フランスパンを食べようか?
ステラおばさんの所に戻ったダンは興奮して少し大きな声でステラおばさんにフランスパンの事を話した。
「母ちゃん!パン貰った!」
「あんた!どこでそんな物……!返して来なさい!」
ステラおばさんは貧民にパンをくれる親切な人がいる事を信じていなかったようだ。
きっと平民のイタズラで中に何か混入されているのだと思っているのだろう。
「嫌だよ!チヤに貰ったんだから!」
「チヤちゃんが!?」
ステラおばさんと両隣の店主に興味深く注目される。
「ステラおばさん、ちょっと内緒話ししていい?」
「あ、ああ……。ダン、店番頼んだよ」
「おう!おれが見ておくぜ!」
ステラおばさんを、民家の影に追いやって、しゃがんで小さな声で内緒話をする。
「ステラおばさん、これから話す内容は秘密にしてね。いい?」
ステラおばさんは戸惑っているけど、頷いてくれた。
「あのね、私、この間、5歳になったからスキルを授かったの。それでね、スキルでさっきのパンを手に入れたの。本当に内緒にしてね!怖い人が来るから!」
私の話を聞いてステラおばさんは怖い顔になっていたけど、納得してくれたようだった。
「絶対に内緒にするよ。……ありがとうね。大切な話をしてくれて。ダンに注意しておくよ」
「こら!ダン!」と立ち上がって、さっそく大きな声の件を注意しに行ってくれた。
いい、おばさんだ。
私はちょこんと座った後にフランスパンを包装紙から取り出して、ちょっとちぎった後にステラおばさんにフランスパンをあげた。
「ステラおばさん、お腹空いているでしょう?あげるから一緒に食べよう」
「ありがとうね。……チヤちゃん、これ、家に持って帰ってもいいかい?他の家族にも食べさせてやりたくてねぇ」
包装紙をゴソゴソしていたダンがピタリと動きを止めて、口をへの字にした後にステラおばさんに渡していた。
「父ちゃんと兄ちゃんとみんなで食べる」
ステラおばさんは、ほんのりと笑ってダンの頭を撫でた。
「持って帰ってもいいよ」
「ありがとうねぇ」
「ダンには、これ、あげる。食べていいよ」
私は自分用に少しちぎっておいたフランスパンをダンの手に握らせた。
ダンは私にお礼を言って味わって食べていた。
やっぱりお腹が空いていたのだろう。
家族の為に我慢できる子になって!成長したねぇ。
ダンがパンを食べ終わった後も、私とステラおばさんは物価の話をしていた。
「石鹸の値段は?」と聞くと「液体石鹸は庶民の間で出回っているよ。固形石鹸はお貴族様が使っているって」と情報を仕入れたりして、私には有意義な時間だったのだけれど、ダンにはつまらなかったようで、私と手を繋いで「母ちゃん、また後でな!」と言って子供の溜まり場に遊び行って、ダンジョン産の小枝で男の子も女の子もチャンバラをしているのを眺めていた。
「チヤも一緒にしようぜ!」と誘われたが、この世界では必要だと分かっていても気分が乗らなかったので断って、大人しい子達と手遊びしたりした。
なんだか昭和の幼少期を思い出して、新しい手遊びを教えたりして(以外と覚えていた)楽しく遊んでから家に帰った。
それと、私から良い匂いがする!と子供らにふんふんと匂いを嗅がれた。
子供は遠慮がなくって、抱きつかれたり、頭に顔を埋められたりして困った。
固形石鹸を新しい商材にしようと考えていたのに、液体石鹸が庶民で使われていて(多分異世界あるあるの固まりきらなかった固形石鹸の成れの果て)、固形石鹸はお貴族様が使っているなんて知らなかった。
仕方ない。
明日、商業ギルドに行って固形石鹸を売り込んでくるか。
あっ、今から服を注文してくれた人に配達に行こう。
2人共「夕方受け取り」だったな。
「ただいまー!」
「あっ!チヤちゃん!おかえり!ベッドに座っていてね!」
何事かと思ったら、家の中が人でいっぱいだった。
扉を開けて中に入れないくらい男の人達がいる!臭い!
大人の男の人達の足元をすり抜けて、ベッドに座って様子を見ると、みんな働いて帰って来た所らしく「暑い、暑い」と、勝手にウチの水を飲んでいる人もいた!
もう!汚れるから触らないでよ!そして、臭い!
男臭いし、汗臭いし、体臭の発酵した臭いがする!
ウチの服を注文しに来てくれた人でも我慢の限界くらいには臭い!
◇◇◇
ぶすくれて、ベッドの臭いが良い匂いに感じて来たところ、暗くなる前に男達は全員帰って行った。
私は部屋の臭さに我慢が出来ずに「お部屋の消臭剤」を部屋中に霧吹きで吹きかけていって、やっと満足した。
「あらー!部屋が良い香りね!」
お母さんも気に入ってくれたようだ。
土だらけの床も掃き掃除して、土埃を外に掃き出した。
ヨシッ!綺麗!
「チヤちゃん!凄いわよ!服の注文が12件も取れました〜!」
「おお!お母さん!凄い!ありがとう!」
「ふふっ、今日はお祝いね!」
慌てて魔力残量を見ると、2300ポイントはあった。
良かった。
「お母さん、何食べる?」
「う〜ん、お肉とぉ、チバシ草とマンバの実かな。デザートにプルルの実をお願いできる?」
「ちょっと待ってね……あ、全部買えるよ」
「た、卵は、あるかしら?」
お母さんが乙女のようにもじもじしている。
お昼の卵が余程気に入ったようだ。
「まだ、6個残ってるよ。足らないなら買うから言ってね」
「あ、1人1個で十分よ」
通販で言われた物を購入して机の上に出るようにする。
お母さんが手早く料理してくれて、麦がゆの卵とじみたいな夕食になった。
プルルの実は名前の通りのぷるんと喉ごしの良い爽やかなお味でした。
服の配達は、すっかり忘れていた。