問題解決?いや、警戒! 3
インベルト商会に行った次の日に、おじいちゃんとのんびりしていると、緊急の知らせが入った。
「インベルト商会の倉庫が火事!?」
「あ、いえ、商品の2割ほどが盗まれたそうですが、最後に火をかけたのは苦し紛れだろうとの見解です。
他の物に燃え移る前に衛兵が火消しに成功したようですので」
インベルト商会の紹介員はそう言って報告は終えたと礼をして帰ろうとしたのを止めた。
「怪我人は?いるの?」
ちょっと、緊張した声になってしまった気がする。
商会員は真面目に答えてくれた。
「倉庫警備に雇っていた者が5人重傷ですが、教会での治療を受けて体は治っているようですが、暗闇に恐怖を覚えるようで、寝ることを異常に怖がっているようです」
雇ったばかりと聞いていたのに、体は治っても心に傷ができてしまった。
普通に生活できるまで、どれくらいかかるだろうか?
報告が終わったと見るや、商会員は私とおじいちゃんに頭を下げてから退室した。
私はおじいちゃんを見て宣言する。
「今からインベルト商会に行って来ます」
ちょっと、いや、かなり、「危ないから!」とおじいちゃんに引き留められたが、騎士を大勢連れて行く事で、お出かけは許された。
そして、騎馬騎士に守られた私の馬車は、多いに注目を集めて『インベルト商会』へと到着した。
急な来訪の為に、すぐにクルガー商会長に会えるとは思っていなかったが、忙しい中で時間を私のためにとってくれた。
「すまない。今日は忙しいんだ。急用以外は後日にしてほしい」
本当に忙しいようだ。
何でも「インベルト商会は恨みを買っているから、倉庫に放火されたらしい」という噂が昨夜の事件なのに、異常なほど早く噂が広がり、商会の経営もストップしていて、インベルト商会が被害者なのに『加害者』扱いをされているらしい。
まあ、緊急事態だわな。
「倉庫警備に入っていた者が重傷で暗闇恐怖症になってしまったと聞きました。保証はどうするのですか?」
「保証?警備の雇用契約を結んでいたんだ。治療費を全額支払ったことで充分だ」
当たり前のような顔をして言い放つクルガー商会長に失望を覚えた。
「シャラーップ!!この野郎!人の人生をなんだと思ってやがる!今後働けなくなるから保証が必要だろう?!何を考えているんだ!」
私がいきなり叫ぶのに慣れていたクルガー商会長も、これにはぽかんとした顔だ。
「い、いや、雇用主にはな?治療費すら出さない者が多数いる中で、我が商会は、とても手厚い看護をしている。これは、事実だ」
クルガー商会長は当たり前の弁明をした。
この時代の庶民の命は安いのだ。
それを、雇ったばかりの警備員が役に立たないまま、大怪我負い、その怪我を無料で全て治したのは破格とも言える待遇だった。
事実、怪我人に昨夜の情報を聞きに行った商会員は被害者家族から大変感謝されたとの報告もある。
クルガー商会長の経営理念は『誠実』だ。
この時代にしては先進的な考えをしている。
だが、日本の賠償なんかを知っているチヤには生ぬるかったようだ。
医療ミスで妹が障害を持ってしまったのもあったかもしれない。
チヤは、もう何も言わずに『灯りの魔道具5個』と『銀貨5枚(500万円)』を机の上に置いた。
「これを、今回重傷を負った被害者達に謝ってから、クルガー商会長自ら渡してください。なるべく人目につくようにして」
クルガー商会長は馬鹿では無い。
それよか「国立学校」を卒業している秀才だ。
チヤの言わんとしている事がわかった。
『インベルト商会』の強盗被害者に手厚く感謝と謝罪の品を持って噂の上書きをしろと言っているのだ。
しかし、チヤはクルガー商会長が誤解するように誘導して、ただ純粋に被害者達に賠償を行いたかっただけである。
前世で障害を持ってしまった妹と、生まれたばかりの姪っ子の子育てをしながら、担当医を裁判にかけた経験があるので、怪我や障害を負うのは、どれだけ精神的にも肉体的にも追い詰められるか分かるだけである。
「チヤ君の考えは理解した。お金は商会が出す。魔道具の値段はいくらだ?買い取るぞ」
賢いクルガー商会長は賠償全てを請け負うつもりだろうが、チヤは自分が王都から離れると言ったから、インベルト商会が貸し倉庫を借りるに至ったと責任を感じているので、そのまま無料で受け取ってもらいたい。
「魔道具は私からの賠償です。クルガー商会長が納得の上なら、お金は引っ込めますが、どうしますか?」
クルガー商会長は真面目に言った。
「もちろん金は商会から出す。安心してくれ。それでは魔道具は受け取るぞ。転売されても知らんからな」
クルガー商会長は、最後にボソッと一言付け加えた。
貧しい生き方をしてきたせいで、転売という行為をする人たちがいることを知っている。
それでも、チヤの自己満足で暗所恐怖症になってしまった人に灯りを届けたかったのだ。
チヤはクルガー商会長に託した。
「よろしくお願いします」
チヤは自然と頭を下げて礼を言った。
「本当に感謝した時には自然と頭が下がる」と言ったのは誰だったか?
チヤは身をもって体験した。