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闇に宿る声

作者: 喜楽社長

チャプター1 行軍訓練


暑い夏の日、江原道華川に位置する必勝師団新兵教育大隊に新たに配属されたチョン・イルホン大尉は、これから2年間勤務する大隊の守衛所を見つめていた。


「またここに戻ってきたか……あの出来事からもう6年も経ったとは……時が経つのは本当に早いな。」


チョン大尉は6年前、少尉として任官した後、ここ新兵教育大隊第2中隊第4小隊長として軍務を開始していた。当時も今と同じように酷暑の日々だった。


*****


2016年夏、第2中隊第4小隊長を務めていたチョン・イルホン少尉は、翌週に予定されている40km完全軍装行軍訓練に備え、訓練兵たちの体力点検のために部隊の裏にある野山で完全軍装での山岳行軍訓練を行うことにした。


野山は頂上までの直線距離で10kmしかないが、完全軍装をした上に、江原道の野山は険しいことで有名であり、40kmを完走できる体力がなければ頂上にたどり着けなかった。だから本格的な訓練の前に体力点検として最適な訓練だった。


予想通り、訓練兵たちは予定のコースの半分にも満たないうちに疲れ果て、倒れる者が続出し始めた。


中間休憩地点で休んでいる兵士たちは、少し歩いただけで泣き言を言いながら倒れており、チョン・イルホン小隊長は心配になった。


「そ、小隊長。出発前に間違ったことを教えたのではありませんか?これはどう見ても10kmではなく、40kmを歩いているように感じます。」


訓練兵の虚弱な体力を見て中隊長に叱られたことを思い出し、すでに頭が痛くなっていたチョン小隊長は、さらにわけのわからないことを言い出す兵士まで現れ、ため息をついた。


「頂上まで行ってから降りるのが10kmコースだから、俺たちはまだ5kmも歩いていないんだ、この情けない奴め。」


5kmも歩いていないという小隊長の言葉に、訓練兵たちはそんなわけがないと叫び、さらに小隊長のため息は深まった。


その時、一人の訓練兵が耳の中をしきりにほじりながら周囲を見回していて、何か不安そうに顔が青ざめていた。


「あいつ、また何をやっているんだ?」


小隊長は異常行動をしている訓練兵に近づき、何かあったのか尋ねた。


「パク・ジウン訓練兵!」


パク・ジウン訓練兵は自分の名を呼ばれて驚いたが、習慣とは怖いもので、すぐに号令通りの自己紹介をした。


「はい!!58番訓練兵パク・ジウン!!」

「なぜそんなに周囲をキョロキョロしているんだ?うちの部隊の景色がそんなに美しいのか?」

「あ、いや、それは……」


どもりながらきちんと話せないパク訓練兵の様子に、小隊長の疑問は増すばかりだった。


「じゃあ何だ?はっきり言え!」

「お、異様な声が聞こえるんです。」

「異様な声?」

「はい!誰かが私にずっと話しかけているんです。」


小隊長はパク訓練兵のわけのわからない話に耐えかねた。


「おい、坊主!今お前の周りに小隊員85人いるだろ?声が聞こえるのは当たり前だ。何をふざけたことを言ってるんだ!!」

「そ、そうじゃなくて……頭の中で直接聞こえてくる感じなんです。」


続くわけのわからない話に怒りが頂点に達し、訓練兵に体罰を与えようとしたところ、副小隊長のパク・ギヒョク中士が近づいてきた。


「小隊長、ちょっと待ってください。」

「何だ、副小隊長。」

「訓練兵たちを相手にしていると、こういうわけのわからないことを言って訓練を免れようとする奴が必ずいます。あまり気にしないでください。気にすると、そういう奴らの思うつぼです。」


経験豊富な中士の助言に、小隊長の怒りはようやく収まった。


「確かに副小隊長の言う通りですね。それでは訓練を続行しましょう。」

「了解しました。」


副小隊長が小隊長の指示で兵士たちに行軍再開を命じると、兵士たちは泣き言を言いながらも一人ずつ起き上がり始めた。


*****


幸いなことに一人の落伍者もなく頂上に到着し、小隊長の心配は少し和らいだ。


「みんなお疲れ様。ここで10分間休憩を取り、再び下山する。」


休憩という言葉に、訓練兵たちは皆その場に座り込み、事前に配られた水筒の水を飲みながら休んでいた。


チョン・イルホン小隊長は、さっきまでわけのわからないことを言っていたパク・ジウン訓練兵に近づいた。


「おい、パク・ジウン!」

「はい!!58番訓練兵パク・ジウン!!」

「もう誰からも声はかからないか?」

「休憩地点を離れてからは全く聞こえません。」


チョン小隊長とパク・ギヒョク副小隊長は、厳しい区間は終わったと、もはや嘘をついて訓練や作業を免れようとしない訓練兵の姿に苦笑いしたが、それでも落伍せず頂上まで来た事実に誇らしく思い、二人とも特に指摘せずに他の訓練兵たちを見回しに動いた。


10分の休憩時間が過ぎると、副小隊長は再び訓練兵たちに訓練再開を指示した。


「さあ!下山するぞ!全員起立!」


訓練兵たちは皆うめき声をあげながら起き上がり、整列して行軍の隊形をとると、小隊長が出発を命じた。


そのように隊員たちと順調に山を下っていた小隊長と副小隊長は、再び周囲をキョロキョロしているパク・ジウンの姿を見つけた。


「おい!パク・ジウン!また何をやっている?」

「そ、それがまた声が聞こえるんです。」


また声が聞こえるとわけのわからないことを言うパク訓練兵の様子に、普段は冷静を保つパク副小隊長もついに堪忍袋の緒が切れた。


「この野郎、甘やかしてやるから調子に乗りやがって。ちゃんと体罰を受けてみるか?!」


副小隊長の怒鳴り声にもかかわらず、パク訓練兵は不安に駆られて周囲をキョロキョロするばかりだった。


その時、周りの他の訓練兵たちも異様な声が聞こえると言い始めた。


「僕も聞こえます!!」

「私にも聞こえます!!」


訓練兵だけでなく、自分も聞こえると主張する教官もいた。異常な声が聞こえると主張する訓練兵は10人を超えていた。突然異様な行動をする訓練兵たちの姿に、他の訓練兵たちも恐怖に包まれ戸惑っていた。


