王都の外は怖いよ
誤魔化せたか!?
と、思ったクルガー商会長は話の修正をはかった。
「あ、あー、なんだっけな、そうだ!収納鞄だ!」
いきなり叫んだクルガー商会長に驚きながらも「うんうん」とチヤは話にのった。
「えーっと、容量、倉庫3棟分……時間停止、不壊で、新品、原価で、の収納鞄で、3000万ルビ、だったな!
ぼそっ、えっ?マジで?本気?これ、国宝級だぜ!」
思わずクルガー商会長が言葉を崩してしまうくらいの好条件だった。
チヤは、ひたすら頷いていたけれど、はっ!と思い出して言葉を付け加えた。
「ローンでの支払いはOKです!」
チヤの言葉の意味は部屋の中の誰にも伝わらなかった。
「ろーん?おーけー?」
「はい!ローン、OKです!」
クルガー商会長が意味不明の言葉を繰り返したのだが、チヤは確認だと思って思い切り言い切った。
「いや、意味がわからないんだが?ろーんとは?おーけーとは?何の意味だ?」
思わず日本語で話してしまったらしい。
チヤは今度はクルガー商会長にわかるように言い直す。
「分割払いを受け付けます!あっ!ですが、初めにまとまったお金が欲しいです!私のお金にも限りがあるので買えないと困ります」
これだけで、クルガー商会長は「今からエルフに買うんだな」と理解したが、賢く、と言うか、同じ過ちは繰り返さなかった。
本当は『エルフ』とお近付きになりたい。
本当に『綺麗』なのか確かめたい。
と、いう欲をグッと我慢して、自分の中で思考した。
「……初めに、2000万ルビ、なら、出せるかな。チヤ君はどうだ?この金額では、残りの1000万ルビは分割払いに出来ないか?」
生活費を残して、蓄財を全て払えば出せる金額をクルガー商会長が言った。
商会のお金で買うわけでは無いようだ。
「自分の子供に収納鞄を残してやりたい」という親心が滲み出している。
実は原価で3000万ルビとチヤは言ったが、王家などに持ち込めば、その3倍の金額は軽く貰える。
交渉次第では何倍もの金額になる性能の『収納鞄』だ。
クルガー商会長は正しく『収納鞄』の価値を知っていた。
そして、予想では王家で3倍だが、リスクを承知で金持ちに売り出せば、5〜8倍の値段を出してくれる。
その代わりに『殺害される』リスクも有るが。
『収納鞄』を持っている者を知っているのならば「殺して奪えばいい」と考える富裕層は少なくない。
こんな世界で富豪をしているのだ。
汚い金儲けをしている者は多い。
誤解されがちだが、王都を一歩でも出れば『無法地帯』と変わらないのだ。
いや、勿論『法』は有るが「誰にも見られなければいい」「目撃されても殺せばいい」と考える悪党もいる世界で、護衛無しに王都外を歩く馬鹿はいない、とは、言えない状況だ。
王都を目指して歩いてくる命知らずはいるし、冒険者などはピンからキリだ。
『己の命は己で守らなけばいけない』
そんな世界である。
チヤが今、考えているよりも、もっと厳しい世の中なのだ。
チヤは『運命の神様に愛されている』と考えてもいいだろう。
【家族】という、己を守護してくれる者達が出来たのだから。
チヤは貧民街で生まれ母と共に育ったが、それ以上に酷い環境があることを知らない。
勿論、スイード伯爵家は善政を行っているので、箱入りお嬢様として育ったソフィアも知らない。
見た目は少年だが、人が生きる一生を生きた父・アンドチヤは知識だけは知っていたので、ソフィアを逃す時に王都を咄嗟に選んだ。
幸運に幸運を重ねてソフィアとチヤは生き残れたのだ。
なので、現実を知っているクルガー商会長はチヤに注意をした。
「……チヤ君、真面目な話をするよ。君の為だ。良く聞きなさい。『エルフ』と関係が有ると思われてはいけない。『収納鞄』を売るなどは絶対に信頼できる人にしか言ってはいけない。『収納鞄』を持っているとも言ってはいけない。
これを守らなけば、チヤ君は近いうちに『殺される』よ」
クルガー商会長は『残酷な現実』をチヤに突きつけた。
正しい、と思いながらも、注意するか悩んだ筆頭護衛・シャルフはチヤの為に黙することに決めたようだ。
成り行きを見守る。
「……この世界は、そんなに酷い人が、悪い人が、いるのですか?」
チヤは言葉を確かめるように、ゆっくりと言った。
クルガー商会長は6歳の子供のチヤに大人へと成長してもらう為に言う。
「ああ、たくさんいるよ。王都は比較的、安全だけど、王都を出る時は覚悟をするんだ。
自分と家族を守り、犯罪者を殺す覚悟を持ちなさい。
酷い領地では、違法奴隷が当たり前のように存在する。チヤ君は決して護衛と離れてはいけない。君は可愛いくて体重が軽いからね。すぐに誘拐されてしまうよ。出来るなら大人と手を繋いで、絶対に離してはいけないよ。
君がスイード伯爵の領地から無事に帰ってくるのを祈っている」
チヤは地球でも、簡単に犯罪が起きる国を知っていた。
餓死する国も知っている。
洗脳教育の恐ろしさも知った気になっていた。
己も洗脳されているかもしれないのに。
信じられるものが自分しかいないと孤独感に落ちようとしていたチヤの手を掴む手があった。
侍女のセーラの手だ。
つられて、セーラを見ると真剣な顔をしていた。
「大丈夫です。チヤ様は我々側近が必ず、お守りします」
セーラの真剣な瞳に強烈な強さを感じて、思わず護衛を見たら、シャルフも真面目な顔をして「お守りします」と言ってくれた。
チヤはこの時に初めて側近の3人を家族認定したのかもしれない。
感想で楽しく読んでいただいているようなことを書いてくださり、ありがとうございます。
これからもチヤの小さな日常生活をお楽しみください。