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長剣と銀貨  作者: ビルボ
第六話 天魔
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天魔 十二






 ヨハン少年の徒弟入り先探しは、難航した。

 何しろ、気が強い。

 理不尽を甘んじて耐える気など毛頭なく、ふざけた物言いをされれば爆発した。

 イエルクリングのような無頼の輩と付き合いがあったからには、そこらの親方など、まるで呑んでかかっている。


 それでいて、一度信用した相手には、誠実を尽くす。

 であれば、施療院でも好かれたし、パウルスの道場に出入りする面々からも可愛がられた。

 施療院側からも、行き先が見つからなかったら下男として雇いたいと申し入れを受けていたし、パウルスも半ば、道場に住み込ませる心づもりになっていた。

 そういった訳で、夏以降は親方衆との面談する事もなくなっていた。 


  

 

 季節はめぐり、冬小麦の種撒きの季節となった。

 ()()を山積みにした荷車が施療院にやって来て、高床式の納屋に()()が詰め込まれた。


 ヨハンとアルノーの寝床も、新しい()()と入れ替えされ、その真新しい匂いに、二人はこみあげてくるような喜びを感じた。


 それからしばらくして、ヨハン少年は、ペグニッツ河畔の共同洗濯場に行った。


 施療院は、かなりの頻度で亜麻の肌着を洗濯していた。

 羊毛衣類は基本的に洗濯ができないし、入浴も、それほど頻繁にはできなかったが、肌着を小まめに変える事で体臭をかなり抑える事ができる。

 その為、洗濯には、かなりの人手を要した。

 ヨハン少年ら孤児も、作業に駆り出された。

 作業しないが、お目付け役として老ドロテーアも同行する。


 共同洗濯場は、石造りの浅い水路で、洗濯物を叩き洗いする為の石板が備え付けられていた。


 亜麻の肌着を冷たい水に浸し、石板に叩きつけ、ねじって絞り、日当たりの良い石畳に干した。


 まだ強い日差しが、濡れた身体と洗濯物を見る見る乾かして行く、そんな日だった。


 そうしてヨハンが休憩していると、市が雇った掃除人たちが四人、街路をやって来るのが見えた。

 人畜の糞便や、あらゆる生活ごみを清掃回収する彼らだが、市民からは“獣屍の処理人”と蔑まれている。

 その中の一人、背中が極端に丸まった男が、つと少年に歩み寄ると、旧友に会ったように肩を組んできた。


「ひさしぶりだなぁ、ゲジゲジ」


 恐ろしい重みが少年の肩に圧し掛かった。

 痩せこけているが、長身の男だった。

 右腕の肘から先が無い。

 歯は大部分が失われ、強張った唇からよだれが垂れている。

 白目に血走った血管が何本も走る眼が、ヨハンをのぞき込んだ。


「覚えてるか? 俺だよ、イエルクリングだ」


 老人のようにかすれた声が言った。

 少年は、うなずいた。視線が、失われた腕に吸い寄せられる。

 気付いた男が、右腕を掲げて見せた。


「ひでぇもんだろ? あの後、うみがこぼれて止まんなくてよぉ。肘まで腫れあがって、床屋に切られちまった」


「ヨハン? どうした?」


 アルノーが不審そうにのぞき込んで、イエルクリングに()()まれた。

 息を飲んで尻餅をつく。

 施療院の一同が異変に気付いたが、イエルクリングの有り様と視線に、距離を詰められない。


「のこぎりで腕の骨が引かれるたびによ。肩の骨が外れそうなぐらい揺れんだ。わかるか? エエおい? ……なあ、俺がこんな目に合ってるのに、なんで手前がそんな楽そうにしてんだよ。筋が通らねぇだろ? お前、人間としておかしくねぇか? ……なんとか言えやコラ!」


 突然、怒声を上げた。

 肩に回していた左腕を外し、後頭部に拳を叩きこもうとする。

 しかし、少年は男の腕が外れると同時に左足を軸に回転、身を沈めて拳を避けた後、数歩後ろに歩いて距離を取った。

 一瞬、イエルクリングが驚いた表情を見せる。


 いつの間にか、ヨハンの右手に一尺ほどの長さの木刀が握られている。

 ()()り声を上げて、獣屍の処理人が一人、飛び掛かってきた。

 左腕をまっすぐ伸ばして、少年の襟首をつかもうとする。

 ヨハンネスは右前に踏み込んで身をかわしながら、前腕を内旋させた。

 木刀の刃を模した部分が、腕を真横から切り落とすように叩く。


 匠の斬り(マイスター・ハウ)の一つ、ねじれ斬り(クルンプハウ)

 続けて、裏刃(ショートエッジ)横薙ぎの斬撃(ツヴェルクハウ)

 硬く重い木材の一撃をこめかみにもらった獣脂処理人はよろめいた。

 続けて前腕を逆旋回させ、今度は表刃(ロングエッジ)横薙ぎの斬撃(ツヴェルクハウ)を鼻に叩き込むと、処理人は顔を抑えながらうずくまった。


 残り二人の処理人は、あっけに取られたようにこちらを見ているだけだ。

 ただ、イエルクリングが視界内にいない。

 

 その事に気付いてぞっとする間もなく、何か衝撃を受けて、膝から崩れ落ちた。

 後頭部に何か喰らった、という認識をする事もなく意識が暗転。



 後頭部を殴られた少年が、人形のように倒れる様を見て、施療院の奉公人たちは意識が居ついてしまった。

 それを見てとったイエルクリングは、かさに掛かって少年を蹴りつけようとする。


「何やってんだい! お止め! 人殺し! 人殺し!」


 突然、老ドロテーアの怒声が共同浴場に響いた。

 呪いが破れたように、奉公人たちが我に返り、大男につかみかかる。


 舌打ちしたイエルクリングは、包囲の囲みを破り、走り去った。







 クルンプハウ→裏刃のツヴェルクハウ→表刃のツヴェルクハウの動き

 ロングソード版ですが……。

 https://youtu.be/48GdEBkbojA?si=vX7F1te4PL_e1rK4&t=18

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