「こいつら黙っていないのか!!一体何の声が聞こえるっていうんだ、この野郎どもが!!」


パク・ギヒョク副小隊長と教官たちは訓練兵たちに怒鳴りつけたが、騒ぎは収まらなかった。


その時、チョン・イルホン小隊長が周囲を見渡し、鳥肌が立つのを感じた。そして副小隊長を呼び、指示した。


「副小隊長!急いで下山しましょう!」

「え?……はい、わかりました。」


青ざめた顔で話す小隊長の様子を見て、副小隊長は小隊長までおかしくなったと思ったが、急いで下山しようという提案には賛成だったため、何も言わずに指示に従った。


しかし、部隊に戻ると、訓練兵たちは再び異様な行動を見せた。さっきまで聞こえていた声が嘘のように聞こえなくなったと言っていたのだ。


状況を理解できなかった副小隊長は、青ざめている小隊長に近づいて質問した。


「小隊長、さっきなぜ突然急いで下山しようと言ったのですか?」


副小隊長の質問に、小隊長は真剣な表情で口を開いた。


「さっき小隊員たちが異常な行動をしていた場所がどこか分かるか?」

「え?あ、ええと。」

「ちょうどパク・ジウン訓練兵が声が聞こえると言ったその場所だ。ところがその場所を離れると声が聞こえないと言い、またその場所を通ると声が聞こえたと言った。今回は複数だ。これは単なる偶然だろうか?」


パク・ギヒョク副小隊長もその時、小隊長の言いたいことがわかった。


「確かにそうかもしれませんが、憶測が過ぎるのでは?」


憶測が過ぎると言う副小隊長に、小隊長は小隊長室に戻り、異常な行動を見せた兵士たちを呼び面談した。


そして今回は小隊長だけでなく、副小隊長までも鳥肌が立った。


兵士たちは皆個別に面談しても、聞こえた声の内容を全員が同じように話していたのだ。


『誰かここから助けてくれ。』


ただ、その謎の声が伝えた意味が何なのかはわからなかった。


チャプター2 夜間警戒勤務


必勝師団の新兵教育大隊第2中隊第4小隊に所属するイ・ハング教官は、本日の夜間に行われる訓練兵たちの夜間警戒勤務のため、教育が盛んに行われていた。


訓練兵たちは夜間警戒勤務に出ることはないが、今後各自の配属部隊に行けば勤務に投入されるため、教育大隊では半分体験という形で夜間警戒勤務を経験させることになっていた。


該当する4小隊は本日夜から初めて出る訓練兵たちがミスをしないように教育を徹底し、勤務へ送り出した。もし勤務で訓練兵がミスをすれば、教官たちが代わりに叱責を受けるからである。


教育を終えたイ・ハング教官は訓練兵たちを見渡しながら言った。


「我々4小隊の誇りをかけて、絶対に出てミスなどあってはならない。分かったな!!」

「はい!! 分かりました!!」


自信満々に大きな声で返事をする訓練兵たちの姿に満足したイ教官は訓練を終了し、訓練兵たちに休憩を指示した。


*****


夜となり、最初の夜間警戒勤務班の訓練兵たちが教官たちと共に大隊本部へ出発した。


本部に着くと、本部建物の前には勤務地へ出発するための期間兵たちがすでに待っていた。


教官たちは訓練兵たちを期間兵に預けながら言った。


「それではよろしくお願いします。」

「分かった、心配するな。」


新兵教育大隊に勤務する兵士が皆訓練兵を教育する教官ではない。部隊を管理するための存在である期間兵たちは、訓練兵たちと一緒に行くのがただただ面倒だった。


彼らは歩きながらも、まるで訓練兵に聞かせるかのように大きな声で愚痴をこぼしながら警備所へ歩いていた。


「本当に面倒くせぇ。教官がやるべき教育訓練をなぜ俺たちに押し付けるんだよ。」

「ああ、まったくだよな。しかも教官どもが文句言うのが見てられねぇよ。」


期間兵たちが愚痴を言いながら歩いているので、訓練兵たちはまるで針のむしろのようだった。


期間兵と訓練兵たちが警備所に着くと、期間兵たちは規定に違反して訓練兵に詰所を任せ、自分たちは警備隊長室へ入ろうとした。


「俺たちは行って休んでるから、ちゃんと警戒してろよ。」

「はい、はい。あ、わかりました。」


隊長室へ入ろうとした副射手の期間兵は、緊張で固まっている訓練兵たちの姿を見て意地悪な思いが湧き、訓練兵たちをからかい始めた。


「おい!そんなに固まってて大事なものを見逃したらどうすんだ?」

「だ、大事なものですか?」

「ああ、あそこに見えるか?」


訓練兵は期間兵の言葉を聞いて詰所の後ろを見たところ、詰所の後ろの塀に人の頭よりやや大きな穴が一つあった。


「お前、あの穴が何かわかるか?」

「ジ、ジンドケの発令時、前方警戒のための待ち伏せ詰所と聞いてます。」

「おお、よく知ってるな!なかなか頭のいい奴だ。」

「ありがとうございます!」


訓練兵は褒められて嬉しくて顔がパッと明るくなったが、意地悪な思いで話しかける期間兵は訓練兵の姿がただ面白いだけだった。


「でもあの穴は気をつけろよ。」

「き、気をつけろって、何のことですか?」

「あの穴、実は幽霊が憑いてるんだ。」

「ゆ、幽霊が憑いてるって?」

「ああ~『よ』の字が出たな?」

「す、すみません!!」


期間兵は刻々と変わる訓練兵の表情に、眠くて退屈な警戒勤務が少しだけ楽しくなっていた。


「あの穴は幽霊が憑いてて、たまに誰かがあそこから詰所の勤務者を見てるんだ。そいつの視線に気づかずボーッとしてると、そいつが勤務者を連れていく。お前も知ってるだろ?もううちの大隊で何人かいなくなってるって。」


期間兵が言った大隊内での行方不明者の話は本当だったが、実際は脱走兵だった。しかしそんな事情を知らない訓練兵は期間兵の話を聞いて震えていた。


「だからビビりすぎて後ろから見られているのに気づかず連れて行かれないように、気を引き締めていろよ。」

「はい、は、はい……肝に銘じます!」


期間兵はビビりまくる訓練兵の様子に「ククッ」と笑いながら嘲笑い、警備隊長室へ入っていった。


隊長室の中に入ると、警備隊長が期間兵を叱った。


「おい、また訓練兵をからかってきたんだろ?そんなことして楽しいのか?」

「いや、どうでしょう?この長くて退屈な軍生活の中で、これくらいの活力はないとやってられませんよ。」


警備隊長と射手期間兵は手に負えない奴だと思いながらも、二人で「ククッ」と笑いながら楽しんでいた。


一方、詰所に残っていた訓練兵は期間兵が言っていった話が気になって警戒が上の空だった。


そんなことはあるまいと思いながらも、なぜか後ろから視線を感じているようだった。しかし本当に後ろに何かあったらどうしようと考え、振り返って確認しようとはできなかった。


「よし、勤務時間中ずっとビビっているより、思い切って一度振り返ってないことを確かめてみた方がいい。」


そう決心した訓練兵は後ろを振り返ったが、穴には何もなかった。暗くてよく見えなかったが、もし人がいればすぐ分かるはずなので、何も見えないということは本当に何もないという意味だった。訓練兵は安堵した。


「ほらな。幽霊なんているわけ……!」


後ろを見て何もないことを確認し、安心して前を向こうとした訓練兵は突然全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。


