慣性の槍
緊急通達が発令されたのは、日没直後だった。
防衛区画B-07、惑星〈リル=レア〉の第二衛星都市。
夕暮れの柔らかな光が街の輪郭を淡く染める中、人々の避難が始まる前に、既に“奴ら”は侵入していた。
――模倣者。
人間の姿を真似て社会に紛れ込み、能力者を捕食し、力を得る異星種。
本来は単独で動く生物であり、群れることは極めて稀だ。
なぜなら、同種間でも能力を奪い合い、共食いに近い争いが起こるためである。
だが、今回の通達は異例だった。
情報班によると、4~5体もの模倣者が集団で行動しているのだ。
ユーラ=ユリウスは静かに双刃槍を握り直し、暗闇の中、前方の影を見据えた。
彼女の手にある槍は、重力制御結晶を芯材とし、彼女の能力を具現化する特異武装。
ユーラの能力と共鳴し、絶大な力を発揮する。
「蒼、ここからは見ているだけよ。無理は禁物」
ユーラが背後の少年に目を向ける。
蒼はまだこの世界に来て間もなく、戦闘経験はない。
怯えながらも、必死に頷く。
そこへ、灰銀の短髪を揺らしながら、2人の若い能力者が姿を現した。
「お、そっちが噂の転移者ってやつか?」
カイ=マルクスは地面に手を置き、摩擦係数を自在に操る能力で足元の砂利を固めた。
彼の能力は地形操作に長け、戦場の安全確保を担っている。
「俺はカイ。よろしくな」
隣に立つのは、青髪で冷静な表情の少女。
彼女は手のひらに小さな反発エネルギーの球を浮かべ、警戒を緩めない。
「ミレイよ。反発の法則を操るわ。攻防に使えるけど、まだまだ修行中」
ユーラは二人に向き直り、声を落ち着かせて言った。
「そう、彼が新しく加わった仲間、蒼よ。まだ観測の初期段階だけど、これからの戦いで多くを学ぶはず。」
カイは少し驚いたように蒼を見つめ、ミレイも無言で頷いた。
ユーラは蒼の背中を軽く押し、言葉を続けた。
「今は見学が主な役割。無理をしないで、しっかり学ぶことが大事よ。 あと最後に私は慣性の法則を操るわ。」
緊張の中、蒼は静かに息を呑んだ。
彼にとって、これが初めての“戦場”の光景だった。
空気は重く張り詰めていた。
模倣者たちは、瓦礫の影に潜みながら、奇妙な静寂を保っていた。
無言のまま、しかし明確な“意志”をもって隊列を維持している。
それは単なる本能ではない。まるで何者かの指揮を受けているような整然さだった。
「妙ね……前に出てこない。何かを待ってる?」
ユーラが双刃槍を構えながら、鋭く視線を走らせた。
彼女の重力感覚が捉える限り、周囲には最低でも五体の模倣者がいる。
だが動かない。人型のまま、ただこちらを“見て”いる。
不意に、右手の高台の上、屋根の端に人影が現れた。
「来るわ、構えて」
ユーラの声が落ちると同時に、模倣者の一体が跳躍した。
人間離れした筋力で瓦礫を跳ね、まっすぐユーラに突っ込んでくる。
その瞬間、重さと速さが交錯する。
闇を裂くような、乾いた一撃。
――ヒュッ、ドン!
ユーラの《インパルススピア》が真横から模倣者を叩き落とした。
空間に残った残像が、槍が“減速していない”ことを示している。
「……慣性固定」
彼女が静かに呟くと、槍に加えた運動量がそのまま保たれ、
模倣者は骨ごと砕かれ、建物の壁に叩きつけられた。
「相変わらず、やべえな……」
カイが半ば感嘆混じりに呟いた。
「こっちも来るわよ!」
ミレイが反発球を撃ち出し、別方向からの跳躍攻撃を弾き返す。
球が衝突した瞬間、異様な反動が生まれ、模倣者は逆方向へ吹き飛ばされた。
「威力制御、難しい……!」
額に汗を浮かべつつ、ミレイは着実に距離を取る。
その隙に、カイが地面に手を這わせ、足場の摩擦を操作した。
「よし、滑れ――!」
カイの足元から放たれた帯状の低摩擦フィールド。
そこに踏み込んだ模倣者は、動きを制御できずに滑り、無防備に転倒。
「今だ、ミレイ!」
「了解!」
反発球が唸りを上げて炸裂する。模倣者の胸部に直撃。
黒い肉塊が砕け散り、紫の血が夜気に溶けて消えた。
――それでも終わらない。
「後方、動き有り!」
蒼が思わず声を上げた。
彼はただ見ているだけの立場だったが、異変に気づいたのだ。
「……違う、あれは」
黒い個体が、ゆっくりと歩いてくる。
先ほどの模倣者たちとは、明らかに“質”が違っていた。
人間のような姿をしているが、目の奥が濁らず、赤く澄んでいる。
骨格はやや異形で、皮膚の下に硬質な何かが浮かび上がっている。
そして何より――纏っているのは、能力者の防衛スーツだった。
「……まさか、もう捕食済み?」
ユーラが小さく息を呑む。
統率者級模倣者。
本来、模倣者は観測で一時的な能力を真似るだけ。
だが“捕食”を経た個体は違う。観測能力を完全に自分のものとし、より強力に再構築している。
「能力反応、遮断されてる? いや……周囲の熱流もおかしい……!」
カイが歯を食いしばった。
統率者は一歩前に出ると、初めて口を開いた。
「お前たちの法則は……狭すぎる」
その瞬間、空気が“止まった”。
熱が失われ、風が止まり、時間が凍ったかのような錯覚。
――断熱結界が、周囲一帯を覆っていた。
空気が凍りつき、光さえ鈍る。
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