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女武芸者 七

3/11 誤字修正

3/12 全長とブレード長の表現が誤読可能だったので修正


 一四四〇年二月二日。ニュルンベルク。

 ザーラ・フォン・レヒフェルトはブルグ通りにあるラスト師ゆかりの剣術道場での稽古(けいこ)を終え、帰途についた。

 ザーラは、女武芸者である。

 金髪は短く刈り、すらりと引きしまった肉体を、質の良い羊毛不織布の上着と長靴下につつみ、頭巾をかぶらずに頭に巻き、金鍍金(めっき)を施された革帯に長包丁(ランゲス・メッサー)()き、足元は流行りのつま先が長い短革靴という()()()()であった。

 きびきびした五体のうごきは、どう見ても男のものといってよいが、それでいて、

()もいわれぬ……」

 優美さがにおいたつのは、やはり、ザーラが若い女性だからだろう。

 濃い(まゆ)をあげ、切れ長の眼をぴたりと正面にすえ、颯爽(さっそう)と歩むザーラを、道行く人々は振り返って見ずにはいられない。

 ザーラは今、ニュルンベルク郊外にオットー公が用意した寮で寝起きしている。

 養父母を実の親とおもいこんでいたザーラへ、

「ハイデルベルク城へもどるように……」

 と、オットー公がいってよこしたのは、フス戦争が終わり、ザーラをオットーの子として認知する事を家臣団が承知したからであった。

 このとき、はじめてザーラは、わが生い立ちの秘密を知った。

 ザーラを迎えたプファルツ=モスバッハ公オットーは、

「これまでのことはゆるせ、これよりは、わしが父じゃ」

 やさしげにザーラを懐柔しようとしたが、ザーラはただ一言「わたしはザーラ・フォン・レヒフェルトでございます」といったきり、堅く口を閉ざして応じようともせぬ。

 オットーの勘気をおそれた家臣団が、いろいろと取りなしたので、ザーラはようやくオットーの子となることを承知したが、このときから武術へ身を入れること層倍の(はげ)しさとなった。

 ザーラが男装をしはじめたのも、そのころからなのである。

 家臣団とザーラは示し合わせて、オットーと距離を取るために、月の半分ほどは、ニュルンベルク郊外の寮に寝起きするようにしている。

 ザーラがシュピタール門を出たのは六つ半(午後七時)ごろであったろう。

 門を出ると農民や商人が道をいそぐ姿が見られ、馬やロバが引く荷車が土埃を立てながら行き交っていた。

 密集した都市内部とは異なり、まだ自然が残るなかにまばらに住居が点在しており、静かで素朴な雰囲気が漂っている。

 聖レオンハルト墓地の前をすぎたザーラは、小道を左に切れ込んだ。

 右手には提灯を持ち、左手の親指を腰帯にひっかけ、肩で風を切るようにして歩く。

 このあたりへ入ると、道も暗く、人の往来も絶えている。

 前面には木立と百姓地がひろがってい、景観は、まったく田園のものに変わる。

 ザーラは立ち止まって、

 

「雪か……」


 と、つぶやいた。

 その時、木陰から男が飛び出した。

 頭巾を目深にかぶり、手には棍棒。

 気付いたザーラが抜刀するより早く、男はザーラの手首を握った。

 たったそれだけの動作だが、男女の筋力差は、男がザーラの動きを一瞬制する事を可能にする。

 ザーラも(つか)まれた手首を外す手順を踏もうとしたが、その前に抱き抱えられ、頭突きで鼻を砕かれた。

 あとはもう、倒れた所を何度も殴られ、蹴られ、前髪をつかまれ引きずり起こされれば、

 

「もうやめて……。許してください……!」

 

 と、涙と鼻血を垂れながしながら、慈悲を乞う事しかできない。

 暴漢は、無抵抗なザーラと腕を絡め、肘関節を折ろうとする。

 

「待てまてい!」

 

 そこに、走り込んできたパウルス・カルが、鞘がついたままの長剣を振り下ろした。

 しかし暴漢はそれと見ると、ザーラを突き飛ばしざまに、前方に身を投げ出し、パウルスの一撃を避ける。

 前回り受け身をとった暴漢は、身を起こすのと同時に逃亡に移った。

 そこに(つぶて)が飛来し、暴漢の背中に直撃する。

 もんどりを打って倒れる暴漢。

 パウルスは駆け寄って、縄で暴漢を縛りあげた。

 やがて、杖を突きつき、ヨハネスが現れた。

 後ろに従ったハンスが、 

 

「先生」

 

 と、注意をうながす。

 ヨハネスが振り返ると、小路の先から、長剣を構えた男が三人、走り寄ってくるのが見えた。

 揃いのお仕着せとみえる、薄鼠(うすねずみ)色の陣羽織には、ハルスドルフ家の家紋があしらってある。

 走り寄る三人組の先頭の男は、トラウゴット・ガルトナーことライムント。

 ザーラを襲わせた武芸者を取り押えたのがパウルス・カルだと気付いて、ライムントは愕然(がくぜん)とした。

 (たま)さかとは思われぬ。どういう次第かは判らぬが、この企みに気付かれていたと思われる。

 であれば、殺すしかない。(またた)く間に腹をくくった。

 繰り返すが、商家の手代ですら、そのくらいの覚悟を持っている時代なのである。  

 ヨハネスらも、迷いなく、長剣の鞘を抜き払った。

 長剣(ランゲシュバルツ)は、おおむね菱形(ひしがた)断面で三尺~四尺の長さの刀身を持つ両手剣である。

 鉄鋼技術の発展がもたらした硬い刀身は、高い切断力を得ると同時に、刀身の中ほどを(つか)んで短槍のように扱う事も可能にした。

 駆け寄ったライムントが、その勢いのままに強烈な袈裟掛(けさが)けをヨハネスに見舞った。

 鎖骨を()ち、胸骨の数本もへし折らんとする激しい一撃。

 当然、()けるか受け流すか、なにかしら防御の反応を予想していたが、なんとヨハネスも()(こう)から斬り込んできた。

 ライムントもいまさら軌道を変えられぬ。

 激しくぶつかる刃と刃。鋼の甲高い悲鳴。

 欠けた鉄片が、真っ赤に灼熱して薄闇に飛び散る。

 ヨハネスの巨躯の圧力を受け止め切ったライムントが、アッと心のうちで驚きの声を上げた。

 刃同士が()み合って、()()()()()()

 ほんの一瞬の身の硬ばり。されど、生死の境にて反射のごとく応酬する肉体にとって、その些細な乱れは大きな破綻となった。

 刃を(ひね)って刃の噛み合いを外したヨハネスの切っ先が、ライムントの喉を三寸突き込む。

 膝をつくライムント。

 喉に手をやり、桃色の泡に染まった掌を見て、絶望の表情を浮かべた。

 彼はヨハネスに手を伸ばし、懇願の視線を向ける。

 ヨハネスは、ひとつうなずいて、左手を柄頭から刀身に滑らせた。

 刃の中ほどを、万力のごとき指力でつまむ、中取り(ハーフソード)の構え。

 そこから、狙いすました一撃をライムントの胸に突き込む。

 鋭い切っ先が、あばら骨の間を(つらぬ)き、ハルスドルフ家の用人の心の臓をえぐった。



ヨハネスが使った技法①(バインドからのヴィンデン)

https://youtu.be/zwCJ7w-JH00?si=d0TlAK5rydZUtzwk


ヨハネスが使った技法②(ハーフソーディング)5:06~6:15 ぐらい

https://youtu.be/vwuQPfvSSlo?si=gT3jzw9F4tUVK3C3&t=306

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