先ほどとは違い、確かに後ろから誰かの視線を感じたのだ。怖がっているのではなく、はっきりとした感覚だった。


「ま、まさか……そんなはずは……」


訓練兵は先ほど何もなかった時のように、何もないことを期待して後ろを振り返った。


すると穴の隙間から真っ赤に充血した両目が自分を怨むように見つめる存在を見つけた。


訓練兵は自分を見ている正体不明の存在に体が固まってしまった。その時、その存在が訓練兵に語りかけた。


[俺をここから出してくれ。]

「ぎゃああああああああああ!!」


詰所でだらだらして居眠りしていた警備隊長と期間兵は訓練兵の悲鳴を聞いてハッと目を覚ました。


「何だ?何だ?」

「これ、訓練兵の悲鳴じゃないか?」


事態を把握するために外に飛び出した兵士たちは詰所の外で震えて座り込んでいる訓練兵を発見した。


「おい!どうした?何があったんだ?」


期間兵たちが肩を揺すりながら質問すると、訓練兵は震える手で警戒用の待ち伏せ穴を指さして言った。


「あ、あそこに誰かが俺を見ていました!!」

「何だって?!」

「あ、あそこから真っ赤な目が俺を見ていました。期間兵さんの言う通り幽霊が出ました!!」

「おい、このバカ野郎!!幽霊なんているわけねぇだろ?!正体不明の侵入者が現れたんだ!!」


ここは江原道華川郡にある部隊で、いわゆる38度線と呼ばれる軍事境界線がある鉄条網まで徒歩2時間の距離にあり、鉄条網の向こう側にはすぐ北朝鮮軍の哨所があった。だから今ではめったにないが、過去にはこの部隊に時折ゲリラが侵入していたと言われている。


状況を把握した警備隊長は無線で大隊状況室にこの事実を知らせ、状況室で当直勤務をしていたチョン・イルホン少尉が急いで警備所へ駆けつけた。


「どうしたんだ?」


チョン少尉が警備所に着いて何があったのか尋ねると、警備隊長がチョン少尉を呼んだ。


「小隊長!こっちに来てこれを見てください!!」


チョン少尉が警備隊長に呼ばれた所へ行くと、隊長が携帯用ライトで指し示した場所を見ると、そこには足跡がたくさんあった。


「あの訓練兵が警戒用の待ち伏せ穴を通して自分を見ている人がいると言ったので確認したら、このように足跡を発見しました。どうやら誰かがいたようです。」


足跡を確認したチョン少尉は無線で状況室に知らせ、全兵力を起こし部隊全体の警戒を命じた。そして上級部隊にもこの事実を伝え、民間人統制区域に侵入者が現れたことを知らせた。


*****


真夜中にもかかわらず侵入者が発見されたということで、上級部隊から派遣された捜索大隊が直ちに捜索を開始し、捜索は翌日まで行われたが、結局見つけることはできなかった。


しかし不思議な点があった。足跡は確かに国軍が支給する戦闘靴の跡とは異なる足跡で、他の兵士の悪戯ではないことは明らかだったが、問題は足跡が他の場所に続いておらず、警戒穴の前にしかなかったということだった。


侵入者が空から突然ポトリと落ちたわけでなければ、どこかから穴に向かう足跡と逃げた足跡があって当然だが、どこにもなかったため、捜索隊員たちは理解できずにいた。


そして次に奇妙な点は、軍の近代化警戒勤務のため軍用道路や周囲には常時監視用のCCTVが設置されていたが、どこにも侵入者の姿が映っていなかった。


結局侵入者の存在を証明する証拠を見つけられなかった捜索隊員たちは全て撤収したが、その夜勤務をした兵士たちとチョン・イルホン少尉は考えた。


一体訓練兵を見つめていたあの真っ赤な目の正体は何なのか、そして足跡は誰のものなのか……。


チャプター3 夜間点呼


定一洪ジョン・イルホン少尉は、勤務時間を過ぎても帰らずに小隊長室に座って悩んでいた。最近、自分の小隊の隊員たちに奇妙なことが立て続けに起きていたからだ。


「訓練兵たちが集団で幻聴を聞いたり……正体不明の何かを見たと言ったり……どうにもおかしいな。」


その時、誰かが小隊長室のドアをノックした。


「どうぞ。」


入ってきたのは、本日中隊の夜間当直を担当している副小隊長の朴基赫パク・ギヒョク軍曹だった。


「どうしてまだ帰らずにここにいるんですか、小隊長殿?」

「まだ仕事が残っていて……悩みも少しあってね。」

「悩み?何のことですか?」

「…………………」


定少尉は、朴副小隊長に話してもよいか迷い、沈黙していた。自分の悩みを話せば変人扱いされたり、大したことないのに妄想癖のある患者のように誤解されるのではと心配していたのだ。


朴副小隊長が再び問いかけた。


「いったいどんな悩みでこんなにためらっているんですか?」


定少尉は決心して答えようとしたが、朴副小隊長が先に口を開いた。


「最近、小隊で変なことが続いているので悩んでいるんですか?」

「えっ?!」

「実は僕も最近変なことがあまりに多いので、中隊長に厄除けの儀式をやってみてはどうかと提案したことがあります。」


副小隊長も同じ悩みを抱えていたことに、定少尉は嬉しくて顔がぱっと明るくなった。


「で、それでどうなったんですか?」

「いや、どうなったって。中隊長の性格知ってますよね?ただ『くだらない』と言われただけです。」

「そりゃそうでしょうね……」


落胆する小隊長を見て、副小隊長は再び口を開いた。


「本当にそのことで悩んでいたんですか?」

「はい……でも、えっ?!」


小隊長と副小隊長が会話を中断し、外の騒がしい様子に不思議がった。


「外が何だか騒がしいですね?」

「そうですね。僕が見てきます。」


朴副小隊長が状況を確認しに小隊長室を出ると、外には小隊の教官たちと訓練兵たちが入り乱れて慌てて走り回っていた。


「おい、みんな!小隊長がいるんだぞ!なんでこんなにうるさくしてるんだ?静かにしろ!」


慌ただしく走り回っていた教官たちと訓練兵たちは、副小隊長の声にすぐに集まった。


「大変です、副小隊長!」

「うるさいって言ってるだろ!なんでまた大声出してるんだ……」

「今、28番の訓練兵がいなくなりました!」


訓練兵が一人いなくなったという知らせに、小隊長室にいた定少尉も飛び出した。


「訓練兵がいなくなった?それはどういうことだ?!」

「もうすぐ夕方点呼の時間で、班長訓練兵たちが人数確認をしていたら、28番の訓練兵がいなかったそうです。」


定少尉は点呼の前の人数確認で初めていなくなっていることを知り、呆れてしまった。


「今なんて言ったんだ?まさか……そいつがいなくなったことを今まで知らなかったのか?いついなくなったかもわからずに?」

「す、すみません!」


小隊長の言葉に教官が緊張して直立の姿勢で謝ると、小隊長の我慢は限界に達し、大声を出した。


「おい、こら!!今『すみません』で済むと思ってるのか?!教官が人数がいなくなったのに気づかないなんてどういうことだ?!」

「す、すみません!人数が80人以上いるので……」


小隊長はもう一度怒鳴りたかったが、中隊は4つの小隊で構成されており、訓練兵は全部で300人以上いた。しかし教官は中隊全体で8人しかおらず、小隊ごとに訓練兵と共に常駐して管理する教官はたった1人だけだった。


