カレーが食べたい 4
チヤは食堂の扉が開いた途端に濃くなったスパイスの香りに気分が昂揚した。
心なしか、食堂にいる全員が配膳係の押してくるカートの上に大注目である。
厨房が料理を冷めさせない為に小さい鍋に移してからもう一度、煮立たせて、チヤが炊いた白いご飯も冷めないように入れ物に入れられている。
この気遣いは、1番楽しみにしているだろう『チヤ』にガッカリさせない為の措置で有り、厨房の「自信作ができた」との意思表示であろう。
給餌する使用人と、配膳する使用人が素早く『カレーライス』をお皿に盛り付けて、チヤとソフィアとウェルスンの前に現物を置いた。
チヤは期待に満ちた目で今この屋敷で1番偉い『お姉様の食前の挨拶』を待ったが、何故かお姉様は顔を引き攣らせている。
そうである。
『カレーライス』とは、初めて見る者が見ると「お尻から出る排泄物」にしか見えないのである。
チヤの五感には「美味しそうな匂い」と「とろみのついたカレー」に「白いご飯」が乗っていて最高に美味しそうだが、ウェルスンにはそうは見えなかった。
痺れを切らしたチヤが「お姉様!食べましょう!」と、急かしてから、やっとウェルスンは正気づいて「え、ええ、そうね……」と、嫌々、食前の挨拶をした。
チヤは挨拶をした後に、食堂中の注目を集めているのを知らずに、ご飯とカレーをチヤの黄金比率でスプーンに掬うと、パクリと躊躇も無く食べた。
(こっ!これだっ!野菜はこの世界のものだが、スパイスは地球のものをつかっており、麦の種類が違うから「カレーもどき」になってはいるけれど、待ち望んだ「カレーライス」である!)
チヤは一口一口、目を閉じて味を噛み締めて、少し甘口のカレーの複雑な味わいを堪能した。
その目には少し涙が滲んでいた。
家族が多い家庭の味方の『カレーライス』。
昭和と平成に爆売れして『家族の多い家庭の定番料理』にまでなり、専門店が進出するほどの地位を築いた国民食である。
チヤの前世の記憶では「ハウスバーモンドカレー」が主品であり、CMがバンバンと放送されて「リンゴとハチミツ」が入った豪華な総合栄養食だった。
だが、他社も負けてはおらずに、独自の『カレールゥ』を作り、売り上げを伸ばしていった。
道を歩けば、何処かの家庭から「カレー」の匂いが良く漂っていたのを思い出す。
それも時代を見れば「遥か昔」の前時代の食べ物であるが、日本人は思い出したように「カレー」を定期的に食べるものとして認知されていたはずである。
チヤとしては『刺身』も好きだが、昨日から『カレーのお口』になっていたので、懐かしさと欲が満たされて、最高に幸せな気分になっており「そうか、この味がこの世界の『カレー』の味なのね」と納得して、子供サイズに盛り付けされたカレーをご飯一粒も残すこと無く、丁寧に平らげた。
ご飯を残すと「勿体無いおばけがくるぞ」と言われて育ったものである。
気持ち的には「おかわり」をしたかったが、チヤのお腹は多分9分目くらいはいっぱいになっており、静かに手を合わせてカレーを作ってくれた人々に「ご馳走様」をした。
少し、日本の気持ちが呼び覚まされたチヤだった。
小学校の頃に、おじいちゃんがいておばあちゃんがいて、お父さんにお母さん、妹で食卓を囲み、『カレーライス』を笑顔で食べた、あの頃を思い出していた。
「ち、チヤ?大丈夫?お腹が痛い?」
ふと、聞こえた声に現世に呼び戻されたチヤは、聞こえたお母さんの声の方を振り向いた。
「チヤ、涙が出てるわよ?この食べ物は、ちょっとチヤには早かったのではないかしら?」
チヤは、言われて目元に手を持ってくると、知らないうちに目から涙を流していたようで、軽く拭うとお母さんの方を見て、にぱっと笑って言った。
「カレーライスが美味しすぎて、涙が出ちゃった!また食べたいな!」
お母さんはホッとした顔をして食事を再開させた。
チヤが周りをよく見ると、お姉様とお母さんがお上品にカレーを食べていて、それを使用人達がガン見している。
チヤは前世とは違う「カレーの有る食卓」に、くふっと笑った。
料理を食べ終えたチヤの元に、すすすっと近づいてきたのが本日も食堂に控えていた料理長である。
「チヤ様、料理はいかがでしたか?」
いきなり背後から聞こえてきた声に驚いたチヤだったが、バッと振り向くと斜め後ろに料理長が真面目な顔で立っていた。
いや?心なしか口元が笑みの形になっているかも?
チヤは「とっても!満足です!」と自信を持って答えたが、料理長は騙されなかった。
「チヤ様、僭越ながら、私の意見を言わせてもらうと……この『カレー』と言う料理には様々な可能性を秘めているように思えます。
他の料理を知っておいででしたら、また厨房にお越し頂き、料理人に教えていただきとう存じます」
チヤは料理長の顔をガン見した。
『カレー』に可能性を見ただと!?料理長、侮れん!
確かにカレーには「カレーうどん」や「各種肉、各種魚介類、各種野菜のバリエーションカレー」に「カレーコロッケ」などなど、アレンジ出来る料理はたくさん有る。
料理長!恐ろしい子!
「ま、また、食べたくなったら、厨房にお邪魔します」
料理長は満足げに返事をした。




