スイード伯爵家領地に帰還中 2
お父さんが歩いたとされる、スイード伯爵家から王都までの街道を眺めようと外を見るが、馬に乗った騎士さんが私の視線に気がついて「何か御用ですか?」と表情で語りかけてくる。
「いやいや用事は無いよ」と、私は騎士さんに手を振って「ノンノン」と合図をする。
そうなのだ。
一歩外壁を出れば、そこは魔物の生息域だ。
騎士や兵士が訓練の為に魔物の間引きを行うも、すぐに生息域が変わってしまい、まるでイタチごっこのように人を揶揄うかのように魔物が現れる。
王都には外壁を出てすぐに王都ダンジョンの入り口があるから、王都の冒険者達はそんなに危険の無いダンジョンへと入っていくので、王都外壁外の開けた土地の奥にある森へは行かずに、依頼があった時だけ魔物の討伐をするが、王都の騎士達が訓練がてら討伐することの方が多いらしい。
だから王都の近くだからと魔物が出ないわけでは無いようだ。
臆病な魔物は、人がたくさん固まっているだけで逃げていくようだが、肉食の魔物は逆に襲いかかってくるらしいので、おじいちゃんとおばあちゃんが乗っている馬車もガチガチに警戒して守られているのだ。
私が子供っぽく、不満にほっぺをぷくりぷくりと膨らませていると、気を使ってくれたおばあちゃんが「チヤちゃん、口が乾いてないかい?」と、飲み物を差し出してくれたので、気分を切り替える為に有り難く果汁を水に溶かした飲み物を飲んだ。
街道を移動中は貴族でも身分が高くても贅沢はできない。
これは常識なのだが、私の『通販』は、私の魔力とお金があれば好きなものを飲めるし食べられる。
家族にも能力の詳細は教えていないので、みんなはわからないだろうが、こんな時は能力を大っぴらにしてしまいたいと思う。
「魔物だー!左前から来るぞー!警戒ー!」
飲み物を飲み終えた時に外から大きな声で警戒を呼びかける声が聞こえて、馬車の速度がいきなり上がり、座席に頭をガツンとぶつけた。
御者が魔物から逃げる為にいきなり速度を上げたのだ。
私は慣れていない事態に座席からずり落ちそうになるが、おじいちゃんが咄嗟に私を膝に乗せて抱きしめてくれて、体勢は安定したが、馬車の揺れは大きくなるばかりだ。
チヤは知らないが、チヤ達が乗っている馬車には荷物があまり積まれておらずに、近従達が乗っている馬車と荷物だけが乗っている馬車に多く積まれている。
これは、もし、魔物に囲まれてしまったら、近従達を囮にして逃げる為であり苦渋の判断でもある。
今のところは騎士達が魔物・狼形を複数相手に囮になっており、戦えない者達が乗った馬車もチヤ達の馬車についてきているので、それほど緊迫はしていない。
むしろ、チヤ達、戦えない者が狙われれば騎士達の邪魔になるので、急いで現場から離れて戦っていない騎士に守られて離脱している最中である。
どうしても魔物を討伐すると血が流れる為に、他の魔物を引き寄せやすくなってしまうので、素早い討伐が推奨されている。
そして、チヤ達、戦えない組は、魔物の脅威が無い場所で大人しくしながら戦っている騎士達が合流するまで待機である。
と、言う事は前もって注意事項として教えてもらっているチヤだが、いざ、その時になると、咄嗟に動けずに頭を椅子にぶつけてしまったのである。
何か理由が無い限りは、守ってくれている騎士の判断に従う為に窓を薄く開けている。
寒い冬に移動する時は閉め切る事もあるが、今は陽気が良いので爽やかな風が入ってくる。
馬車は速いと勘違いする者がいるが、車に比べると断然遅いし、もしもの時は馬に直接乗って逃げる方が早いので、馬車を乗り捨てる時もある。
まあ、貴族の家紋が付いているので後から回収するが。
小刻みに揺れる馬車の中でチヤはおじいちゃんの腕に守られていた。
そして、チヤには見えなかったが、窓の外にいた騎士がウェンズに合図したので、ウェンズは了承したと騎士に合図を送ると、少しずつ馬車の速度がゆっくりになり、完全に止まった。
チヤは不安で祖父に問いかける。
「おじいちゃん、今、どうなってるの?」
「おお、チヤちゃんは初めての魔物との遭遇だったな。今はな戦ってくれている騎士達の合流を待っているのだよ。安全地帯まで来れたからね」
チヤは緩くなった祖父の束縛から抜け出して、興味のままに窓を全開にさせて頭を外に出してキョロキョロと周りを見た。
少し開けている場所らしく、森が遠かった。
本当は休憩場所として使われる場所なのだが、魔物が出た現場から近い為に非戦闘員は馬車の中で待機だ。
朝、早くに王都を出発して、もうすぐお昼なので街が有ると聞いていたが、影も形も見えなかった。
王都から行き来する場所として栄えていると教えてもらったのだ。
「おじいちゃん、街が見えないよ? まだ遠い?」
祖父にチヤが問いかけると、街は近いが待機時間がどれだけかかるかわからない為、ここで昼食を食べるらしい。
チヤは密かに携帯メシが気になっていたので、他の馬車からバスケットが届けられた時は胸が高鳴っていた。