1人の教官が80人もの訓練兵を管理しなければならない状況では、教官だけ責めるわけにもいかなかった。


「まず責任の話よりも、なくなったやつを探すことが先だ。お前は他の教官に伝えて、中隊の訓練兵を厳重に統制し、人数の再点検をさせろ。なくなったのが28番だけかどうかをな。」

「はい、わかりました!」


指示を受けた教官が急いで立ち去ると、定少尉は次に朴副小隊長を見て指示した。


「中隊長に知られる前に、早く見つけなければならない。BOQ(部隊内職業軍人宿舎)に連絡して、他の小隊長や教官たちを呼んでくれ。」

「了解です。」


*****


中隊兵舎前で他の小隊長たちの到着を待っていた定少尉と朴副小隊長に、他の小隊長や教官たちが来て状況を尋ねた。


「訓練兵がいなくなったって、どういうことだ?」


小隊長の中で一番階級が高い第1小隊長カン・ジュソク(康柱石)中尉が質問すると、定少尉は敬礼して答えた。


「班長訓練兵が点呼前に人数確認をした際、そのときいなかったことを確認したそうです。」

「じゃあ教官たちは点呼前の人数確認までは、そいつがいなくなっていることに気づかなかったってことか?」

「どうやらそうみたいです。」


定少尉の答えを聞いて、カン中尉や他の教官たちはため息をついた。


「人数が少ないってことはともかく、教官たちだけの責任にするのも難しい……」


カン中尉も定少尉と同じ結論に達し、他の教官たちも同意した。


「他の訓練兵たちはどうしている?」

「教官たちに指示して、全員を宿舎で待機させて、誰も出てこられないように厳重に統制させました。」

「よくやった。中隊長にはまだ知らせていないな?」

「はい、その通りです。」


カン中尉は定少尉の的確な対応に満足した。


「それで、なくなった訓練兵を最後に確認したのはいつだ?」


28番訓練兵を最後に確認した時間を問うカン中尉の質問に、今度は朴軍曹が答えた。


「訓練が終わって夕食後の人数確認までは、宿舎にいることを確認していました。」

「じゃあなくなってから約2時間経つな……脱走しようとしても、こんな暗い山道を2時間で遠くまで行けるはずがない。第2小隊長と副小隊長はもしかしたら中にいるかもしれないから、中隊兵舎内を探してみろ。そして第3小隊長は……」


カン中尉は小隊長たちと教官たちに探す場所を一つずつ指示した。


「何があっても今日中に見つけろ。みんな散開して隅々まで探せ……!」

「第1小隊長殿。」

「なんだ?どうした?」


第3副小隊長がカン中尉の言葉を遮ったため、カン中尉は少し苛立ったが、第3副小隊長はお構いなしに演習場の方を指差していた。


「あそこ、演習場の真ん中に誰か立っているようです!」

「なに?」


演習場に誰かがいるという第3副小隊長の言葉に、皆が演習場の方を見た。


暗くてはっきり見えなかったが、確かに男の人が演習場の真ん中に立っていた。


小隊長たちと教官たちが演習場に駆け寄り、その男を確認した。幸い、男はなくなった28番の訓練兵だった。


なくなった訓練兵をすぐに見つけて安堵した小隊長たちと教官たちは、訓練兵を叱りつけた。


「おい、こら!!何やってるんだ?!9時以降は兵舎の外に出てはいけないことを知ってるだろ?!知らなかったのか?!」


カン中尉の問いかけに訓練兵は何も答えなかったため、別の教官が怒鳴った。


「第1小隊長殿の言うことが聞こえないのか?!ここで何をしていたんだ?!」


何度叱っても答えない訓練兵の様子に、不思議に思った定少尉が訓練兵に近づくと、その様子が少しおかしかった。


目は白目をむいていて、空を見つめながら何かを延々と呟いていた。


「こいつ、一体何を呟いているんだ?」


カン中尉の言葉に、定少尉は近づいて何を言っているのか聞いた。


「ここから出してくれ、ここから出してくれ、ここから出してくれ、ここから出してくれ、ここから出してくれ、ここから出してくれ、」


この声をすでに3回は聞いていた定少尉と朴副小隊長は全身に鳥肌が立ち、そのまま固まってしまった。


しかし、状況を知らないカン中尉は訓練兵の肩を掴んで揺らした。


「おい!28番の訓練兵!どうしたんだ?さっきから何を言ってるんだ……!」

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


カン中尉が肩に手を置いた瞬間、突然大声で叫びだす訓練兵の様子に、集まった小隊長たちは大いに驚いた。


「な、なにをするんだ?どうして急にそんな叫び声を上げるんだ?」


訓練兵を落ち着かせようと小隊長や教官たちが制止に入ったが、訓練兵は喉が痛くないのか絶えず叫び続けていた。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


結局、大隊の軍医を呼び、軍医が鎮静剤を注射してやっと訓練兵は気絶するように眠りについた。


そして翌日、訓練兵は自分が何をしたのか全く覚えていなかった。


チャプター4 手榴弾訓練


慌ただしかった夜が明け、第二中隊の幹部たちは中隊の演習場でみな頭を垂れていた。


「幹部どもが、どうして一人の訓練兵がいなくなったことに気づかないんだ?!しっかりしろ!!」


前夜、一人の訓練兵がいなくなったことに気づかず、慌てて探しに行ったと聞いて中隊長に叱責されていたのだ。


「特にチョンイルホン分隊長!!」

「はい!第4分隊長!!」

「今回いなくなったのはお前の分隊の訓練兵だろ?!」

「はい!!」

「『はい』だけか!口だけか!!」

「申し訳ありません!!」


教官たちと訓練兵たちは、叱責を受けている幹部たちの後ろで肩身の狭い思いをしていた。自分たちのミスで幹部たちが叱責されているのだから、次は自分たちの番だ。


特に事件の中心人物である28番訓練兵は、同期たちの冷たい視線を浴びて、まるで針のむしろに座っているような気分だった。


28番訓練兵の隣にいる同期の27番訓練兵は、誰にも見られていないのをいいことに、28番の脇を小突いて非難した。


「こんなトラブルを起こして、同期に謝る気はないのか?」

「謝りたいけど、本当に何も覚えてないんだよ。」

「またその言い訳か?そんなこと言っても帰してくれるわけないだろ?しっかりしろよ!無駄な迷惑かけんな!」


昔から、訓練所で変な行動をすると「精神的な理由で除隊できる」という根拠のない噂があったため、時折変な行動をする訓練兵がいた。27番訓練兵はそれを合理的に疑ったのだが、28番訓練兵は理不尽さに耐えられず、狂いそうだった。


