秘密
芸能界を引退した後家の隣に越してきた何の輝きも無かった早川俊を見た時、不思議とショックより先に感じたのは、初めてテレビで早川俊を見た時と同じ感情だった。
瞳から入ってくるビジョンに胸がキュンって鼓動が早くなって、ああ、すごい、今初めて見たばかりなのに大好きってなった。
そりゃー、テレビの中の早川俊にそんな感情抱くの分かるけど、オーラのカケラも無いモブの彼を一目で見破るのもすごいが、彼にそんな気持ちになるなんて、不思議で仕方なかったけど。
後になって考えてみるとその瞬間確信したんだ、私。
彼に恋してる!
アイドルとか芸能人とかそんなの関係無く、クラスメイトを好きになるように、部活の先輩を好きになるように、彼の存在が元から私の推しだったんだ、私の好きなタイプだったんだと。
もうそこからはこの気持ちに悟られ無いように必死。
(元からファンだと言う事も含めて)
ただの隣人として必死で接してる。
とは言え、彼がどう思っているのか知らないが、引っ越してきた当初から謎に懐かれてしまった。
いつもモゾモゾとした声で話していて耳を澄まさないと何を言っているのか分からないほどの声量…。
これがスポットライトの下で歌っていたアイドルなのか?
そんなモゾモゾとした喋り方で。
「お、同じ、が、学校だなんて、ぐ、偶然、だ、ね、一緒に行ってもいい、いいかな?」
引っ越してきて間もない朝、私の制服姿を見るなり話し掛けて来たので、別にいいけどと素っ気なく答えるのが精一杯だった。
内心、お祭り騒ぎだったのは言う間でも無い。
それから何の因果か、彼は同じクラスになり、席は私の斜め前と言う絶好的なポジション。
よく好きな人の隣の席とか憧れるって言うけど、私は絶対に斜め前がいい!
だって、斜め前なら好きなだけ見てられるじゃん。
どこをどれだけ見ようが私の自由。
ああ、何て眼福!
世間一般的には早川俊と言う存在は記憶の隅に追いやられてしまったのか?
彼かただ単に昔のアイドルと同姓同名だと思われているだけなのか?
彼が騒がれる事は無かった。
なので、私だけの秘密…と言う事にしている。
それがまた胸を擽る。
私だけが彼の事を知っていると言う何とも言えない胸のゾクゾク。
ますます好きと言う気持ちを抑えきれないでいた。