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女武芸者 八

3/12 15:30 誤字修正


 ヨハネスとほぼ同時に、パウルスとハンスも正対した敵を倒していた。

 彼らほどの剣士になれば、対峙した相手以外、周囲の動きも視野の端で把握している。

 パウルスとハンスは、面識こそあるものの、その剣風をここで初めて知った。

 パウルスから見ると、剣を構えたハンスの立ち姿、歩き方、剣さばきはヨハネスにそっくりだった。

 ハンスから見れば、ヨハネスの剣技の(きも)である刃の噛み合い(バインド)からの敵の刀身を制する攻防(ヴィンデン)を、パウルスは高い次元で体得していた。

 (のち)にリヒテナウアー流の竜虎と称される二人の剣士は、互いを強く意識するようになる。

 それはさておき、ヨハネスは少女の傷の具合を確かめた。

 打ちのめされ、怯えてはいるが、骨や内臓を痛めているとか、頭を打った様子はない。

 彼女を襲った武芸者の腕が()()()()事の証しである。

 

「もう、大丈夫です。ご安心めされよ」

 

 と、彼女に声をかける。

 ヨハネスは、ザーラをプファルツ家の寮に送り届けるよう、パウルスに言いつけた。


「送るだけでいい。けっして名乗るな。ただ、きちんと戸締りができて、戦える従僕が一人でもいるか確かめよ。もしいなかったら、うちに連れ帰ってこい」


 と、付け加える。

 そしてハンスには、ホーホベルクの家族塔に走るよう命じた。


「ゲルトルートに委細をすべて報告した上で、おれの望みを伝えよ。ひとつ、事を表沙汰にしたくない。ひとつ、捕らえた武芸者はこちらに不利な証言をしないよう説得して、解放したい。ひとつ、ハルスドルフ家の三人には、行方知れずになってもらいたい。その後は、彼女の指示に従え」


 というヨハネスに、ハンスは驚きの顔を向ける。

 

「えっ、しかし奥様では……」

「ハンス、お前もなかなか世の裏表をわかっている。だが彼女も手練れなのだ。それに()()()()も色々と持っているし、使える人数も多い。今回は彼女に任せたがよかろう」


 そう言われれば、ハンスも恐縮の表情を浮かべる。

 そこで、パウルスの出立の準備が整った。

 彼に背負(せお)われて行く少女を見送った後、ヨハネスはため息をついた。


(あの子はもう、剣術をやめてしまうのだろうなあ……)



 一週間後、ヨハネスの元をザーラ・フォン・レヒフェルトが訪れた。

 まだ全身の青痣が癒えていないとみえ、いくぶん身体の動きがぎこちがない。

 また、表情は思い詰めたものであった。

 彼女を応接間に通し、ボヘミアの麦酒で持てなしながら、ヨハネスは尋ねた。


「よく、我らの事が、わかりましたね?」

「あちこち尋ね回って、最後にユダヤ人のオット先生から、お話を聞く事ができました」


 ザーラの返答に、ヨハネスはさもありなんとうなずく。

 特に口止めもしていなかったからだ。

 

「お父様は、この事を御存知なのですか?」

「いえ。リヒテナウアー先生が事を大きくされたくないご意向が伺えたので。その件についてのご相談もしたく、本日お伺いした次第です」


 ザーラ嬢は、そういった気働きができる人間らしい。

 その彼女に、


「先生、敬語はやめて下さい。大恩ある方であり、剣の道の大先達にへりくだられては、私の立つ瀬がございません」

「まあ、そういう事なら……」

「それで、先生。私としては、父に報告して先生に報いる事が筋だと思うのですが……」

「それは、やめてくれ。おれの気まぐれでやった事だ。別に褒美(ほうび)が欲しくてやった訳ではない」


 言外に、オットー公とあまり縁を持ちたくないという気持ちをにじませた。

 ヨハネスの経験からして、庇護者(パトロン)としてオットー公は付き合いやすい人物ではない。

 約束を守らず、その日の機嫌ひとつで、こちらの人生を揺るがすような人物からの厚情は、中長期的には危険ですらある。

 自分ひとりであれば、上手く立ち回ることもできようが、いまはパウルスもいる。

 あれは、どうもその辺の機微(きび)にうとい。

 とんだ馬鹿息子だとは思うが、それはそれとして幸せに生きて欲しいと思うのだから、父親というのもままならない。


「それでは、仕方がありません。その件については、承知いたしました……」


 と、何かを察したのか、ザーラはいった。


「では、もう一つ、本日は大事なお願いがあります」


 ザーラは席を立ち、机を回り込んで、ヨハネスの前に膝をついた。

 

「私を、リヒテナウアー先生のお弟子に加えてください。先日の、息をのむほど鮮やかで、流麗な妙技が、私の心を(つか)んで離さないのです」


 そういって少女が、ヨハネスが手をさしだすのを待つかのように、自らの両手を掲げた。


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