本当に昨日何をしたのか思い出せなかったのだ。


地獄のような中隊長の朝点呼が終わり、幹部たちは訓練兵や教官たちを睨みつけたが、分隊長たちは午前の教育準備のため慌てて去っていき、最も階級が高い行政補給官も「この年で子供を叱るのも恥ずかしい」と言い、叱る役目は残りの教官に任された。


しかし午前の教育前に朝食を終えなければならず、長い時間はなかった。


教官の中で最も経験豊かな第4分隊副分隊長のパク・ギヒョク中士が前に出て話した。


「お前たちが俺たちを思うその熱い気持ちはよくわかった。この恩返しは訓練時間に返してやる。さあ、飯をうまく食えよ。」


訓練兵たちは大声で叱られなくても、低い声で穏やかに話すだけでもこれほど怖いものかと初めて感じたが、普段のパク中士の性格をよく知る教官たちは心の中で祈っていた。


パク中士が訓練兵に対する訓練中の注意(事実上の脅し)を終え、教官たちが建物の中に入ってしまうと、教官の中で最も古参の第2分隊内務班長ホン・ウォンソク軍曹が教官や訓練兵を統制した。


「よし!午前の教育準備もしなきゃならん。教育準備を手伝う教官の補佐は先に食事に行け。残りは訓練兵の管理をしながら炊事場へ移動だ。」

「はい!わかりました!」


指示に従って動く教官や訓練兵を見てホン軍曹はため息をついた。


「今日は何事も起きなければいいがな。」


________________________________________

分隊長たちと教官、補佐はみな訓練場に集まり、完全に緊張状態にあった。


今日は午前の教育で、教官にとって最も緊張し、厳しいと言われる有名な手榴弾訓練の日だった。


訓練内容は単純で、訓練兵が塹壕に入り、池に向かって手榴弾を投げるだけのものだ。


しかし実際の手榴弾を使用するため、少しのミスでも即死に繋がるほど危険な訓練であった。


爆発物を初めて扱う訓練兵は、軽く考えてミスを犯しやすく、教官は気を抜けなかった。


訓練兵が手榴弾投擲訓練に先立ち、教官が模範投擲を見せていた。


「安全ピンを抜け!」


中隊長がマイクで号令をかけると、訓練兵たちは大声で真似をして安全ピンを抜いた。


「安全ピン!抜け!!」

「姿勢を取れ!」

「姿勢!取れ!!」

「投擲!!」

「投擲!!!」


中隊長の号令に合わせて教官たちは手榴弾を静かな水面の中央へ投げた。


数秒後、手榴弾は水中で爆発し、水柱がアパートの5、6階の高さまで噴き上がると、訓練兵たちは「おお〜」と感嘆し拍手を送った。


中隊長は感心しながら拍手する訓練兵たちを見つめ、教育を始めた。


「教官たちの模範をみんなよく見たか?」

「はい!その通りです!!」

「では教官が示した動作のうち、一番重要な動作は何か答えられる訓練兵はいるか?」


中隊長の質問に、昨日の失敗を挽回する機会と考えた第4分隊28番訓練兵が手を挙げた。


「手榴弾を投げた後、すぐに塹壕に身を隠すことです!!」


28番の答えに中隊長はニヤリと笑いながら言った。


「正解だ。ただ、身を隠すと言うよりは、軍人らしく『隠蔽』と言った方がよかったが、とにかく正解だ。よって加点する。」

「ありがとうございます!!」

「さっき28番訓練兵が言ったように、最も重要で心掛けるべきは投擲後すぐに隠蔽することだ。投げ方や爆発を確認しようとして頭を出したら、二度と親にも彼女にも会えなくなるから、よく覚えておけ。」


