ!」
孤児院の者だけが知っている道を走っていく恋人を見つめる。
許されぬ恋だった。
許されぬ、生まれだった。
子孫を残しては災いの種になる運命だった。
それでも、2人で繋いできた道だった……。
自分は、もう、十分に生きた。
残りの人生は、孤児院の子供達の為に使いたい。
「兄者。どうか、最後のお願いです。
教会を潰してください」
孤児院長の真摯な願いだった。
◇◇◇
ソレイユ暦4月。
王国軍が本教会を包囲し、教会内に突入した。
教会の上層部は全員捕えられ、順次厳しい取り調べが行われ、書類なども全て精査されて、教会上層部とその協力者の貴族家が断罪された。
今まで行ってきた教会の悪事が知れ渡ったのだ。
神聖教国(教会総本部)から激しい抗議が行われたが、チルビット王国は全て追い返した。
聖戦とされる軍事行動が行われたがチルビット王国辺境軍が全て叩きのめした。
神聖教国から何国も離れているのに教国軍聖騎士がチルビット王国に攻め入って来たが、これも、辺境軍が皆殺しにした。
自国にも少なく無い被害を受けたが、大勝利と言える結果だった。
チルビット王国から逃げ出す神官は放っておいて、膿を出した教会は『新聖教会』として、今までおかしかった国教の教えを全て書き直し、真に正しく人々を救う教会に生まれ変わり、治癒魔法などの治療が庶民に広く開かれた。
春の社交に来ていた貴族家代表者達に王から直接のお言葉があり、各領の教会の強い見直しが進められた。
これにて、1年後、各領で税収が上がり、王族への税も多く納められた。
まず、孤児院の増設、神官の調査、治癒魔法の広い開放。
それに伴い、今まで高額のお布施が必要だった教会の治癒魔法と再生魔法のお布施が安くなり、平民が健康になり労働力が増員強化され、経済の活性化が起きた。
時はバブルかと思うように雇用に消費が生まれ、好循環を起こした。
しかし、この行動にてチルビット王国は周辺国から少し孤立するが、貿易は止まらずに、人の行き来はできる。
この流れに乗り、周辺国は穏便に密かに神聖教国と教会との切り離しを画策していく。
そして、王都の貧民街に恩恵はあったかと言うとーーあった。
高位神官の奇跡とされる治癒魔法の『再生魔法』が受けられる値段、お布施が下がり、貧民街の身体欠損者の救済に、貧民街の住人が教会に通えるようになり、孤児院学校の廃止に貧民の子供の教会学校への入学が認められた。
しかし、教会は改革されても、民衆にこびりついた『差別意識』は無くならずに、教会学校に通う貧民へのイジメが発覚した事により、孤児院学校の再度導入が決定された。
この1年の間にチヤの勉強は進み、チヤは『神童』と言われ、神官の深い知識を学ばせてもらい、この国1番のチルビット王立学校を卒業したという神官様に勉強を教えて貰っている。