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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第六話 天魔
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天魔 十七






 パウルスとヨハン少年は、行灯あんどんで足元を照らしながら、野外の夜道を急いだ。


 とは言え、ヨハンは半死半生の体なので、実質的にパウルスが担いで歩いたに等しい。

 にもかかわらず、パウルスの健脚は大股で大地を捉え、一刻いっときの後には、警吏とパン職人の一団に追いついた。


 森の中から、一町(約110m)ほどの距離に、谷間の村を見下ろす場所だった。

 もっとも今は、窓や戸口から漏れる微かなともしびしか見えない。

 村側から灯りが見えないよう、慎重に岩陰で小さなたき火を起こし、彼らは身を休めていた。


「状況は、どうなってますか?」


 パウルスが、ピーターに尋ねた。


「あの村外れの宿屋です。 片腕の奴は、あそこに逃げ込んだ」


 暗闇の中に、それらしき建屋があるような気がするが、ヨハン少年には、はっきりとは見えなかった。


「今、オレの奥さんが中を探ってます。少し、待ってください」


 そう説明を受けて、さすがにパウルスは一息ついた。

 そして、改めてヨハンを見て、今更気付いたのか尋ねた。


「ヨハン、お前、長包丁(ランゲスメッサー)は?」


「サーセン、河の中ッス」


 少年の答えに、パウルスが、しまった、という顔をした。


 横で聞いていたピーターが、自分の片手剣をヨハンの胸に押し付けた。


「使うといい。オレは、別の得物を用意したからね。貸してあげるよ」


 そう言ってピーターは、鉄鍋兜(ケトル・ヘルム)をかぶり、殺人斧(モルダクスト)を肩にかついだ。

 そう言えば防御用の(サー)詰め物入り(ロッ)厚手上着()を着ているし、いつの間にか、簡素ながら戦仕度(いくさじたく)になっている。

 

 この頃の片手剣は、長剣と同じく、(フラー)なし、扁平な菱形断面の物が多かった。

 また根本が太目で、ふくらみを見せず、両刃が直線で切っ先へ集まる形が多い傾向がある。

 その為に重心が根本寄りだし、大きな柄頭(ポンメル)が手首にあたるので、少し手の内(握り方)を変えないといけない。

 だが、この期に及んで、()り好みはできない。

 

 

 その時、突然に、笛の音が鳴り響いた。

 全員が立ち上がって、宿屋があるという辺りを見た。そちらから、笛の音は響いてる。


「何があった?」


「わからない。今の鳴らし方は、“至急攻撃せよ”だ」


 パウルスが尋ね、ピーターが答えた。

 ピーターは唇を噛みしめ、二秒ほど考え、口を開いた。


松明たいまつに火を付けろ! これから、あの宿を制圧する!」


 パウルスやヨハネスといった長剣遣いたちが、鞘を抜いて地面に放った。

 ルールマンが拳を作り、職人一人一人と打ち合わせていく。

 それが終わると、一同は雄叫びをあげて駆け出した。


 一団は、すぐに宿前に到達した。

 縦六十間たてろくじゅっっけん横四十間よこよんじゅっけんほどの敷地は、高い木塀で囲まれ、中が見えない。

 しかし時折り、中から怒号や悲鳴が聞こえる。


 開いている両開き戸の正門から中に入ろうとした一団は、それを押しとどめようとする賊と出会でくわした。

 先陣に立っていたヨハネスに、賊の一人が殺人斧(モルダクスト)を突き込んだ。街中には持ち込めない、本格的な闘争の道具。

 表刃(ロングエッジ)ねじり斬り(クルンプハウ)で反らし、裏刃(ショートエッジ)流し目斬り(シールハウ)を叩き込んだ。

 武器の違いはあれ、自分が失敗した連携を、ヨハネスは鮮やかに決めた。

 ヨハン少年は「やはりアニキの父親なのだ」と、改めて思った。


 

 正門を挟んで、パン職人親方職業組合(ツンフト)と賊がにらみ合った。

 防具は職人の方が圧倒的に良いものを揃えているが、武器が石弓と長包丁しかない。

 しかも暗闇の中、松明たいまつの灯りしかなければ、石弓は使い(づら)い。

 対して賊は、鎧らしき鎧は身に着けていないが、槍や殺人斧など、戦場で使う武器を携えている。


「パウルス、ヨハン、裏口へ回れ!」


 ピーターのよく通る声に指示を受け、青年と少年は木塀沿いに走り出した。

 角を曲がり、少し行くと、丁度裏口から逃げる男の背中が、松明たいまつ灯火ともしびに微かに浮かび上がった。

 パウルスは前傾姿勢になると、飛ぶような勢いで追って行った。

 しかし、ヨハンはそれに付いて行けない。

 少年は、痛むあばらを抑えながら、最後に歩くようにして裏口にたどり着いた。

 そこでイエルクリングに、対峙した。


 彼は、見るからに動揺しており、少年を脅威に感じている事を隠せていなかった。


 左手に持った松明たいまつを投げ捨て、もたもたと長包丁を抜くが、構えた後、居着いてしまった。

 ヨハンネスも屋根の構え(フォム・ターク)を取り、イエルクリングが焦れるのを待った。


 こうしてよく見れば、イエルクリングに往年の面影は無かった。

 痩せ細り、肌は荒れ、老人のようだ。

 片腕を失った影響か左右の均衡が崩れており、ねじれた姿勢は背丈すら縮んだように見える。


 そう冷静に見てとった事を、イエルクリングが感じ取った節があった。

 顔が歪んで狂相になり、真っ赤に染まる。


 頃合いと見たヨハンネスは、前足の爪先を軽く上げ、下した。

 弾かれたように、イエルクリングが踏み出した。長包丁が、()()掛けに振り下ろされる。

 少年は、一歩、後ろに退いた。

 イエルクリングの攻撃は少年の眼前三寸の所を素通りする。

 ヨハンネスは右足で大きく踏み込み、イエルクリングの攻撃の軌道をなぞるように、けさ掛けに片手剣を振り抜いた。

 刃先が鎖骨の根本に当たって、砕いた、やや方向を変えて、軟骨を断ち切った、皮と肉を斬り裂きながら、イエルクリングの首元を切っ先が通り抜けた。

 

 かわして、反撃。あるいは相手が構えを変えたり、剣先を引くのに合わせて攻撃。

 これらを総称して、パウルスは“追い取り(ナハライゼン)”と呼んでいた。


 イエルクリングは、一度地面に突っ伏した後、手を付いて膝を引き、四つんばいになった。

 そこで滝のようにこぼれる血に気付き、左手ですくおうとして、態勢を崩して横倒しになった。

 一声うめいた後、血に染まった左手に気付き、あぜんとした。


 そして、見下ろすヨハンとイエルクリングの視線が絡んだ。

 イエルクリングは何か言おうとしたが、むせんで言葉にならない。

 ヨハン少年は手応えを感じていたが、必要なら追撃しようと、片手剣を構えた。


 そうして睨み合っていたが、ヨハンネスは突然、もうイエルクリングがこちらを見ていない事に気付いた。


 ヨハンネスは地面に落ちていた松明たいまつをつかんで、イエルクリングの頭に投げつけた。

 燃える松明たいまつが鈍い音を立てて頭に当たったのにもかかわらず、まばたき一つしない。

 それを見て、ようやくヨハンネスは深く息を吐いた。

 そして、その後はイエルクリングの事は一切忘れて、アポロニアを探した。





 


 


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