中隊長の冷たい警告に、訓練兵たちは顔色を真っ青にし、「はい!わかりました!」と答えた。


そして第1分隊の1番から8番の訓練兵たちが最初に入り、手榴弾投擲訓練が始まった。


先に始まった訓練兵たちをぼんやり見つめる他の訓練兵たちに、パク・ギヒョク中士が近づいて笑顔で話しかけた。


「さあ!さっきできなかった話をもう一度やってみようか?」


まるで悪魔のようにニヤリと笑うパク中士を見て、訓練兵たちはみな「もう俺たちは終わった」と思った。


*****


ついに最後の第4分隊の番となったが、幽霊のようなパク中士の手榴弾投擲基本動作訓練により、分隊員たちは全員疲れ切っていた。


みな力が抜けてぼんやりした状態で何も考えられなかったが、パク中士の言葉ではむしろこういう状態が無駄な雑念を生まず事故が減るらしい。


28番訓練兵は今日の訓練もよくこなして、失った信頼を取り戻す気満々で自分の番を待っていた。


その時、中隊長が25番から32番訓練兵に入るよう指示し、28番訓練兵は意欲に燃えて立ち上がったが、なぜか自分の同期である27番訓練兵は座ったままだった。


「おい、何してるんだ?もう俺たちの番だぞ。」


28番訓練兵が石のように座っている27番を足でトントンすると、27番はびっくりしてハッとした。


「どうした?具合悪いのか?」

「わからない、頭がぼんやりしてる。」

「体調悪いなら教官に言って休めばいいだろ?」

「そこまではない、平気だ。」


平気だと言いながら行く27番を見て、28番はこれ以上は追及しなかった。


理由は幽霊のようなパク中士の訓練があまりにも過酷だったせいだろうと思ったからだ。


塹壕に座る訓練兵たちは中隊長の号令に合わせて訓練を始めた。


「安全ピンを抜け!」

「安全ピン!抜け!!」

「姿勢を取れ!」

「姿勢!取れ!!」


中隊長は投擲の指示前に問題がないか確認するため塹壕を回っていたが、第3塹壕で異変を発見した。


「おい!27番!どうした?なぜ返事がない?!」


第3塹壕を担当するカン・ジュソク中尉が27番を呼び続けたが、返事はなかった。


「どうしたんだ?なぜだ?」

「どうした?」との中隊長の質問にカン中尉は答えた。

「わかりません!突然頭がおかしくなったようで、いくら呼んでも返事がありません!!」


隣の塹壕でカン中尉の言葉を聞いた28番は独り言のように言った。


「あいつ、さっきからまたああだな。」


第4塹壕を担当するチョン・イルホン少尉は28番の言葉を聞いてすぐに質問した。


「どういう意味だ?さっきからああいう状態だったのか?」

「はい、分隊長。さっきからぼんやりしてて、状態がおかしかったです。」


28番の話を聞いたチョン少尉は中隊長にすぐに報告した。


「中隊長!同じ組の28番の話によると、訓練が始まってから27番の体調が良くなかったようです!」


報告を受けた中隊長は第3塹壕担当のカン中尉に質問した。


「お前、安全ピンは抜いたか?」

「はい、抜きました!」

「もう一度差し込め!他の訓練兵も安全ピンを差し直せ!訓練を一時中断する。」

「はい、わかりました!!」


訓練の一時中断の指示にカン中尉はぼんやりしている27番に言った。


「安全ピンを差し直すから、手榴弾を渡せ、27番。お前は訓練を休んで、俺と一緒に医務室に行こう。」


訓練中断の言葉にも27番は微動だにせず立っていた。


「おい!27番!しっかりしろ……!!」

「しっかりしろ」と言ったカン中尉が見たものは、27番が持っていた手榴弾を床に落とした姿だった。

「皆伏せろ!!!」


カン中尉は他の訓練兵や教官に伏せるよう叫びながら床に落ちた手榴弾を拾い、池に投げ込んだ。そしてぼんやりしている27番を押さえて床に寝かせた。


カン中尉の咄嗟の機転で幸いにも負傷者は出なかった。


だが突然起きた事態に誰も言葉を発せずにいると、中隊長が真っ先に叫んだ。


「おい!27番、正気か?!伏せろ、この野郎!!」


自分が統制していた訓練兵がミスをして慌てていたカン中尉は、中隊長の言葉にも微動だにしない27番を見て、再び叱責されることを恐れて肩を掴み言った。


「どうした?27番!中隊長の言うことが聞こえないのか?早く伏……!」


カン中尉の言葉を最後まで聞かずに立ち上がってどこかへ向かう27番の姿に、カン中尉はもちろん他の教官も慌てた。


自分の分隊員が異常な行動を続けるため、チョン・イルホン少尉が27番に近づき肩を掴み言った。


「訓練中にどこへ行くんだ?27番……!!」


27番を叱っていたチョン少尉はその姿に全身が凍りつき、鳥肌が立った。


昨日の28番のように目が白目になり、「ここから出してくれ」と繰り返していたのだ。これを見ていたカン中尉も全身が硬直した。


「何やってるんだ、この野郎ども!!あいつを捕まえろ!!」


中隊長の命令で教官たちは歩き続けていた27番を捕まえたが、27番は悲鳴を上げた後、そのまま気絶してしまった。


手榴弾演習場にいた第2中隊の人々は説明できないこの光景に誰も口を開けなかった。


チャプター5 宗教行事


チョン・イルホン小隊長は、中隊で連続して起こる異常現象のせいでストレスが溜まり、ついに体調を崩して寝込んでしまった。


中隊内で、しかもすべて自分の小隊で起きている出来事だから、他の教官たちもどれほど悔しく思っているか、なんとなく察していた。


小隊長たちの中で最も階級が高いカン・ジュソク中尉が、BOQ(軍人宿舎)内のチョン・イルホン小隊長の部屋へ入り、彼の様子を尋ねた。


「体調はどうだ?」

「熱もかなり下がって、多少は元気になりました。ご心配おかけしてすみません。」

「私に謝ることはない……それより、今日何か予定あるか?」

「え?特にありませんが……どうしてですか?」

「じゃあ休日だし、寮で寝てばかりいないで、俺と一緒に宗教行事に行かないか?」

「宗教行事」という言葉を聞いて、チョン・イルホン小隊長の顔がぱっと曇った。その表情を見たカン中尉は申し訳なさそうに言い訳を急いだ。


「お前が宗教を嫌っているのはよく知っているが、こういう時に木魚の音を聞くと雑念がなくなることもあるだろう。だからお前も座禅を組んで悩みを追い払ってみてはどうかと思ってな……」


カン中尉は家が熱心な仏教徒で、幼い頃から寺に通い、軍隊に入ってからも自然に仏教行事に参加していた。一方、チョン・イルホン少尉は宗教が大嫌いだった。


幼い頃、母親が巫女にのめり込み、家の財産をすべて巫女に捧げて家計が傾いたからである。


父親は地域でかなり大きな建設会社を経営していたが、忙しくて家に帰ることが少なく、母親は孤独に苦しんでいた。そこで巫女の言いなりになり、男を家に呼ぶための正体も分からない数億ウォンもするお札を数十枚も買ったという。後にそれを知った父親が資金を止めると、母親は死体まで使ってお札を買ったそうだ。最終的に借金が耐えられなくなり、母親は会社の屋上から身を投げて世を去り、残された父親は借金を返すために会社と家を処分せざるを得なかった。そのおかげでチョン・イルホン少尉は学生時代、ひどく貧しい生活を送っていた。


そういう事情があるため、チョン・イルホン少尉は宗教には近づかなかったが、カン中尉はその事情を知りつつも勧めてきたので、顔が暗くなったのだ。


しかし、本当に自分を心配して勧めてくれる先輩将校の誘いを断るのは難しかった。


「良い考えだと思います。私も行きます。」

「そうか!よく決めた。じゃあ急いで準備しよう。もうすぐ始まるからな。」


カン中尉とチョン少尉は、仏教の宗教行事が行われる大隊の外に出た。


二人が勤務する新兵教育大隊には仏教の宗教施設がなく、新兵教育大隊の人々はすぐ隣にある砲兵部隊の中の宗教施設に行かなければならなかった。


距離は徒歩で25~30分ほどかかるので、普段なら問題なかったが、猛暑の夏日だったため、皆到着する前に疲れ果ててしまった。


カン中尉とチョン少尉は一緒に来た訓練兵たちが見ているので、疲れた素振りを大っぴらにできず、小さく息を整えていたが、訓練兵たちは皆疲れて到着するとすぐに座り込んでしまった。


「こんな情けないやつらめ!ちょっと歩いただけで、みんな疲れて座り込むのか?クソガキどもめ!」


カン中尉は自分も疲れているのに訓練兵たちに強がっている様子や、どれだけ暑いかと文句を言う訓練兵たちの姿を面白がり、チョン少尉は思わず笑い出してしまった。仕事とは関係なくこうして訓練兵たちと過ごすと、確かに気が軽くなるようだった。


その時、チョン少尉の後ろから初めて聞く声が聞こえた。


「はは!こんなに暑いと男たちも元気ではいられません。だから処士様にはご理解いただけるのです。」


近づいてきた男は軍服を着ていたが、手を合掌していて、頭も剃っていたので、どうやらこの方が連隊の軍宗法師らしかった。


案の定、カン中尉は男に近づき、一緒に合掌して挨拶した。


「ああ、法師様。お久しぶりです。この暑い日に師団からここまでお越しいただき、ご苦労様です。」

「ははは!私は車で来ましたが、歩いて来られた処士様には及びません。しかしこちらの方は……」


軍宗法師が自分を指し示すと、チョン少尉はすぐにお辞儀の姿勢で敬礼し、自分を紹介した。


「必勝!新兵教育大隊第2中隊第4小隊長を務めている少尉チョン・イルホンと申します。お会いできて光栄です。」


チョン少尉は軍宗法師の軍服に付いている大尉の階級章を見て敬礼したのだが、カン中尉と軍宗法師はチョン少尉の様子を見て笑い出してしまった。


「この子は宗教行事が初めてだからよくわかっていないな。法師様には敬礼ではなく、合掌して挨拶するんだよ。」

「え?」


チョン少尉は士官学校時代から今まで宗教行事を拒んできたため、軍宗牧師や軍宗神父、軍宗法師を誰も見たことがなかった。だから軍宗将校をどう扱うべきか知らなかった。


「私が着用している軍服と階級章は軍の便宜のために支給されたものであり、私は特に軍人とは言えません。だから処士様も上官に対する礼儀を気にせず、外で坊主に接するようにすればいいのです。」


