天魔 十一
マルティンとヨハンが、芸人を引き連れて施療院に戻った。
ルールマンのパン屋の窓台で売り子をしていたアポロニアは、それを見ていた。
ヨハン少年が気付くと、アポロニアが彼を見ていた。
彼女の大きな瞳に陽射しがきらめいていると、少年は思った。
少年は、中庭に出て、腰高の柵に腰掛けた。
やがて、少女が休み時間になって、やはり中庭にやって来た。
少女は、肩と肩が触れそうな距離に座る。
ヨハン少年は、その距離を意識した。
少女が笑顔を見せた。
アポロニアは、旅芸人の事を尋ねた。
少年は“バグパイプ吹き”小路での事を、少し誇張して話した。
夢中になって話す少年。
楽し気に笑う少女。
「なぁ、祭りの日だけどよ。俺と踊らねぇか?」
「うん、いいよ」
旅芸人たちは、契約通り祭日まで滞在した。
彼らはフランスやイタリアといった異国の事情にも詳しく、 様々な噂話で人々を楽しませた。
また、歌や、異国で流行っているという輪踊りを施療院の奉公人や入院者たちに教えた。
ヨハン少年も、自ら望んで、教えを乞う輪に加わった。
祭日が来るのを、指折り数える。
同床の孤児のアルノーが、ヨハン少年を捕まえてぼやいた。
「でも俺ら、一緒に踊る子がいる訳でもないしな」
「わりぃ。俺、アポロニアと約束してんだ」
ヨハン少年の答えに、アルノーは呆けた顔をして、次に拳を振り上げた。
少年は笑って逃げる。
やがて中庭に、五月柱が立てられた。
天辺以外は枝が払われた白樺が立てられて、色とりどりの布や細工で飾り立てられる。
常緑の枝で作られた輪飾りが、施療院の扉や羊皮紙を貼った窓に飾られた。
中には風鈴と一緒に天井から吊られた輪飾りもある。
また、花が添えられた小さな輪飾りが、入院患者や奉公人に配られた。
思い思いに髪や服に飾り付けられる。
中庭に据え付けられた組み立て式の食卓には、せりの緑の葉が混ぜられたパンが並んだ。
汁物は、これも目に鮮やかな緑色の水芥子と黒麦粉の煮込みだ。
牛乳と肉荳蔲の実のかけ汁を和えた鮃にも、旱芹菜が添えられる。
皆は料理に舌鼓を打ち、麦酒に酔いしれた。
歌を歌い、軽業の見世物に沸いた。
ハーディ・ガーディの独特の長い音が中庭に響く。
「踊りだ!」
誰かが叫んで、音楽が変わった。
最初は、“ブランル”というフランスの踊りが始まった。
皆で輪になって立ち、隣の人と手をつなぐ。
演奏に合わせて、
左に四歩、右に四歩
左に二歩、右に一歩、小刻みに蹴り蹴り蹴り、左に二歩、右に二歩
手を離して手拍子二拍、ぐるっと左回転、一拍置いて手拍子二拍、今度は右回転
これを繰り返す、比較的穏やかで、老若男女楽しめる踊りだ。
ヨハン少年は初めての輪舞より、アポロニアの手の、小さくてしっとりとした感触ばかり気になっていた。
踊る面子も曲も何度も変わり、皆の息が荒くなった頃、最後の“スキアラツラ・マラズラ”が始まった。
これも輪になって手をつないだ所から始まるイタリアの輪踊りだ。
右に三歩、蹴り一回、左に三歩、蹴り一回
右に三歩、蹴り一回、左に三歩、蹴り一回
一歩内に入って右を向いて隣の人と向い合せ、一歩内に入って反転して左側の人と向い合せ
一歩内に入って反転して右側の人と向い合せ、輪の外側を向いて手拍子三拍
一歩外に出て右を向いて隣の人と向い合せ、一歩外に出て反転して左側の人と向い合せ
一歩外に出て反転して右側の人と向い合せ、輪の内側を向いて手拍子三拍
また手をつないで繰り返す。
ただし、演奏の早さが徐々に早くなっていった。
そうすると、輪の中心に飛び跳ねながら向かっていって、背中とお尻でぶつかるようになる。
ヨハンは、アポロニアの弾む身体に目を奪われ、柔らかい感触に鼓動が早くなった。
気付けば音楽はかなり早く、演奏が崩れ始めていた。
踊っている人たちも大分脱落していた。
残っているのはヨハンとアポロニアと、あと気付いたらパウルス・カルとザーラが飛び入り参加していた。
二人はさすがの身のこなしで、観客たちも驚いている。
これを始まってから見て覚えたのだから、武芸者畏るべし。
踊りは激しくなり、呼吸が辛くなってきた。
もう息が続かないと思った瞬間、音楽がついに破れ、でたらめに楽器がかき鳴らされた。
「万歳!」
見守っていた皆が歓声を上げ、口笛や拍手が起こった。
倒れ込むように抱き着いてきたアポロニアの笑顔。
ヨハンの心が躍った。
ブランル
https://youtu.be/xoaQwoot2C4
スキアラズーラ・マラズーラ
https://www.youtube.com/watch?v=86LgZFyueak
これらは実はもうちょっと後の時代の物で、しかも地域が違うものです。
でもドイツのこの時期の踊りってあまり史料がないらしいし、私が踊った事あるの、この二つだったんだもん。




