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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第六話 天魔
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天魔 十四






 それから数週間経って、ヨハン少年は、施療院の人たちが困っている事に気付いた。

 今度は、聖母昇天節の宴に芸人を雇わないといけない。


 ところがマルティンが修道院の所用で上フランケン地方まで出かけているので、芸人に連絡を取りに行く人がいないのだ。


「俺が、バグパイプ吹き小路こうじの手配師を呼んでこようか?」


 悪所への使い走りは、少年の主な仕事だ。

 修道士さんたち向きの仕事ではないし、在俗の奉公人たちだって、あまり危ない通りには近寄りたがらない。

 もちろん、都市貴族(パトリツィア)である市の委員様たちにお願いする訳にはいかない。

 

 ヨハンならば危ない所を知っているし、路地裏に顔が利く。そういった点を施療院は評価して、奉公人として採用してもいいと思っている。

 少年は自らの立場を、そう理解していた。

 であるからには、柄の悪いやからが一人、街に戻ってきたからと言って、臆している訳にはいかない。


「一人で、大丈夫かい? 何人か一緒に行かせようか?」


 老ドロテーアは尋ねた。

 少年は、少し考えて首を振った。逃げるにしろ隠れるにしろ、一人の方が都合が良い。


「あの片腕の男には、気を付けるんだよ」


 ドロテーアは、心配気に忠告した。

 うなずいたヨハン少年は、木綿と亜麻の交織まぜおりの短衣を身に着けた。

 そして、前回の騒動の後、密かにパウルスに渡されていた長包丁(ランゲス・メッサー)を、袋に入れて手に持った。


 そして少年は、ごろつき小路こうじや共同洗濯場を避け、遠回りをして靴屋通り、馬具屋通り、皮なめし通りといった職人街を通った。

 樹皮や犬の糞を煮込んで作っている薬剤の臭いが、鼻を突いた。

 職人の家は大抵、二階が住居、一階が店舗で、街路まで商品を並べたり、作業台を広げているので、通りの見通しが悪くなっている。


 商品の影、通りの角にさりげなく隠れながら、頭を出して道の先をのぞく。

 そうやって慎重に進んでいたのに、バクパイプ吹き小路こうじに入る最後の角だけ、それを怠ってしまった。そして、待ち受けていた片腕の男の視線に射すくめられてしまう。


 ——いつも、そうだ。俺ぁ肝心な所でヘマしちまう。


 少年は自らのうかつさを呪った。

 おそらく施療院に見張りが張り付いていたに違いない、と思う。


「お前、この間は大変な事してくれたよな」


 イエルクリングが因縁を付け始めた。

 ヨハンは、何も答えず、腹に力を溜めて周囲を警戒した。

 今日のイエルクリングは一人に見える。

 問答に意味はない。

 どうせ言葉尻をとらえ、こちらに負い目を感じさせようとしているだけだ。


 片腕の男が威圧するように肩をゆすりながら近づいたが、少年はくるりと後ろを向いて逃走を始めた。

 イエルクリングは苛立いらだった表情を見せた。

 しかし、追いかけようとはしない。


 少年は皮なめし通りを駆け抜けようとした。

 しかし、皮の裏側の肉をこそげ落としていた職人の影から、獣屍処理人が飛び出してきた。

 とっさに避けようとして、皮を張った木枠が並べられている所に飛び込んでしまい、少年は転倒した。職人の怒号が上がる。

 獣屍処理人が、抜き身の包丁を右手に振りかぶって駆け寄った。

 長包丁を抜いて立ち上がるヨハンネス。

 右半身。左手を後ろに回し、顔の左側に刃を立てる“屋根”(フォム・ターク)の構え。


 包丁のけさ斬りに対して、前腕の外旋を使って、裏刃(ショート・エッジ)で斬りつける

 匠の斬り(マイスターハウ)の一つ、“流し目斬り”(シールハウ)

 

 刃の平がぶつかって、包丁の刃が滑り落ち、長包丁の手の甲側についている補助鍔に当たって止まる。

 その時、長包丁の切っ先は獣屍処理人を向いている。

 ヨハンが大きく踏み込んで腕を伸ばすと、長包丁の切っ先がゴツンと敵の頬に突き刺さった。

 顔を抑えてのけ反る処理人から血が飛び散る。顔を切り裂かれた人間の悲鳴。

 ヨハンネスが周りを確認する間も無く、走り寄った別の獣屍処理人に腰に組み付かれ、押し倒されてしまった。


 倒れた時に、ヨハン少年は長包丁を取り落とした。

 必死に手探りするが、大人の体格に上から圧し掛かられ、身動きが取れない。

 仰向けでもがいていると、片腕の男が現れて、ヨハンネス少年の頭を踏み抜いた。

 石畳に叩きつけられて、頭の鉢がきしむ音を少年は聞く。

 こうやって蹴られて、いびきをかき始めた人間は死ぬ。少年は何度も見てきた。

 少年は必死に許しを乞うが、片腕の男は続けて踏んだ。


 三発目の蹴りで少年の意識が失われ、静かになった。


 そこに怒鳴り声と共に、皮なめし職人たちが止めに入った。

 彼らと兄弟団を同じくする近所の肉屋たちも集まってくる。


 皮なめし職人は、参事会から市の刑吏も委託されている。

 自らの通りで白昼堂々と殺人を許しては、彼らも面目が保てない。


 血で汚れた前掛けを着た男たちが、手に手に、無骨な包丁や小刀を持ち、片腕の男を威嚇する。


 イエルクリングは舌打ちをすると、すぐに逃走した。


 獣屍処理人の二人は逃げ遅れ、職人たちにちのめされた。


 バグパイプ吹き小路こうじの手配師の指示で、ヨハンネスは施療院に運び込まれた。









 ロングソードのシールハウ

 https://youtu.be/QnEd_BH0rBw?si=VI4OzW9lRVrvsQIU

 

 メッサーのシールハウ 

(そのうち録れたら!)

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