チョン少尉は自分より階級が上の大尉に敬礼ではなく、別の挨拶をするのは少し違和感があったが、優しく笑いかける軍宗法師の姿に勇気を出して合掌して挨拶した。


「ま、はじめまして。チョン・イルホンと申します。」

「私もお会いできて光栄です。私は師団の軍政法師を務めているイルガクと申します。最近、部隊で悪いことが続けて起こっていると聞きました。」

「あ、ああ、お聞きになっていましたか?」

「軍隊ではいろいろなことが起こるものですが、本当に奇妙なことが起きているようですね。どうか今日の法会で心を落ち着けてください。」


法師はその言葉を最後に、準備が忙しいと言って挨拶し、本堂の中へ入っていった。


「さあ、我々も入ろう。今日はクリームパンとコーラが出るそうだ。」

「いや、何ですか。訓練兵じゃあるまいし、クリームパンとコーラでそんなに興奮するんですか?」

「わかってないな。いくつになってもクリームパンとコーラの組み合わせは誰でも好きな組み合わせなんだよ。」

「それは……まあ、そうですけど。」

「じゃあ早く入ろう。暑い、暑い。おい、教官たち、俺たちは先に入るから、訓練兵たちを統制して中に入れ!」


クリームパンをもらえることに子どものように喜ぶカン中尉の姿に、チョン少尉は呆れたが、自分もクリームパンを食べることを思うとよだれが出そうだった。


*****


法堂の中には思ったより人が多く、300人は超えていた。近くに仏教の宗教施設がない4つの部隊がこの会場に集まったためだとカン中尉が隣で説明した。


皆が席に着くと、法会が始まった。さっき会って挨拶した軍宗法師が壇上に上がり、木魚を叩きながら仏経を唱え始め、場内の人々も一斉に唱え始めた。


しかし仏教について全く知らないチョン少尉は、ただうつむいて仏経を唱えるふりをしていた。


順調に進んでいた行事だったが、突然木魚を叩く音が止まってしまった。


木魚の音が途絶えたので、不思議に思った参加者たちは皆顔を上げて軍宗法師を見たところ、法師は木魚を持ったまま手が「ぶるぶる」と震えていた。


カン中尉は法師に近づいて何事か尋ねた。


「どうしたのですか、法師様?何があったのですか?」

「わ、わかりません。突然体に麻痺が来たようで、全く動けません。」


状況がよくないと感じたチョン少尉もカン中尉に近づいた。


「第1小隊長、いったん行事を中断して法師様を中に連れて行き、休ませた方が良いのでは?」

「そうだな。お前は法師様の肩を支え、私は脚を支えて事務所に移そう。」


カン中尉の言葉にチョン少尉が了解と答え、軍宗法師の肩に手を置くと、突然法師が「ぎゃっ」と悲鳴をあげ、そのまま後ろに倒れて泡を吹いて気絶してしまった。


「法師様!」


倒れた法師をカン中尉が背負い、近くの砲兵部隊の医務室へ運び、チョン少尉は教官たちに訓練兵たちを統制して部隊へ戻るよう指示し、カン中尉について行った。


チャプター6 失踪した訓練兵


カン・ジュソク中尉とチョン・イルホン少尉によって近くの部隊の医務室へ移送された軍宗法師は、医務室に運ばれてからわずか数分で意識を取り戻した。


「な、なぜここにいるのですか?」


何も覚えていない様子の軍宗法師に心配したカン中尉が近づき話しかけた。


「覚えていませんか?法師様は法会の最中に突然倒れられましたよね。」

「私が?突然体が麻痺したように動けなかったことは覚えていますが……」


体が動かなかったと言う法師に軍医が近づいて診察した。


「今も体は動きませんか?」

「いいえ……体に少ししびれを感じますが、さっきのように全く動けないわけではありません。」


軍医は聴診器で診察し、体のあちこちを確認したが、特に異常は見つからなかったようだった。


「うーん、特に悪いところはないようです。ただ同じ症状が出たらすぐに病院へ行ってくださいね。」

「心得ました。」


軍宗法師が自分の車で師団に戻ろうとしたところを、カン中尉が制止した。


「やめてください、法師様。その体でどうやって運転なさるのですか?ここで休んで、明日戻りましょう。」

「はは!お気遣い感謝しますが、今日中に師団へ戻って報告しなければならないので、このまま戻ります。」


カン中尉の強い引き留めにもかかわらず、軍宗法師は結局師団へ戻った。


チョン少尉は来週の行事にまた来て、法師が無事かどうか確認しなければと思い、部隊へ戻った。


*****


翌日、訓練の最中だったチョン・イルホン小隊長は、その日特に事故が起きず安堵していた。


午前の訓練が終わり、昼食のため食堂へ向かおうとしたところ、2中隊の指揮官たちと小隊長たちに「全ての下士官以上の幹部は直ちに講堂へ集合せよ」という指示が入った。


「急に講堂とは?何かあったのか?」


突然の集合指示に疑問を抱いたパク・ギヒョク中士に、チョン少尉も同意した。


「そうですね……とにかく指示があったので、行ってみましょう。」

「了解しました。私は教官たちにいくつか指示をしてから行くので、先に行ってください。」


講堂に移動したジョン・ドンイル小隊長は、中に集まる部隊全幹部の様子を見た。壇上には昨日見た軍宗法師と、初めて見る人物がいた。


「あれ?あの方……師団の軍宗参謀じゃないか?」


現れたカン中尉が壇上の男について説明すると、チョン少尉がすぐに質問した。


「軍宗参謀ですか?」

「そうだ。師団の全軍宗業務を監督している方で、聞くところによると軍宗法師の師匠だそうだ。」

「そんな偉い方がここに来たのはなぜですか?」

「俺も知らない。ただ座ろう。」


部隊の全幹部が講堂に集まると、軍宗参謀がマイクを取り演説を始めた。


「昨日、我々の軍宗法師が宗教行事の最中に気絶したと聞いています。」


現場で見守ったカン中尉や仏教行事に参加していた幹部数名は、軍宗参謀の質問に驚いた。法師が気絶した責任を問うために来たと思ったからだ。


しかし次の質問は2中隊の幹部たちを仰天させた。


「最近、部隊内でおかしなことは起こっていませんか?訓練兵や兵士が突然おかしな行動をしたり、変なものを見た者はいませんか?」

「そんなことはありません。あれば私に報告があったはずです。」


新兵教育大隊長は軍宗参謀の言葉を馬鹿げていると思い否定したが、質問を受けた2中隊の幹部たちはざわつき始めた。


「あれって俺たちの話じゃないか?」

「どうもそうらしいな。」


2中隊の幹部たちがこそこそと話すのを見た軍宗参謀はすぐに2中隊の様子に気づいた。


「どうやら2中隊で何かあったようですね。」


軍宗参謀が指で2中隊を指すと、大隊長が2中隊を見ながら言った。


