出会いと出会い
また目が合った気がした。
絶対にそんな事ある訳無いのに。
だって、彼は私みたいなバンピーと違う。
彼はアイドルなんだから。
廃ビルの中の撮影の休憩時間。
次のクールから始まるドラマの撮影は厳かに行われていた。
何でもこんな風に書いたら、まるで私がそのドラマに出演する女優みたいだね。
私はただ彼を見るためだけにこのドラマのエキストラに応募しただけのただのミーハー。
彼は人気アイドルグループのセンターを飾る、早川俊。
真っ黒でサラサラのセンター分けの前髪をピンで止め、切れ長の瞳は撮影現場をじっと見つめていた。
まだ13歳の男の子とは言え初登場オリコン1位を飾り、出す曲出す曲ドラマ、CMにタイアップされ、ライブチケットなんてほぼ取れない。
他の出演者と比べても圧倒的オーラを放っている。
私、西原望愛の住んでいる町は昔ながらの商店街が立ち並んているものの、多くは閉店しており商店街としての機能を停止している町なので、ドラマやCMなどによく起用されているおかげで毎週のようにエキストラが募集されている。
ミーハーな両親を持つ私は小さな頃からエキストラ事務所に登録されていたのであちらこちらのドラマや映画に出演している、と自称女優気取り。
だが、こんな小さな女の子の女優気取りなんて可愛いものだ。
「オレはさー、俳優の神楽久弥に抱きついた事があるんだー、久弥が共演の女優と痴話喧嘩になるシーンでそれを止める役で、かなりの名演技で監督に、『今のキミの縁起最高だったよ、助演男優賞獲れるよ』って言われた事あるんだよねー」
エキストラの現場に必ずいる、今までのエキストラ歴を語るおじさん。
こう言うプチ自慢はおじさんに多い。
大抵こう言うおじさんは現場に慣れすぎてて、待ち時間も上手に使う。
エキストラなんてほぼ待ち時間なのだが、そう覚悟していても全然撮影が始まらない時がある。
そんな時、ベテランエキストラは、『おやつの時間にしませんか?』などと、大きな保冷バッグのようなモノから個装包装されたお菓子などを配り初めたりする。
「明日はどこの撮影ですか?」
「明日は朝6時半集合で…」
エキストラの大半の人はエキストラを生き甲斐にしているので普通に次のスケジュールの話をしている。
私?私と言えば、ただのアイドルヲタクの趣味エキストラなので、周りの話しに適当に相槌を打つぐらい。
あ…また目が合った気がした。
ただの勘違いだと分かってる。
分かってるけど、私にはそれだけの事がドキドキするのに充分過ぎた。
わずか10メートル程の距離の向こうに憧れのアイドルがいる。
カットの声が掛かる。
次は私達のシーンだ。
***
「望愛ー、いつまで寝てるの?」
母親の声で目が覚める。
カーテンの隙間から朝日が入り込んできている。
久しぶりに昔の夢を見た。
中学1年生の時、大好きだったアイドルが地元に撮影した時の夢。
とても幸せだった日の夢。
彼、早川俊はあの1年後にあっさりと引退してしまい、今はただの一般人…。
早々に朝支度を初める、寝ぼけ眼に水を掛け着替える。
あれから3年、私は高校生になった。
「遅い」
玄関の扉を開けると、適当に伸びた黒髪をこれまた適当に縛り、分厚い黒縁のメガネを掛けた、陰気臭い隣人が待っていた。
「何で待ってるの?」
「え!だって、家隣同士で同じ高校だし…一緒に行っても問題ないよね」
ツルに手を掛けモゾモゾと喋るその姿から昔の輝きは想像すらできない。
1年前に突然うちの隣に越してきた、早川俊はブレザーの裾に着いているタンポポの綿毛を飛ばした。