乗り合い馬車に乗りましょう
クルガー商会長が契約の終結を宣言する。
「契約は以上だ。順次タダで貰った石鹸の使用感を確かめて値付けをしていくから、すぐに全種類を売り出す事は無い。少しずつ小出しにして、めいいっぱい儲けさせてもらう。
それと、できれば、だが、新商品の開発に成功したら僕に試作品を見せてくれ。出来るだけ他の商会よりも誠実に値付けをすると約束する」
本当に良い人に出会えたようだ。
私はぺこりと頭を下げる。
「その時はよろしくお願いします」
「ああ」
クルガー商会長が「契約書を金庫に入れてくる」と部屋を出て行った。
あれ?まだ他にする事があったっけ?
窓の外を見るとポカポカ陽気だ。
ここは外壁の側の建物じゃないから部屋全体が明るい。
(ウチは日陰の家だからなぁ)
貧民街は良いところだけど、お母さんと私の健康の為には貧民街の第1地区か、平民街に家を借りた方が良いかもしれない。
でも、近所の人と離れるのは寂しいなぁ。
多分だけどお母さん、家に愛着がありそうだし。
クルガー商会長が音を立てて商談室に戻ってきた。
「おっ、待たせたな。これが今回の石鹸の買い取り額の3000ルビだ。確認してくれよ。
じゃあ、乗り合い馬車の停車場を教えるから覚えてくれ」
私は驚いた。
なんて、親切なんだ!クルガー商会長!
「神!」
私は両手をY字に広げて天を仰いで叫んでいた。
「うお!なんだ?!」
クルガー商会長を驚かせてしまった。
「いえ、お恥ずかしながら感情が昂ぶってしまいました。それでは案内をお願いします」
私は石鹸の売り上げの3000ルビを確認すると、アイテムボックスに入れて立ち上がった。
乗り合い馬車は50ルビ。
結構良心的な値段だ。
ありがたい。
それから、クルガー商会長に会う為の店の人に合わせてもらって「こいつに取り次ぎを頼むんだぞ」と教えてもらって、お互いに挨拶してから、店を出て2人で大通りを歩いた。
「乗り合い馬車は大体30分で1回来るからな?満員だったら乗れないから、1時間待つ事もある。僕は混むのが嫌だから商業ギルドまでは歩いて行くがな」
ふむ、異世界あるあるだが、日本のバスを想像してはいけないって事だな。
馬車は小さめ、と。
バスの停留所みたいな円柱が立っていて、私の他に乗り合い馬車を待っている人はいなかった。
「乗り合い馬車が来たら先に乗り賃50ルビを御者に渡してから後ろから乗り込んで、ゆっくりと馬車が進むから座ってのっているんだぞ。
降りる時は御者が『教会前に着きます』と教えてくれるから、勝手に降りて良い。
大丈夫か?」
クルガー商会長は私が小さいから心配してくれているようだ。
商談室みたいに対等に扱ってくれている雰囲気では無く、小さい子供を心配するお父さんみたいになっている。
「ふふっ!大丈夫だよ。今日はありがとうございました。次は約10日後に店に来ますね。これからも、よろしくお願いします」
クルガー商会長は目を見張った後に「仕方ないなぁ」と言う顔をして「待っているからな。お母さんが良くなるといいな」と言って帰って行った。
あ、お母さんの病気はもう治っているって言ってなかった気がする。
……まあ、いっか。
次に世間話をする時に訂正すれば。
それからすぐに乗り合い馬車が来て、私が初めて乗り合い馬車を利用すると御者に言ったら、停留所の地図をくれた。
王都は、ほぼ円形になっているから、停留所も乗り換えをしなければいけない時があって、停留所の地図を持っていればすぐに場所がわかるらしい。
良いものをもらったな、と、初の乗り合い馬車に乗ったけど、思っていたよりも馬車が大きくて驚いた事と、道が整備されているので、異世界あるあるみたいに揺れが大きくなかったことが印象的だった。
後ろ側に開いている乗り降りする場所しか開いてないから外はあまり見れなかったけれど、体感で『教会前』に到着したのが凄く早く感じて「もっと早くに乗り合い馬車があるって知りたかった」と思った。
まぁ、貧民街に乗り合い馬車は走って無いみたいで、家までは1時間ほど歩かないといけないけれど、気分は良かった。
商談を纏めれたし、クルガー商会長と出会えたのも運が良かった。
たまたま並んでいた列に、良い商会長が並ぶ確率はかなり低いと思うのだ。
それだけで、1年くらいの運を使い果たしてしまったみたいに感じて、毎日を堅実に生きていこうと再度気合いを入れた。
それと、何だか貧民街の住人に避けられるので「どうしたんだろう?」と思っていたけれど、家に帰ったらお母さんに驚かれて「チヤ!どこで綺麗な服を買ったの!?こんなに綺麗な宝石の髪飾りも買って!」と大層驚かれた。
お母さんによると、スライム容器などの『スライム製品』が優秀すぎて、ガラスの技術が進歩していなくて、ガラス製品は値段が高いんだとか。
なので、私の髪飾りを手に入りやすい宝石と勘違いしてしまったらしい。
宝石と色ガラスが同等の価値があるとか異世界かよ。(あっ!異世界だった……)
それに、ガラス職人は貴重で、富裕層や貴族などのお抱え職人が多いらしく、ガラス製品は『贅沢品』なんだそうだ。
お母さんは私のスキルで出した物だと気がついたようだが、キツく私に『貧民街では使わない事!』と注意した。
私も馴染みすぎて着替えるのを忘れていたんだよ、と言い訳したくなったけれど「じゃあ何処にお出かけしたの?」と言われたら『富裕層の地区』と言わないといけなくなるので、藪蛇はごめんだ。
それから着替えて、回復していた魔力で夕食の買い物をした後、注文のTシャツを1つ購入したら魔力が無くなった。