「これは一体何だ?!正直に話せ!」


大隊長が2中隊を叱責したが、軍宗参謀は大隊長を制止した。


「ここで話すのも難しいので、2中隊の皆さん、場所を移しましょう。他の幹部は食事もできずに来ていますから。」


軍宗参謀の提案で2中隊と共に大隊長室へ移動した。部屋に入ると大隊長は再び2中隊の幹部に答えるよう促した。


「話せ!一体何があったのだ?」


大隊長の促しに仕方なく2中隊長がこれまでのことを説明した。


大隊長は説明を聞いて言葉が出なかった。


「正体不明の侵入者がいたという報告は聞いたが、それ以外は全部初耳だ……そんなことがあったのに、なぜ大隊長に報告しなかったのか?!」


大隊長の怒声に2中隊長はたじろぎながら答えた。


「正直、私たちもあまり信じていない話なので、どこまで報告すればいいか判断できず……迷っていたのです。」


2中隊長の言葉に大隊長もすぐには口を開けなかった。確かに軍宗参謀が来てこの話をしなければ、こうした報告があっても「何たわごとか!」と叱責していたと思ったからだ。


「やめましょう。私はこの部隊を責めに来たのではありません。助けに来たのです。」

「助けにですか?」

「はい。正直に言うと、この部隊には幽霊が取り憑いています。」

「ゆ、幽霊ですか?」


大隊長は冗談かと思ったが、小隊長の報告によれば部隊におかしなことがあったのは事実らしく、何も言い返せなかった。


「もっと正確には、憑依された者がいます。」

「え?それは誰ですか?」


誰かと問われ、軍宗参謀は2中隊の幹部たちを見回した。


「昨日、軍宗法師に最後に触れた者は誰ですか?」


軍宗法師に最後に手を触れたのはまさにチョン・イルホン少尉だった。


「わ、私です。」

「こちらへ来てください。」


チョン少尉は素直に近づかなかったが、大隊長と中隊長が目で合図しているため、仕方なく軍宗参謀に近づいた。


「ふむ!近くで見ると確かに感じます。霊がこの方に憑いています。」

「え?4小隊長ですか?」


中隊長の質問にも軍宗法師はチョン少尉だけを見つめて質問を続けた。


「いつ頃からおかしなことが始まりましたか?」

「ええと……山岳行軍を始めてから、約2週間です。」

「変な音がずっと聞こえたり、聞いたことはありますか?」

「はい、あります。」

「何と言っていましたか?」

「……『誰かここから出してくれ』と。」


チョン少尉の話をすべて確認した軍宗参謀は携帯電話を取り出してどこかに連絡し、電話を切ると突然「ピンッ」と立ち上がった。


「最初にその声を聞いた場所へ案内してもらえますか?」


案内を求める軍宗参謀の言葉にチョン少尉は中隊長と大隊長を見ると、二人は問題ないと頷いた。


許可を得ると、チョン少尉は軍宗参謀をその場所へ案内した。現場に着いた軍宗参謀は周囲を見回し、不思議な声を発した。


「やはり思った通りです。」

「思った通りとは?何のことですか?」

「すぐに人が来るでしょうから、少し待っていてください。」


大隊長や中隊の者たちは誰のことか分からなかったが、約1時間後、軍団憲兵隊の調査員が部隊を訪れた。


「この周辺を徹底的に捜索してください。」


憲兵隊調査員たちは軍宗参謀の言葉で散らばり、周囲の捜索を始めた。


そして約1時間後、「見つけた!」と調査員の声が響いた。


驚くべきことに、その調査員が発見したのは既に白骨化した遺骨だった。


白骨を見て大隊長や中隊幹部たちは驚き言葉が出なかった。


「こ、これは一体……」

「理不尽に亡くなった兵士の無念が晴れず、さまよっていた時に、たまたまチョン・イルホン処士に取り憑いたのです。」

「な、なぜ私に?」

「聞くところによると、幼い頃に家庭でよくないことがあったそうですね?そのせいで処士様の心に闇があり、怨霊がその闇に取り憑いたのです。」


軍宗参謀はその言葉を最後に立ち去った。チョン少尉は軍宗参謀の正体が気になったが、どうやって知ったのか軍宗法師が来て説明してくれた。


「私の師匠である参謀様は幼い頃に神降ろしを受けました。」

「神降ろしですか?」

「はい。しかし巫女になることを拒み、寺に入って仏教徒となる修行をしましたが、結局神降ろしを拒めず、巫女神と仏陀の両方を祀る方になりました。そして軍務を解決するために軍に入り、軍生活を気に入り今に至るそうです。」


チョン少尉とカン中尉は軍宗法師の説明を聞きながら、軍宗参謀をまるで宇宙人を見るような不思議な気持ちで見つめた。


そして白骨の正体は12年前に脱走した訓練兵だとされる。当時部隊員に虐待され死亡し、処罰を恐れた者たちが遺体をこの山林に埋めて未解決事件となっていたが、チョン少尉の不思議な体験をきっかけに犯人と遺体が発見されたという。


チョン少尉は後に死亡した訓練兵の両親から「息子の無念を晴らしてくれてありがとう」と感謝され、その後は宗教行事を決して欠かさない人物となったそうだ。


もちろん、その後奇妙な出来事は二度と起こらなかった。


それはもう6年前の話だった。


「ふっ!小隊長として軍生活を送り、中隊長となって戻ってくるとは、時の流れは本当に早いな。」


チョン・イルホン大尉は必勝師団新兵教育大隊に入ると、大尉を知る守衛所の隊員たちが敬礼した。


「必!勝!!勤務中!!異常なし!!!」

「ああ、そうか。ご苦労さん。」


「だ……こ……し……く……」


チョン大尉は守衛所の隊員の敬礼を受けて中に入りながら、誰かが小さくつぶやく声を聞いた。


「ん?何て言った?」

「は?何も言ってなかったけど。」

「そうか?聞き間違いか?ともかくご苦労さん。」


チョン大尉は戻った新兵教育大隊の生活に期待しながら中へ入った。


しかし笑いながら入るチョン大尉の背後から奇妙な声が聞こえた。




「誰かここから出してくれ。」


—終わり—

ご覧いただきありがとうございます。

本作は軍隊に関する実話を基に作った物語です。行軍訓練の話は私が訓練所時代の小隊長が経験された話であり、夜間警戒勤務の話は私自身が体験した話を脚色したものです。また、夜間点呼の話は私の叔父が経験したこと、手榴弾訓練の話は兄が体験したことを基に脚色しています。宗教行事の話は私の村の僧侶が軍宗法師時代に経験された話を脚色したものです。最後の「失踪した訓練兵」の話は100%フィクションです。

韓国の軍隊の話なので、かなり馴染みが薄いかもしれませんが、最後までお読みいただき誠にありがとうございました。

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