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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第六話 天魔
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天魔 十三






 それから数日後。


 アポロニアは、パンを届けに行った折に、施療院の奉公人に尋ねた。


「ヨハンは起きてるんですか?」


 奉公人は、首を横に振った。


「今日も、頭が痛いと言って寝床から出てこない」


 それを聞いて、アポロニアは肩を落として店に帰った。


 その様子を、二階の窓からヨハン少年が見ていた。

 震える指先で、微かに持ち上げていた跳ね上げ木戸を締めた。

 寝床に座り込み頭を抱え込んだ。

 顔色は青白く、頭には包帯を巻いている。

 それから、寝床から身を起こして、短衣を被った。


 中庭に出ていくと、アルノーと出合でくわした。

 病人の為の建屋に寝泊まりしていたヨハン少年は、久々に彼の顔を見た。


「ヨハン、俺、この間の事、謝りたいんだ」


 足がすくんで行動を起こせなかったと、アルノーは詫びた。


「気にすんな、仕方ねーよ」


 同じ立場になったら、自分がすぐに動けたかというと自信はない。

 ヨハン少年はそう言った。


 その後、マルティン修道士に呼ばれて、滅多に入る事のない客間に行った。

 そこで少年は、帽子を脱いで待つように指示される。

 少年の他に、滅多に見ない施療院長や、捨て子担当委員他、市の関連する委員、長老格の修道士、老ドロテーアなどが集まっていた。


「誰が来るんだよ?」


 小声で、ヨハンネス少年が尋ねた。


「警吏のピーター・フォン・ダンツィヒという人だ」


 マルティンが教えてくれる。

 彼いわく、その警吏は、()()か北方、バルト海沿岸のダンツィヒという都市の出身だ。

 市の参事会に選ばれる権利を持っている一族というから、ニュルンベルクで言えば都市貴族(パトリツィア)的な立場の家の出だとの事。

 しかし警吏と言えば、豚飼いや路上掃除人と同じく、市に雇われる下男に過ぎない。

 遠い北方の都市の良い所の出の人が、何故ここで警吏をやっているのか、皆が不思議に思っている人物だそうだ。


 しばらく待っていると、くだんの警吏が入室してきた。


 背の高い、痩せた四十路の中年男だった。

 口()()(たくわ)えているが、体毛が薄い性質らしく、()()()で何となく汚らしい

 着ている物は、一般的な市民が着て恥ずかしくないような品質のものだったが、着易さ一辺倒という感じで、今いち風采が上がらない。

 唯一、腰に片手剣と小盾(バックラー)を提げている所だけが、警吏らしいと言えば警吏らしい、そんな人物だった。

 

「やあやあ、皆さんお集りで。オレなんかを、立って待って頂かなくともいいのに。どうぞ座って、お座りください」


 ピーターが卑屈にも見える恐縮をして見せ、施療院側の主要人物と一緒に卓についた。


 マルティンとヨハン少年は、一歩下がって壁際に立った。


(なんか、頼りなくね?)


(いや、まあ。でも賄賂をせびったりしないから、マシな方だよ)

 

 小声でヨハンが尋ねると、マルティンはそう返した。

 市の下男とは言え、市民を逮捕する権限を持っているので、かなり幅を()かせる者も多い。

 警吏による、市民への不当な暴力を規制する決まりがあったり、実際に暴力事件として残っている裁判記録もある。

 


 卓では、修道院長が、街路掃除人たちに施療院の者が襲われた旨を訴えていた。


「ああ、あのイエルクリングか? 性質(たち)の悪い奴なんだよなぁ……少し前から見かけないんで喜んでたんだが、片腕になって舞い戻ってきたか……」


 ピーターが、そう言って嘆息した。


「剣術師範のパウルス・カル殿が、そこのヨハンを助けましてな。その時に受けた傷が、悪化したようです」


 その場にいた全員が、ヨハン少年に視線を向けた。

 ヨハン少年は、何も言わずにうつむいた。


 そして、修道院長から()()()()を一通り聞き終わると、警吏は一つうなずいた。


「わかりました。片腕のイエルクリングは、街路掃除人から解雇します。まあ、とっくに姿をくらましているとは思いますが。あとは警備担当委員に、報告書を上げておきます。もし訴追の指示がありましたら、捕縛します」


 警吏の言葉に、老ドロテーアが不満の声を上げた。


「ピーター。うちの子たちに何かあってからじゃ、遅いんだよ」


 その物言いに、警吏は困り顔になった。


「婆ちゃん、そうは言うけど。この大きい街に警吏が何人いると思ってるんだい? 居留民(ゼルドナー)の子供が、刃物も抜かない喧嘩でちのめされたぐらいじゃ、何ともできないんだよ」


 そう言った警吏に、今度は修道院長が訴えた。


「この者は大変勤勉で、成人したら施療院で働いてもらおうと考えています。もちろん施療院の運営は市が行っているものですから、これは市の財産が損なわれる危機と考えるべきですよ」


 少年は、帽子を握りしめ、床を見つめた。


「そうは仰いますが……無い袖は振れませんよ」


 警吏は、ため息をついて、立ち上がった。

 それで、面会は終わりだった。




 

 警吏が立ち去った後、施療院の首脳陣は、今後の対策を話し合った。


「当面は、外出時の人数を倍にしよう」


「通いの奉公人たちは?」


「いっそ、当面、家族ごと避難してもらったら……」


 そんな会話が交わされるのを、少年は床を見つめたまま聞いていた。









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