白石海斗
「聞こえてますかー?エキストラの方は出演者に声掛けは禁止ですよぉー?」
数年振りに見るUMA的存在のこの女は最後に見た時より更に化粧が濃くなり、香水が強烈になっていた。
「すみません」
私が謝る必要なんて無いのに、だいたい話し掛けて来たのは出演者の白石海斗の方だし、そもそも、この女だってエキストラでしょ?同じ立場の筈でしょ?
だけど、この場から一刻も早く立ち去るには不満があろうが何だろうがこの五文字を言うしか無かった。
「あ…、またね!」
悪びれた様子も無く片手を上げて、確定ファンサでもするように私に向って人差し指を向けて、バーンしてきた。
「ちょっと、白石くん何してるの?」
UMAは慌てた様子で白石くんの手を掴んだ。
つくづくこのUMAは一体何なんだろう?
スーパー一般人のこのUMAが話す事どころかどうして出演者の白石海斗の手に触れる事ができるのか?
今更そんな事考えても仕方ないけど、UMAと白石海斗と初めて会った日は、早川俊とも初めて会った日だった。
初めて早川俊に会える、ドキドキしすぎて前日から眠れないから、目の下のクマとか本当酷かった。
それでも、早川俊を見たかった。
テレビ画面で初めて早川俊を見た時、衝撃が走った。真夏だったのに鳥肌が立った。ドラマの内容なんて何にも覚えてないぐらい早川俊だけを見ていた。
「早川くん、襟よれてるよ」
撮影現場に現れた早川俊の隣に当然のようにいるUMAが早川俊の衣装に触れていた。
そんな堂々と早川俊の隣にいるからマネージャーなのかな?とか思っていたけど、いざ撮影が始まるとエキストラ側にいるのを見掛けて、頭の中がハテナでいっぱいになった。
しかも、早川俊だけで無く共演者の白石海斗にも、監督にまで馴れ馴れしく話し掛けていた。
周りのエキストラの人達もその異様な光景に気付いたけど、きっと関係者なんだろうと勝手に納得させてそれ以上何の詮索もしなかった。
そのUMAは話し掛けづらい雰囲気をまとっている上に待ちの時間は、何故か共演者のところに行ったりしているモノだから誰も本当の事を聞けずにいた。
まぁ、エキストラなんて、みんな今日が初めましての人達ばかりだからそれなりのコミュ力が無ければ、時間まで各々過ごず事が多い。
「今日も待ち長そうだね」
そこで出会ったのが鈴木さんだった。
鈴木さんは私より少し年上で黒髪の肩より長めの髪をバレッタで止めていた。
はきはきとした物言いと好感度のある笑顔に私もすぐに打ち解けた。
「今日も、あの子来てるんだぁ、あの子いると撮影やりづらいのよねー」
鈴木さんはUMAを見て眉をしかめた。
「知ってる人ですか?」
「うーん、深くは知らない、ただああやって媚売ってる上にルックスがまぁいいから監督とか出演者に気に入られてて、撮影があると直々にオファーされるみたいよ」
「え…そんな事本当にあるんですね!噂では聞いた事あるけど、本当にあるなんて知らなかった」
「まぁ、と言う事は逆にあの子が気に入らないと思ったエキストラは次呼ばれない可能性もあるから触らぬ髪に祟りなしってやつよ、関わらないのが一番」
「はぁ…」
そんなの迷惑でしかない。
こっちは慎まやかにエキストラを淡々としてるのに。
「まだ撮影まで時間ありそうだからお手洗いでも行ってきたら?」
鈴木さんにそう言われて体育座りの足を伸ばし立ち上がった。
トイレと言うのがまた出演者と偶然出会える場所の一つ。
ほとんどの現場ではトイレはエキストラと出演者が分かれていないから、トイレですれ違うのかは不可抗力。
運良く、早川俊いないかな?なんて気持ちで向かうと…。
「あ…」
明らかに普通の一般人とは違うオーラの人間がそこにいた。
今日の作品の出演者、白石海斗。
お手洗いを済ませ手を洗ったのだろうか困ったように両手を振ってる白石海斗と目が合った。
「ねぇ、ハンカチ貸してくれない?」
疑問形では合ったが明らかに貸してくれるのが確定のように私の前に手を出してきた。
「あ…えっと…」
出演者からは話し掛けていいと言うこのルールも困ったものだ、私みたいなスーパー一般人はお顔のいいアイドルの扱いに慣れていないからテンパリながらポケットからハンカチを出した。
「これ?今日まだ使ってないよね?」
「は…はい!」
「良かった」
安堵のため息をついて、畳むこと無く私に返してきた。
「そのハンカチ、僕が使ったんだからそのまま取っておくといいよ」
「え?」
「あ、それと僕とここで会った事はキミの人生の中で一生分の幸運だと思うからみんなに自慢していいよ」
「えっと…」
何なの、このアイドル…。
今から私トイレに入って手を洗ってこのハンカチ使おうとしてたんですけど!
確かに他人の使ったハンカチは使いたくないけど、人のモノを借りておいて随分な物言い!
芸能人ってみんなこんなモノなの?
それが白石海斗との初めての会話だった。