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法則の輪郭

 断熱結界の内と外。空気の密度すら違うこの空間において、戦いはなお続いていた。

 結界の中では、ユーラと統率者――能力者を捕食し、進化した異形の模倣者が対峙し、刃と法則を交差させている。



 一方、外。

 通常の模倣者は既に三体が倒された。最初の一体はユーラが葬り、二体目はカイとミレイの連携で仕留め、三体目は暴走気味に蒼へと飛びかかり――そこで蒼の能力の片鱗が発動し、三人の連携で撃破された。

 残る模倣者は、外周に一体だけ。

 建物の陰に潜み、今も機を窺っている気配がある。

 蒼は荒い息を吐く。 体は震えていたが、心はまだ折れていない。


 彼が力を発動させた一瞬。空間がわずかに歪み、断熱結界に“揺らぎ”が走った。

 それを感じたのか、カイがぽつりと口にする。


 「……さっきのあれ……蒼、お前が止めたんだよな?」


 視線が少年の背に向けられる。

 蒼自身には確信はない。ただ、あの時、時間と空気の流れが歪んだのを“見た”――そして“意識した”。

 それだけだった。

 ミレイが鋭くあたりを見回す。


 「……最後の一体、まだ動いてない。気を抜かないで」


 カイが頷き、再び地面に掌をつけた。摩擦を変化させる準備だ。

 次の敵は、油断の隙を狙ってくる。

 そして――その時、結界に“揺らぎ”が走った。

 異なる法則空間が重なったとき、“境界の観測”にズレが生じる。

 それは、物理的な力というより――世界そのものがきしむような感覚だった。



 ――結界の中。

 ユーラと統率者のぶつかり合いは、もはや戦いではなかった。

 それは、法則と法則の“衝突”だった。

 慣性を操るユーラと、熱伝達を断つ異能を得た統率者。

 お互いの武器も身体も、次第に限界へ近づきつつある。


 「……持って……くれよ!」


 ユーラが重力の制御を反転させ、跳躍する。

 槍の一撃が、結界の空間ごとねじ曲げるように襲いかかるが、統率者はそれを読んでいたかのように躱す。

 その戦闘の余波が、ついに結界の“外”にも波及した。

 振動と圧が、外にいる三人――蒼、カイ、ミレイに届く。


 「中……やばいな……」


 カイが低く呟く。


 「私たちも……やるしかない」


 ミレイが小さく息を整える。

 その時――残る最後の模倣者が動いた。

 建物の陰から、一直線に蒼へ。


 「蒼ッ、下がって――!」


 ミレイが叫ぶが、間に合わない。

 鋭い爪が、再び蒼の視界に迫る。



 その瞬間だった。

 再び――世界が、静かになった。

 模倣者の動きが、妙に“遅く”見える。

 重さの感覚が、足元からずれた。

 蒼は、自覚する前に身体を動かしていた。

 右手を前に出し、意識を集中する。

 ただ、“観る”――

 この空間、この力、この接触。

 そして、また“止まった”。

 重力の“方向”が変わったのだ。

 模倣者の身体が地面に叩きつけられ、バウンドした。


 「今だ!」


 カイがその一瞬を逃さず、摩擦を奪った床の上を滑走する。

 ミレイが反発球を再生成し、回転を加えて放つ。

 蒼は息を呑んだ。

 自分が“法則”に触れている実感――

 それは、もはや偶然ではない。


 「いけえええええっ!」


 カイの一撃と、ミレイの反発球が、模倣者の頭部を同時に貫いた。

 紫の血飛沫をあげながら模倣者は倒れこんだ。

 蒼の手のひらには、わずかに力の“残滓”が残っていた。

 自分の手で物理法則を操るのは不思議と心地よさがあった。

 


 ――これで、外の戦場は終わった。

 蒼は、足を震わせながら、ふっと息をついた。

 カイが彼の肩に手を置く。


 「……お前、やっぱすげえよ」


 ミレイも頷く。


 「うん、今のは……絶対、偶然じゃない。あれは……観測の力、でしょ?」


 蒼は、自分の手を見つめる。

 熱も、光も、音も。

 物理学者として長年物理を学んでいた彼には、ほんの少しだけ、その“仕組み”がわかる気がしていた。

 



 ――結界の中、ユーラの戦いはまだ終わっていない。

 彼女の槍が、今、再びうなりを上げた。

──鈍く、空間が“揺れた”。

 ユーラの肩がわずかに落ちる。

 限界は近い。能力の継続時間と精度、そして彼女の肉体の負担。


 「……貴様、人間ごときが……ッ!」


 統率者が叫び、空間の熱を消失させる波を放つ。

 触れた構造物が瞬時に脆化し、結晶となって崩れ落ちる。

 ユーラは地を蹴った。

 空間の重力を瞬間的に“軽く”して跳躍し、次の瞬間には“重力の密度”をねじ曲げて落下加速。

 流星のごとく落ちてきた槍が、統率者の側頭部へ迫る。

 だが、統率者もまた一歩退き、熱の反転を拡散させて迎撃。

 爆風が走り、結界内の地面が波打った。


 「クッ……!」


 ユーラの足元が不安定になる。

 重力の流れが乱されると、彼女の動きは鈍る。

 その隙を見逃すはずもなく、統率者の爪が迫る。

 まるで避けられない角度からの一閃――

 ──けれど、世界が揺らぐ。


 「観測、補助するわ!」


 ミレイの声。

 空間座標の補正──乱れた重力やエネルギーの流れを整え、能力者の“観測精度”を安定させるための補助行為。ミレイはこれが得意だった。

 結界の外から、空間座標の“補正”を発信する。

 まるで、乱れた楽譜を読み解き、正しい音階へと導くように。

 精密な能力操作には、空間そのものの座標情報が重要になる

 わずかな揺らぎだが、ユーラには十分だった。


 「……ありがとう」


 重力を再構成、身体を浮かせる。

 倒れこむような姿勢で、ユーラは槍を構えた。

 視界の端に映る、仲間たち。

 蒼が、その手で何かを“起こした”ことにも気づいていた。


 「まだ……終わらない!」


 全身の重力を集中。槍先に質量を集束させる。

 統率者の熱遮断の力も、範囲には限界がある。


 「重力波・集中偏向」


 ユーラの観測が空間を上書きする。

 槍が空気を裂き、重力の震えが“爆縮”のように展開される。


 「……これが……っ!」


 統率者の防御が破られた。

 衝撃が骨ごと砕き、肉体を崩壊させる。


 ──観測、完了。

 模倣者、消失。

 結界が解かれ、風が静かに吹き抜ける。

 戦いは、終わった。

 ユーラはゆっくりと膝をつき、息を吐く。

 彼女の表情は、少しだけ緩んでいた。


 「……ふう」


 外で見守っていた蒼たちが、駆け寄ってくる。


 「無事……か?」


 蒼が声をかけると、ユーラは小さく頷いた。


 「ええ。でも……」


 彼女は蒼の目を見つめ、言った。


 「……あなたの“中”で、何かが起き始めているわね。今の反応、偶然じゃない」


 蒼はその視線を受け止めた。

 確かに、自分の中で何かが動き出している――

 そんな確信があった。


 「……これから、ちゃんと学ばなきゃな。自分の力を」


 ユーラはその言葉を聞いて、ほんのわずかに、優しく笑った。



専門用語多くてすみません、設定は練ってるつもりなのですがどうしても難しくなる部分もありそうです。わかってもらえるよう頑張りたいと思います。

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