始まり
「お母さん!しっかりして!」
「ゴホッ!ゴホッ!ゴポッ!」
お母さんの口から赤い、赤い、鮮血が垂れたーー
血、だ。どこかで?ーー
ズキッ!!
「あっ!?」
私は頭が割れるように痛くなって、お母さんのベッドの横にしゃがみ込んだ。
痛いっ!痛いよっ!お母さん!たすけ……て……。
「チヤ!ゴポッ」
チヤの母も口から血を流し流しながら、自分の娘を弱った身体でベッドに引き上げた。
母・ソフィアは口元の血を拭うのも忘れて、自分の娘・チヤの青ざめた小さな顔を見つめた後に、血が垂れてしまった口元と手を洗いにチヤが汲んでくれた水瓶までヨタヨタと歩いていった。
病気と貧困で痩せてしまった自分の手を見つめながら、もう帰らないと思っていた実家に助けを求めるかを悩みながらーー。
◇◇◇
ーーチヤは、気絶した夢の中で自分の知らない人生を経験していた。
「お母さん、今日のお弁当も美味しかったよ。私、今からバイトに行ってくるね」
「お帰りなさい。気をつけて行ってきなさいね。今日はお父さんが早く帰ってくるけど、一緒に晩御飯は無理そうかい?」
「そうだね。多分遅くなるから、お母さんは寝てていいよ。自分で食事作るから」
記憶を思い出しては、幸せだと特に思っていなかった日常過ごし、女子高生の頃だった自分の日常を追体験する。
ーーああ、そうだった。
この頃は何気ない日常を幸せだと気づけなかったのだ。
「先生!こちらのお客様が処方箋をお持ちになったので、お願いします!」
「ああ、ありがとう。お客様、処方箋をお預かりします」
ーーそうだ、あの頃はドラッグストアにバイトにいっていて、なんとなく併設された薬局に興味があったんだ。
そこで「薬剤師は儲かるよ」と給料を聞いて、将来の夢が特に無かった私は、薬剤師になる為には大学で勉強しないといけないと知って勉強を始めたんだ。
貯金もこの頃から始めた。
家は一般家庭だったし、お金持ちでもなかったから、学費の足しにでもなればと目標が出来て生活にハリが出た。
ーー多分だけど、この頃には父親の体をガンが蝕み始めたのだ。
そして、バイトを続けながら大学3年生の時に、父親がお腹の違和感で病院を受診してステージ4の末期癌が発見されて、緊急入院になった後そのすぐ後に担当医が開腹手術をして「転移が多くて、ガン細胞を取りきれませんでした。……おそらく後、3ヶ月から半年の命でしょう」と母と2人で聞いて、母が泣き崩れた。
それからの父は頑張って生きたと思う。
先生が言った半年を過ぎて、抗がん治療で髪が無くなり、身体が痩せても1年間生きて、母と私と妹と思い出を作ってくれた。
私も大学は休学して、父と家族の思い出を積み重ねた。
最期の父は、げっそりと痩せてしまい、生前の健康だった肉体が見る影も無かった。
家族、親戚で頑張って生きた父を見送った。
それからの生活は、父が真面目な性格だったから貯金や保険も降りたし、生活には不自由はなかったけども、母が外に長時間働きだした。
多分、妹の学費と生活の為だったのだろう。
私は大学で6年勉強して、国家資格を取得して薬剤師として働き始めた。
節約をする為に家から通える場所に就職して、家にもお金を入れた。
田舎だった我が家のある町も、開発ラッシュで家々が建ち始めて、近所は生活に便利な環境へと進化していった。
ーー数年は何事も無く平和に過ぎ去ったが、突然に母が倒れたと連絡を受けて、慌てて妹と病院に行くと……母の突然死を告げられた。
妹と2人で母の遺体を前に呆然とした。
ーー最近の母は、よく咳をしていた。
ーー母は、こんなに痩せていただろうか?
ーー何故、私は母の不調に気が付かなかったのか?
母の葬式で小さな棺桶に入った母とお別れをして、妹を支えて喪主として振る舞った。
……流石に、妹と2人で母の骨を拾った時には涙が溢れてしかなかった。
ーー母はこんなに小さかっただろうか?
幸い……と、言ってはいいのか、父の教訓から母は自分に多額の保険をかけていたので、貯金だけは一生働かなくてもいいだけはあった。
それからは大学に通う妹と2人暮らしだったが、大学卒業前に妹から「話がある」と言われたので「何だろう?」と思いつつも、指定された日にお休みを貰い、妹と話をしようと思ったら「紹介したい人がいる」と言われて、朝の9時に若い青年が家にやって来た。
そこまで鈍くない私はピン!ときて、深妙な顔をして2人と向き合って座ると、青年が挨拶をしてきて「妹さんと結婚させてください!」と言われた。
ちょっと驚いた。
「いやいや待てよ」と。
そこは「妹さんとお付き合いさせてもらってます」だろうがよ?と。
驚いている私に妹が「赤ちゃんが出来たの。学校を卒業したら結婚して産むから」と言われて驚いたが、減るばかりの家族が増えるのだ!
喜ばしい出来事で、妹と2人で子供服のパンフレットなどを眺めて過ごし、大学を卒業して妹の旦那となった青年と妹の出産の立会いを望むと「恥ずかしいよ。お姉ちゃん」と、照れながらも最後には了承してくれた。
ーー運命の日。
妹の陣痛が始まったので、仕事を早退して妹に付きっきりで励まして病院に着いたが、初産だったこともあって、長い、長い時間の間に、トイレに付き添い、食事を食べさせて、妹の腰を摩り、新社会人になったばかりの青年が仕事を終わらせて駆けつける頃には分娩室に入って、妹の汗を拭い水分を摂らせていた。
青年もスーツ姿で「頑張れ、頑張れ」と妹を励ましていた。
ーーまさか、出産で悲劇が起きるとも思わずに……。
長い時間がかかったが、赤ちゃんが産まれた後に先生が叫んだ。
「献血を!!至急だ!!」
と。
何が起きたのかわからなかった。
妹がぐったりと青い顔で意識を失い、看護師さん達が走り回って妹を何処かに連れて行ったーー